第58話 ダンジョン配信者は終幕を迎えるようです。



 ――形勢逆転。


 まさに、巧美の言う通りだった。


『クソっ!』


 ルシファーの眷属となっていたアリスは、巧美の光剣によって消滅。


 そして肝心のルシファーも、巧美の持つ圧倒的な神力の前で、二の足を踏んでいた。



 ――俺の"領域"が、負けているだと……?



 "領域"とは言わば、神力の開放。


 その"領域"がぶつかり合った時、勝つのは当然、より強い神力。


 そしてこの場において――それは巧美の神力だった。


 ルシファーは右腕を再生させ、慎重に巧美の様子を伺う。



『――俺が思うに、だ』


 巧美はそんなルシファーを焦らすように口を開いた。


『お前の神力は、まがい物・・・・に過ぎない』


 一歩、また一歩と、巧美はルシファーへと歩みを進める。


『足りないんだよ、ルシファー。いくら魂の格が高くとも、お前には重要なもの・・・・・が欠けている』


 巧美の頭によぎるのは、前世で出会った"狐さん"の言葉。


 そして巧美の目に映るのは、



『お前は圧倒的に――信仰観客が足りない』









 俺は湧き上がる神力を、隠すことなく開放しながら、深い喜びに浸っていた。


 アリスの死を利用・・する形となってしまったのは申し訳なく思うものの、これが最善であったと俺は信じている。


 今や「ダンジョン配信者」という肩書きが前面に出ているが、元々の俺の肩書きは「アクション俳優」だ。戦いをより魅力的に・・・・演出するのが、俺の役割。


 そして"幸運にも"、その能力がダンジョン配信者として活かせただけだ。



 ――あぁ、素晴らしい。これほど多くの"観客"に、俺の戦いをせられるとは……ッ!



〈負けるなお嬢!頑張れお嬢!〉

〈うぉぉおおおおお!いっけええええ!!〉

〈英語分からんけどカッコいいこと言ってるのは分かる!!〉

〈『アリスを救ってくれてありがとう!まさに天使だ!!』〉

〈『俺たちは巧美の勝利を信じてるぞ!』〉



『ありがとうみんな。みんなの想いは、確かに届いているぞ』


『……ッ! まさかずっと配信を!?』


『何がおかしい? 俺はダンジョン配信者だぞ?』


 まぁ、配信していることを気取られないようにしていたのは俺なのだが。意図した相手以外からはカメラが認識されないというダンジョンのシステム様々だな。



 ……だが、もう十分"観客"は集まった。



 さぁ――俺の舞台をその目に焼き付けろ。



「……いざ、ショータイム」









「凄い、凄いッ!」


 巧美にとって、"初めてのコラボ相手"だった池城潤は、その配信に釘付けになっていた。


「……またコラボしようっていう約束、まだ覚えているかな? 今はもう模擬戦もキツいだろうけど、俺は忘れてないよ」


 池城は配信の前で、指を組む。


「だから、絶対に勝ってね、お嬢」






「……さすがは荒河さんの娘さんだな」


 ダンジョン協会会長、龍口正はその配信を見て、思わずため息をついた。


「まったく……人間ではない、だって? とんでもない宣言をしてくれたね」


「ハハハッ! 西園寺ハンターがそう考えたんだから、仕方ないだろう?」


 そんな龍口の様子を、学者である戌亥が笑い飛ばす。


「はぁ……お陰でSNSでは大混乱が起きているよ」


「アリス・オールストンの死を発表した・・・・・・時から荒れていただろうに」


「ほんと、電話が鳴りやまないんだけど?」


「ハハハッ! 文句なら後からいくらでも言ってやればいいさ!」


「そうだね……文句を言うためにも、まずは、彼女の勝利を祈るとしよう」


「ああ、そうしよう!」






「お姉様……」


 配信の前で、巧美の同級生で、子役の浅見麻衣が祈りを捧げる。


「巧美ならきっと大丈夫よ」


 そしてその隣で、蒼牙ギルドマスター、露崎蒼が麻衣を励ますようにそう言った。


 巧美のSランク昇級を祝う場にて出会った2人だが、それからも定期的に交流し、交友を深めているのだ。


「同じSランクハンターの私から見ても、巧美は凄いんだから」


「そう、ですよね。お姉様はお強いですもんね」


「ええ、だからきっと大丈夫よ」


 普段の巧美への熱量では圧倒される蒼だが、伊達に麻衣の倍以上生きてはいない。なんだかんだ麻衣にとっても、蒼は信頼できる年上の女性なのだ。


「蒼さん。また、みんなで遊んだりしたいですね」


「ふふっ。ええ、ぜひ。特別に、私のお気に入りのレストランを教えてあげるわ」


「それは楽しみです」


 ――ねぇ、彩。あんたも、一緒に来たいわよね? なら、早く目を覚ましなさいよ。





「…………」


 巧美のオヤジ・・・である、武神――荒河武雄は、じっと配信を見続ける。


「……あの、師匠は神力なる力をご存じなのですか?」


 長らく巧美の配信のサポートをし続けてきた道田誠は、そう武神に尋ねた。


「はて、儂には見当も付かんが……」


「本当ですか?」


「疑い深いのぅ。まぁ……儂に言えるのは、巧美は"神に愛された子"だった、ということだけじゃ」


「神に……」


から特別な子だったんじゃよ」


 そんな会話をしつつも、武神はその配信から目を離すことはなかった。


「さて……巧美の言い方をすると、そろそろフィナーレかのぅ」









 一つ、また一つとルシファーの身体に傷が増えていく。


『クソッ、クソッ!』


 苛立たし気にルシファーはその腕を振るが、それが巧美に当たることはなかった。


『ガッ!?』


 再びルシファーの右腕が斬り落とされ、返す刃で左腕も同様に斬り落とされる。


 ルシファーは反撃として闇魔法を放つものの、巧美はそれを回避。


 巧美は、ルシファーの足を払ってその身を宙に浮かせ、地面へと叩きつけた。


 ルシファーは成すすべなく横たわる。そして、そんなルシファーを見下ろしながら、巧美は刀に神力をこめた。


『や、止めろっ! 俺はまだ死にたくないッ! 俺はただ、自由になりたかっただけだッ!』


『……悪いが俺は、アリスの命を弄んだお前を許すことはできない。ここで、さようならだ』


『待――』


 巧美の振るった刀は正確にルシファーの急所を穿ち、その魂を破壊した。



「……終わった、のか」



 巧美はルシファーの消滅を確認し、そうつぶやいた。


 コメント欄も、巧美の勝利を祝う声で埋め尽くされていた。


 ――俺がやったのは、ただの人殺しと大差ないんだがな。


 巧美が感傷的な気分になっていると、死んだルシファーから大量の・・・エネルギーが、巧美へと流れてきた。


「……ッ!」


 そのエネルギーに耐えかねて、巧美はその場で意識を失ったのだった。



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