第30話


 再びホッとしたような表情を浮かべていた父親は、そこで一つ息を深く吸い、今度は口調を変えて男に話しかけてきた。

「……で、実は折り入ってハクライ殿にお願いが」

と、まじまじと緊張した面持ちで見てくる娘の父親に、ハクライは瞬きして心底不思議そうな顔だ。ここまでわかりやすく話をされているにも関わらず、この男、何一つ察している様子はない。そんな呑気な男に鬼族の長は緊張入り交じる声で言った。

「どうか……娘の婿に……なってくれませんか……?」

 その言葉に、言われた男はぱちくりと何度か瞬きしていた。

「…………ん? 婿に……誰がなるの?」

「えっと……ハクライ殿が」

「婿って…………レキアの……?」

「はい……」

 そんなやり取りの間、肝心の娘はすっかり顔が赤くなってしまって耳まで赤い。布巾を持った両手で顔を覆ってしまう素振りは愛らしかった。一方の長髪の男は、そこまで言われてようやく腑に落ちたふうに声を漏らした。

「…………ん? あ……ああー、俺にレキアと結婚してほしいってこと?」

 心底驚いたように答える男に、娘の父親は机に額がつくほど頭を下げていた。

「娘の婿に、ハクライ殿ほどふさわしい方はいないのです。勿論、娘の気持ちがあることが一番の理由ですが……。闇族王の側近であり、強さもあり、そしてミズミ様同様人格的にも、素晴らしいものをお持ちだ。そしてきっとハクライ殿なら娘とよい家庭を築くこともできましょう。どうか……娘レキアとの結婚を考えてはいただけませんか?」

 真剣な口調とその態度に、呆気にとられるように男は頭を下げる男を見つめていた。そして、しばし考えるように真剣な表情をして口を閉じていた長髪の男だったが――

黒髪を零すように俯いて、男は深く息を吸った。

「……王様、レキア、ごめん」

 その言葉に、悲しげに顔を向ける娘と驚いたように顔を上げる父親の動きがかぶる。そんな二人の視線を逃げずにまっすぐ受け止めながら男は答えた。

「……俺……確かに結婚って憧れはある。レキアもすごくいい子だと思う。でも俺……そのお願いはきけない」

「ど、どうしてですか……まさか……?」

 動揺している父親の問いかけに、男は瞳を閉じていた。しかしその表情は至って穏やかだ。

「……俺……今一番大事にしたいのは、戦い続ける相棒を守ることだから。それが今一番、最優先」

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