第9話
やがて悲鳴が聞こえなくなり、物が衝突する音も肉体同士が打ち合う鈍い音もしなくなると、床に広がる血の海にただ一人、立ち上がる者がいた。
「……あれ、全員やっちゃったかな?」
そう言う声は、この残虐な景色には不釣り合いなほど、どこか穏やかで間が抜けていた。立ち上がればかなりの長身だ。角のように頭から飛び出した長い耳、ツヤのある真っ黒な髪は腰に届くほど長く、面長な顔の前髪は切れ長の瞳の上でバッサリと切られていた。両手を真っ赤に染め、その手を舐める男の口は無数の牙があり、舌も人にしては長い。
立ち上がった男以外、その血の海で動くものはいなかった。
「さすがだな」
突然、拍手が聞こえた。長身の男が目を向ければ、黒い大きな椅子に腰掛けた人物が両手を叩き軽く拍手しながら彼を見ていた。そう、闇族王のミズミである。
「じいさん、終わったぞ。もう安心だ、出てこい」
その言葉に、椅子の後ろに隠れていた王の従者、年老いたカラスはおずおずと怯えるように椅子の後ろから姿を現した。
「も、もう……戦いは終わったのですか……?」
椅子から顔を出し恐る恐る王の間を見れば、カラスが知る空間とは一転、豪華な広間はまさに血の海、地獄のような姿に変わり果てていた。その景色に血の気が引くカラスをさておいて、王と黒髪の男は会話を続けていた。
「よくぞ、あっさりと勝ち抜いてくれたな」
そう言って茶髪を揺らしながら王は椅子から身を乗り出した。薄っすらと意地悪い笑みを浮かべる美しい王に、血の海から抜け出すよう彼の方へ歩み寄りながら、長身の男はため息をついた。
「――全く、無茶してるよミズミは」
その言葉に、ようやく我に返った年老いたカラスが驚いて口を挟んだ。
「は、はてミズミ様……? この者、勝ち抜いた者のようですが……お知り合いですか?」
従者のカラスが驚くのも無理はない。王の間に集まった強欲な男どもはそれだけで軽く百人は超えるであろうかなりの数がいたのだ。その上、お互い殺し合うような仲なのだから、知り合いがいるとは露ほども思わないだろう。
従者の言葉に王は薄っすらと笑った。
「一応知り合いだ。準決勝で俺と戦ったのがこいつだ」
王の言葉に、従者はそのつぶらな瞳をまんまるにしていた。
「準決勝……! では、ほぼミズミ様の次に強いと言っても過言ではないではありませんか」
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