第10話
「ああ、俺より強い可能性もあるからな」
そんな二人のやり取りの間に、血の海から抜け出した男は、自分の両手をすっかり舐め終えて、腕は血の赤が消えていた。
「ミズミ……何でこんな無茶なことしたの」
ため息まじりにそう問いかける男は、切れ長の瞳を少し呆れるように細めていた。
カラスは男を見上げるようにしてまじまじと見た。体つきは悪くないがどちらかといえばしなやかな細身で、その姿は狩りをする肉食獣を思わせた。耳の特徴とその大きな口から、彼が喰族という何でも食べてしまう凄まじい食欲の一族であることを察して、カラスは少しばかり椅子に体を隠した。先代の喰族の王は、彼ら闇烏すら食べたからである。
その間にも男は呆れがちに言葉を続けていた。
「俺が全員殺っちゃったからいいものの……もし俺以外のヤツが生き残ってたらどうするつもりだったの」
「ああー……考えもしなかったな」
呆れるように言う男の様子と、それをあっさりと流すように返す王の様子は、殺し合う敵同士という雰囲気は微塵もない。どちらかといえば親しい友人のような雰囲気だ。
王の返しに不機嫌そうに唇を尖らせる男に、王はニヤリと笑っていた。
「まあ、お前のことだから、何も心配はしてないよ」
再び王座の背もたれによりかかり、瞳を閉じるようにして微笑む王に、長身の男はため息一つついて小さく呟いていた。
「……ミズミに何かあったらどーすんだよ……」
その言葉に王がハッとして瞳を開ける頃には、長身の男は踵を返して背中を向けているところだった。
「俺、これからミズミと同じ立場なんでしょ。俺もこの城に居座らせてもらうからー」
背後の王にそう言って、男はスタスタと王の間を後にしていた。その後ろ姿を見つめながら王はしばらく無言だったが、男が間から出る頃には鼻を一つ鳴らして満足そうに呟いていた。
「……計算通りだ。生き残ったのはやはり、ヤツだったな……」
そんな二人を交互に見て、カラスは不思議そうに首を傾げていた。王の発言から察するに、こんな恐ろしい虐殺を起こしておいて、生き残るのはあの男だと、はじめから分かっていたということだろうか……。年老いたカラスは、しばし王を見上げ瞬きしているのだった。
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