第4話


 そしてまたある時は――

「ミズミ様、今宵のお相手はどの者にいたしましょう」

 今までの王には、夜のお相手役に奴隷の女が準備されていた。どの女性も美しく妖艶な体つきをして、相手として申し分ない外見をしていた。扱いやすさの理由から、惰族という怠け癖が酷く、しかし快楽に正直な一族の女が選ばれることが多かったため、カラスも歴代に習って惰族の女を数名、事前に揃えておいたのだが――

「その女を今すぐ開放しろ。彼女たちの望む場所に連れていけ」

 王はあの垂れ目を紫色に揺らめかせ目線も鋭くして、恐ろしい形相でカラスを睨みつけてきた。その上声までも氷のように冷たく、声を荒げたわけでもないのに、その口調と声色だけで、心臓が縮こまりそうになるほどの恐怖を覚えた。さすがにこの時ばかりは、年老いたカラスの寿命が五日は縮んだことだろう。

何が気に入らなかったのかその時はわからなかったが、王の機嫌を損ね今度こそ命はないと、カラスは覚悟していた。そんな緊迫感を抱えたまま、翌朝王に食事を準備すれば――

「昨夜はすまなかったなじいさん。ちゃんと女は開放したのか?」

と、穏やかに声をかけられ、カラスは当然あのつぶらな瞳をパチクリしていた。戸惑いながらも、奴隷を開放したことを伝えると、予想外に王は穏やかに微笑んだのだ。

「今後俺に奴隷を準備する必要は一切ない。昨夜は怖がらせてすまなかったな」

 そう一言詫びを入れる王の優しい笑顔は、引き込まれるほど美しく見えた。

 そんなわけで、王に仕えてからの二日間、とにかく平和な仕事しかなかったのである。今まで聞いていた闇族王の仕事とは何もかもが違っていて、当然老カラスは困惑していた。

「今のところ、している仕事が身の回りの世話ばかり……。そろそろ恐ろしい命令が来てもおかしくないはずなんじゃが……」

 カラスがそう恐れをなすのには当然理由があった。

「たしか先代の王は……自分の一族が食事に飢えてはいけないと、ワシら一族を使って多くの獣族と樹族を捕らえさせて、ある一帯は民が全滅したと聞くし……その前は多くの商人を襲わせて財産をたんまり得ていたと聞くし……その前の前は、闇族の大陸を飛び出して、精霊族の大陸に女を奪いに行ったと聞くし……」

 そう、王となった者は、彼ら闇烏の一族がたくさんいることを利用して、自分の欲のままに残虐な命令を数多くしてきたのである。既に城には闇烏たちが数十羽と仕事に備え集まってきており、邪悪な王の邪な欲を叶える準備は整いつつあった。

 ――のだが。

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