第33話 邪悪な王は悩まれる


 今日も今日とて、相も変わらぬやり取りが繰り広げられている。

「俺、ミズミ好きだよ」

「だから誤解を招く発言をするなッ!」

 数日に一回はある会話である。

 この日は遠征もなく比較的平和な日だった。真っ黒で痛みの激しい禍々しい城、その中の一室では、窓枠により掛かるようにして外を眺める茶髪の人物と、その人物の隣に立つ黒い長髪の男。今の会話のやり取りは彼らである。

「全く……お前今日は暇なのか? 暇ならじいさんの荷物運び手伝ってやれ。昨日仕留めた強族の財宝、結構数があって運ぶの大変だって、メイカが言ってたぞ」

 窓枠によりかかりながらため息をつく茶髪の人物は、この闇族の大陸の王、ミズミ。細身で色白、身長は男性にしては普通といったところだが、その顔立ちは男性だったなら並外れた器量のよさ、まさに彫刻のような美しさだ。目の前の男を見上げるようにして見つめるその瞳は垂れがちで、長いまつげが緑色の瞳を縁取り、形のいい細めの眉が呆れるように寄せられていた。

 そんな人物に見上げられている男は、首を傾げれば腰にまで届く長い髪がサラリと揺れていた。ミズミとは頭一つ分ほど違う長身で、その黒い髪から突き出すような長く尖った耳をしている。唇は薄いが口は大きめで、口を開けば無数の牙が顔をのぞかせていた。

「うん、手伝いには行くよ。でも転送魔法の場所決めてからだって言われた」

 そう言って切れ長の瞳を瞬きさせて、まっすぐに見つめてくる男は、ミズミの相棒であり闇族王と同じ権限を与えられた側近のハクライだ。相棒の即座の回答に、茶髪の人物は呆れるようにため息を付いた。

「なら今から行ってやれ。俺のとこに来て、唐突にその発言じゃ意味がわからん。俺だってやることがあるんだよ」

 言いながらまた窓枠により掛かる相棒に、長髪の男はまた首を傾げて問いかける。

「やること……って、何してるの?」

「……音で探りを入れているところだ。遠くまで耳を澄ます必要があるんだよ。一人で集中したいんだ」

 その説明に男はああ、と短い返事だ。

「次の遠征先探ってるの?」

「そんなところだ」

 ミズミには、様々な力を音で聞き分けることが出来る能力がある。正確には、使う術故に高められた能力だが、その力によって物の状態も探しものも、魔法の力なども、そして人の考えも、すべて聞き分ける特殊な力があった。その能力のことを知っている相棒の男は、その説明に納得したようだった。しかし、納得しても行動は変わらない。

「じゃあ、邪魔しないからここにいる」

 即座にそう言い出す相棒に、呆れるように彼を見上げ、目を細めて茶髪の人物は答えた。

「……居るだけで邪魔だ」

「大丈夫、邪魔しない」

「…………」

「邪魔しない」

「……………………」

 こうなると、この男が動かないことを王はよく知っていた。観念したようにため息をつくと、彼に横顔を向けて遠くに視線を送りながら、呟く様に呼びかけた。

「せめて椅子にかけてろ。隣には居るな」

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