ep2:ある晴れた梅雨時期の狂い事

前回までのあらすじ

テスト返し一日目の朝は謎の梅雨晴れ。うかない顔で家を出た井鈴直渉いすずなおふみは家の前で待っていた親友の川崎令斗かわさきれいとと学校へ向かう。



〈day1 / 07:40 / 通学路・井鈴家前の通り道〉


 梅雨つゆ時の空はいつも鉛の世界。重々しく空を支配して、その重さが故の悲鳴と涙を何も考えずに零すものだから迷惑極まりない。でも今日は白い綿あめがプールにプカプカ浮かぶ朝。


 昨日の涙がアスファルトに未だ暗い表情を浮かべさせるが、対して俺の隣はそんな弱弱しさがびた一文もない。二輪車二輪が並走し、その二人の顔にはどこか不器用な笑顔が映っていた。


 右に左にとハンドルを切っていると時々車と運転手がご挨拶。そんな少し狭い道が開けてくるとついに信号機。だがあいにく、赤が灯っているので止まるしかない。


令斗:「ここで一発ギャグいきます!」


 ――いらんわ……!


 と口が動きそうだったがどうにか俺はそれを封じ込める。まあ、ときたま令斗の一発ギャグが面白かったりすのだ。左の令斗を見ると格ゲーの戦闘ポージングを構えた後に敬礼……。っていう特撮ヒーローものの変身フォームがあったようなないような……。


令斗:「特攻戦隊、センソージャー!」

直渉:「やめとけー、放送したら炎上するやろがー!」


 間髪ツッコミを入れてしまった。令斗が悪魔的に笑っているところを見ると俺は頭を抱えた。


 ――こんなのが地上波で放送されてみろ、憲法9条問題まっしぐら……。


令斗:「御飯ごはん戦隊せんたい、スイハンジャー!」

直渉:「どうやって悪者やっつけるんだよ!」


 なんか今アニメとか格ゲーだったらカットインが入ったような気がする。続けるように令斗は口角を上に上げる。


令斗:「賽銭さいせん戦隊せんたい、ジンジャー!」

直渉:「ショウガ戦隊にでも改名しろ、ヒーローが小銭せびるな!」


 仮にも特殊部戦闘部隊っていう設定なんだから敵にお賽銭頂戴とかどうようことか……。それはそうとショウガのヒーローも冬にしか需要がなさそうだ(違うそうじゃない)。


 横断歩道が青になり、俺達は自転車で横断。少しの沈黙の後、令斗は口を開く。


令斗:「戦争戦隊……」


直渉:「もういいから。どうせソルジャーとか言うんだろ?」


 ここで効果音SEを当てるならガーン! だろうか。通行量が格段と増える道の歩道を走りながら令斗は食いついてくる。


令斗:「何故それを知っている。まさか直渉にはサイコ能力が……」


直渉:「ありません」


令斗:「人の頭を覗くなんてサイテー!」


直渉:「人の話聞けよ!」


 そう俺が叫んだら令斗はすごい顔をした。人をおちょくるすっごーい顔を。この顔をするときは大体良からぬことを考えている


令斗:「はは、これだから直渉ちゃんは生徒会長様にお呼び出しされるんだぜ!」


 これに俺は鼻で笑った。


直渉:「うっせえわ」


 ——余計なお世話だ。


 そう割り切るしか今の俺にはできない。


 令斗の言った『生徒会長様にお呼び出し』というのは俺が生徒会長・戸波となみ叶江かなええに「生徒会に入れ入れ」と散々言われていることを茶化しているのだ。



 ここで俺達の通う鈴山すずやま市立いちりつ鈴山すずやま第一だいいち中学校ちゅうがっこう(略称・鈴山中)の校風に触れておく。


 そもそも母体となっている鈴山市は『やりたい放題』をモットーに山口県から独立した市だ。『代表的な役割をこなす生徒の教育』ということで生徒自治せいとじちをモットーにしている学校がこの鈴山中だ。


 特に生徒会せいとかい執行部しっこうぶが学校を良くするために主体的に学校保全に取り組んでいる現状。無論、これによって鈴山市卒の国会議員がメディアに顔を出すなどの功績をあげている。


 ところで、生徒会長に任命された戸波を筆頭に現在は「画期的な学校生活をテーマ」に活動しているとやら。無論、俺には興味がないことだ。


 しかしながら全校生徒600人を現執行部六人で統治するのは厳しくまた多忙な仕事を自ら志願するものはいるはずもなく、戸波はいつも誰かに協力を仰いでいる。そのターゲットの一人が俺。まあ、一度オファーされたくらいで嫌いにはならない。だが、あいつは


 ――もうオファーは10。しかも毎回、前回断ったことを忘れているかのようにふるまうものだからもう面倒くさくて……。


 『好かれてるじゃん!』と先輩達や同じクラスの奴らがが自然と茶化して『もしかして告白とか』と校内でどこからか噂さが広まったのもあいつのせいだ。しかもどっかのアホ新聞部が大見出しに『2年井鈴、会長に告白か?』とわけも、意味も、道議も、お前が正しいコンギョも分からん新聞を作りやがったのが一番の原因だ。


 故に俺・井鈴直渉はサッカー部副キャプテン、テスト学年トップ3という意味よりも『会長様のお気に入り』というなんとも人権の無い理由で有名になったのだ。



直渉:「まったく、あの新聞部の奴は絞めてやる……」


 「はは、絞めろ絞めろ、殺れ殺れやれやれ~!」と令斗が笑い声を漏らす。


 向かい車線には塾に高地のスーパー。近くのコンビニの横を通ると、少ししたらクリームパンが上手い地域のパン屋がおいでませ。


 さらに少しすると丘の上の映画館。旧山口市にはなかった代物と父は語る。鈴山駅歩いて10分のアクセスで、去年大ヒットした『いつかの春にさよならを』の上映時には駐車所に困るくらいぼろもうけの映画館だ。


令斗:「そういえばあの新聞部の新聞見たか? 見出し俺達の逆転劇を書いてたぜ」




 鞄を手に提げて歩道を歩いている焦げ茶髪の三つ編み。紺色のスカートと白のセーラー服の後ろ姿。




直渉:「そうか。あのバカどもも新聞部も少しはやるな」




 直渉の声に少女が振り返る。するとその顔を見るや否や、直渉は顔面蒼白した。彼女と目が合った。


 ——やべ、逃げないと。




???:「あら、井鈴君。おはよ!」


 焦りからか俺は再び加速しようとした右足を滑らせた。その隙を逃がさず前で人力ブレーキで通せんぼする彼女。低く「逃がさないから」と口にした瞬間、俺の背筋は凍り付いた。


 ——あー、終わった……。


 これに俺は青空を仰いだ。


 水無月。いつも雨なのに今日は朝っぱらから快晴。こういう日はなんかおかしなことが起きる、というのは本当のようだ。


直渉:「……な、何でここにいるんだよ!」


 噂もに何とやら。今日は何故か朝一番、しかも俺の家わずか400mの地点。今も俺の自転車を万力のような馬鹿力で止めるのは戸波叶江だ。


戸波:「良いカモが見つかりましてね、追いかけたら井鈴君の家の近くなのですよ」


 彼女の余裕の風格が無性にむかつく。いつも通りのなめた態度。ああ、なんでこいつがこの世に存在するのだろうか。せめて、この晴天で気持ちが良いとき、今日の朝くらいは現れないでほしかった。


令斗:「鴨じゃなえ、川崎だ!」


 ——令斗、そういう意味じゃない!


 だが何故だろうか。


 いつもの嫌悪感が湧いてこない。むしろ捨てがたい好奇心が沸いた。その好奇心に任せて強引に頬の筋肉を上げて声音は低く聞いた。


直渉:「おはよう、会長さん。朝いちばんで悪いが、一つ聞いてもいいか?」


 戸波が「どうぞ」と、はきはき言う。その笑顔のままと心の中で思いながら俺は問う。


直渉:「お前は何故、ここまでして俺を生徒会に入れたいんだ……?」


次回・ep3:生徒会への怪訝と疑念

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鈴が鳴る! 鈴イレ @incompetence

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