鈴が鳴る!

鈴イレ

ep1:ある晴れた梅雨時期の朝

〈day1 / 07:30 / 井鈴家・玄関〉


 山口県は冬寒く夏熱い。だからと言って春は花粉ばかりで秋は秋で長期休暇がない。ゆえに日本の学生たちの指揮は年中低く、おまけに年五回もある地獄のテストを考慮するなら限界社会人に匹敵するほどの苦しみを味わっているといっても過言ではないはずだ。


 時に水無月みなづき梅雨つゆのせいで外に出たらまず濡れる。山口県の鈴山すずやま市もいつもはその例に当てはまるが今日は珍しく快晴。明日はもしかしたら季節外れの雪でも雹でも槍でも空から降るかもしれない。


 だが俺の苦しい言い訳もむなしく、俺は学校にいくことを義務づけられている。理由は国民の義務とか云々より今日が中間テスト返却初日。ここで休むと後日のテスト返却で一喜一憂することができない。あまりに悲惨な結末を連続的に受けてうつ状態にもなりかねない。


 でもそれ以上に、今日もが家の前で親友契約を半ば一方的に承っているから休むにも休めない。


直渉:「行ってきまーす」


直渉ママ:「いってらっしゃーい!」


 母とのいつものやり取りを行って、俺・井鈴直渉いすずなおふみは玄関のドアを開けてみる。


 ドアを開けてもアニメでよく流れる小鳥の囀りや好奇心と冒険心を奮い立たせるようなアップテンポなBGMは無論聞こえなかった。まあ、当然の事だ。


 だがその代わりと言ったらあいつに怒られるが、聞き慣れる、いつものこの無邪気な彼の声が「朝だ、朝だぞ」と叫びだす。


令斗:「オッハー、ナオフミー!」


 いつもの黒髪寝ぐせ(かアホ毛のたぐい)は一学期の中間テスト終えたこの朝も普段通りいつも通り。服装は俺と同じ白のポロシャツにベルトのある黒の長ズボン。少年はいつものように満面のニコニコでこちらを見ている(コマンド:仲間にしますか、はい・いいえ)。


 彼の目が今日を照りつける日輪にちりんのように眩しく輝いて、彼の性格をどこか如実にょじつに体現している。その性格で梅雨明けを望めないかと思うくらいの輝きをまだ目が覚め切っていない俺に見せるものだから、嫌でも笑顔にされてしまう。


直渉:「おはよ。にしても、わざわざ俺の家まで来ることはないだろ?」


 あきれ半分じとじと湿り気けだるさ半分混ざった声であいさつを返すと親友・川崎令斗かわさきれいとはオハヨーオハヨー、まるでインコのように返して朝からふざけだす。


令斗:「別にいーだろー。直渉が損するわけでもないんだし、直渉の命が危ないと聞いてせっかく護衛してやってのに!」


直渉:「いや俺は大統領じゃねぇから!」

 

 そうツッコミをいれてみたがやっぱり朝は頭が働かない。大統領だからってすぐには死なない。ってか、大統領殺すなよ。


 眠気と家に戻りたいという誘惑が頭にちらつく。だって、がまた襲いに来るかもしれないから。だってもう10回目だし、勘弁して欲しい……。


 でも、なんだかんだ言って今日学校に顔を出さないと、もっとつらくなるし……。


 理由は国民の義務とか云々より今日が中間テスト返却初日。ここで休むと後日のテスト返却で一喜一憂することができない。あまりに悲惨な結末を連続的に受けてうつ状態にもなりかねない(大事なことだから二回言いました)。


 ……これがジレンマというものだろうか。行っても地獄、帰っても地獄。生きても死んでも地獄。


 ――つまり、この世界は地獄で出来ている……!


 でもこの大親友はこの地獄のような社会においても依然として俺に笑顔をくれる。いや、もしかしたらのかもしれない←だってこいつ馬鹿だもん……。


 まあ、どうでもいい。


 ――笑顔をくれる親友がいるならこっちも親友として恩を返してやる……。


直渉:「ちょっと待っててくれー」


 俺は裏庭から自転車を手際てぎわよく準備する。いつものシルバーフレームの自転車のロックを外していつもの家前の道路に出す。その間に一応ブレーキとかの機材反応を確認しておく。その少しの間にも令斗は俺の言葉に表情何一つ変えないで明るい顔でいる。


 俺の家は丘の上。そこから下ると高校が一つ。令斗の家はここから高校を挟んだ住宅街にある。令斗はそこから直で学校に行った方が近いのだが彼は何故か中学校と真反対の俺の家。しかも俺の住む地区にはでっかい坂が存在するのだ。


 そのでっかい坂が引き起こす問題は帰る時、自転車通学生はこの急な上り坂を超えないと吾が愛しの家には帰れないという拷問ごうもんがある。だが『そんなの関係なぇ』、あるいは『なにそれおいしいの』、もしくは『そんなのへのへのもへじ』と言わんばかりに彼は余裕そうな顔ばかりを見せるし、まあ俺には害のないこと(?)だから俺の家に通うことを禁止していない。


 我が道を行く令斗、それをなんだかんだ許して振り回される俺。この関係はいつの間に完成したのだろうか。そう感慨かんがい——かは分からないもの——に足湯していると今度は令斗が聞いてきた。


令斗:「あ、そうそう、俺、昨日気になって10時間しか寝れなかったんだけどさ」


 ——結構寝るなー。


令斗:「もし直渉が大統領になったら、どんな立法案提出するならどうする?」

 

 ——いきなり大喜利かよ……。


 大統領にもしなれたら、何のための法律を作るのか。いきなりな質問に俺はうなった。この唸り声を聞いてにんまりと令斗の口元が緩む。まあ、俺には真面目に返すつもりも義理も約束も睡眠時間もない。


直渉:「コメの品種に徳川とくがわ吉宗よしむねもしくはコメ将軍と名付けてはいけない。違反したら打ち首に処する、とかどうだ?」


 俺の投げやり回答になんじゃそりゃ、と令斗が腹を抱えて笑う直後、令斗が突然目を何故か尖らせた。それはあたかもシリアス展開をよそおうような目を、真犯人を炙る出した名探偵のような目を作り出した。


令斗:「打ち首か……。俺やったら海老責えびぜめで拷問してむちで打ち続けて一日放置して悶絶もんぜつさせながら殺すけどね」

 

 訂正。どうやらテロリスト&犯罪者予備群の目であった。その目に俺はまた晴天の影に大きなため息をついた。

 

 どうでもいい話だが、海老責めとは江戸時代の拷問。最初は緩く感じる拷問だが時間が経過するたびに肌が赤く腫れ、海老のようになることから名前が付けられた。何故をこれを知ってるかって、まあ、そういうときもあるさ。

 

 俺の反応に大笑いする令斗。そういう態度をとっているだけで何処か邪知じゃち暴虐ぼうぎゃくな風格が表れている気がする。


令斗:「ま、最後は殺してあげるんだし、俺マジ優しい!」


直渉:「何を言っているのだ? お前が優しかったらこの世の99%の人は千手観音だぜ」


令斗:「いやー、照れますね!」


直渉:「褒めてねぇし!」


 こいつはまあ、馬鹿である。都合のいいことしか聞いてない。こういうノー天気な人間に生まれたかったものだ。


令斗:「って、ええええええええええええ! 直渉、褒めてなかったの?」


 ――反応が遅い遅い、いにしえのコンピューターかよ……。


 すると令斗は瀬戸内フグみたいに膨れ上がった。


令斗:「これだから稲原いなばらに性格ゴミカスの陰キャって言われるんだぞ」


直渉:「なんでそれ本人に言うんだよ!」


 ――っていうか、稲原のやつ、何陰口叩いてんだよ……!


 俺は歯を強く噛み締めて自転車を漕ぎ始める。シルバーの自転車は朝日を反射したららしく横目にした令斗が目を細めた。ミンミンゼミの眠眠打破みんみんだはを借りながら、居眠り運転しないように気をつけながら俺は生暖かい空気に突っ込んでいった。


令斗:「って、お、おい待てよ! おいてくなよ!」


 後方の令斗も自転車を急いでぎ始めた。そっから爆速で足を回転させて俺の隣に付くや否や「ひどいぜ! おいて行かないでくれよ!」と情けなく声を漏らしている姿は、やっぱり面白い。


直渉:「稲原のやつ、殺す……。絶対に殺す……!」


令斗:「うわ(ドン引き)……」


 ある晴れた梅雨時期の晴天。その丘の上に住む直渉と並走するのは、彼の大切な親友でした。


 次回・ep2:ある晴れた梅雨時期の狂い事

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る