第34話
「はーい」
その申し出に素直に応じると、長髪の男は窓近くの椅子を窓側に移動させて、茶髪の人物から少し離れたところで腰掛けた。椅子の背もたれを窓側に向け、そこにより掛かるようにして座れば、そのきれいな横顔を見ることが出来た。
その位置に移動した男に気が付いた王は、横目でチラと見て、ため息一つ挟んでまた外を見た。それに気付いた相棒の方はニコニコと尋ねた。
「……ここなら、別にいいでしょ」
「勝手にしろ」
答えると静かに瞳を閉じ、ミズミは深く息を吸う。そんな相棒を静かに見つめて、長髪の男はその横顔に見入っていた。じっと顔を見つめることすら嫌がる王だったが、こうして何かを探っている時や集中している時に静かにしていれば話は別だ。バッサリ切った前髪の下で切れ長な瞳を少しだけ細め、男は薄っすらと笑うような穏やかな表情で相棒を見ていた。
「父さんは、どうやって母さんと知り合ったの?」
幼い頃、母について父に尋ねれば、あの無口な父にしては珍しく、いつも少し多弁になるのだ。
「始めは襲うつもりだった。でも、あまりに綺麗だったから、喰うのも忘れて見入ってた」
「喰べちゃうところだったの?」
びっくりする発言に素直に驚けば、父は困ったようにため息を付いて続けていた。
「俺は喰族だ。母さんと違って人すらも食べ物だから」
「でも父さんが人喰ってるの見たことない」
「母さんと結婚してから、止めたからね」
「どうして?」
「母さんを喰べたくないからだよ」
そう言って微笑む父は、いつもの無表情には珍しく優しい笑顔になる。その笑った顔が好きだった。
「俺も喰べない?」
「勿論。ハクライも喰べたくない。だからもう人は喰わないって決めたんだ」
「そっか。でも、よく母さんと結婚できたね。母さん怖がらなかったの?」
疑問をまっすぐに問えば、父は困りもせずに答えた。
「始めは怖がられた。種族も違えば、理解し合うことも難しい。まして俺は喰族。他の民からは見ただけで逃げられるような一族だ。母さんも初めは俺を見てすぐに逃げた。でも、母さん綺麗だったから、また見たくなって、何度も母さんの居る所に出かけていったんだ。母さんも、何度も何度も同じ喰族を見るものだから、流石に変だって思ったらしい。それで、怖かったけど、声をかけてくれたんだ」
「へえ、何て?」
母が父に関心を持った最初の言葉に、純粋に興味があった。身を乗り出すように尋ねれば、父は穏やかに笑って答えた。
「『貴方、変な喰族ね、なにか御用?』ってね。だから父さん素直に答えたんだ。綺麗な人だから会いたくなって何度も来たって。そしたら母さん、少し赤くなってたな」
「へえ、あの母さんが?」
面白くなってそう問いかければ、父は嬉しそうに微笑んでいた。
「それからだよ。母さんと仲良くなったのは」
「そして、結婚して、俺がいるんだね」
「そうだ」
穏やかに笑う父に嬉しくなって笑いかければ、あの大きな手で頭を撫でられた。
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