第53話 怨敵と邂逅したようです。



「これは……どういうことだ? 魔物の気配が全くないぞ」


 魔物の現れない階層、なんて聞いたことがない。ならば……


「……逸脱種が生まれたのか?」


 いや、だが、この階層には争ったような形跡がない。


 可能性としては、この階層で現れる魔物を一瞬で殺せる逸脱種が第91階層以降に存在する。あるいは、元々この階層には魔物が現れない。……パッと思いつくのはこの辺りだな。


『――警戒は緩めずに、このまま進もう』


 嫌な予感がひしひしとするが、俺たちには前進以外の選択肢は無い。









 そのまま進み続けて、俺たちは第95階層にたどり着いた。この間、俺たちは一度も戦闘をこなさなかった。


 だが、魔物が存在しない階層もここまでだろう。


 目の前にあるのは、見慣れた扉。間違いなく、ここはボス部屋だ。


『準備はいいか?』


 俺の問いに、首肯する彩姉とアリス。


 さぁ、いよいよ大詰めだ。どんな魔物が現れるかな……?





 扉を開けると、そこには1体の"魔物"がいた。





『……まるで人間のような姿ね』

『そうですね……不気味です』




「――――」



「巧美ちゃん?」

『どうした、巧美?』



 忘れるはずがない。



 ああ、忘れるはずがないとも。



 約15年前、姿を消したと言われていたが、まさかこんなところにいるとは……ッ!




『……やっと会えたなぁ、巧ぃ。"あの時"の腹の傷はもう大丈夫なのか? ひひっ!』



 その男は、前世の俺・・・・を殺した張本人だった。



『……よく俺が巧だと分かったな?』



『ハハハッ! お前だって分かる・・・だろう!? 俺たちはここで殺し合う運命・・だったんだよッ!』



 ああ、分かる・・・とも。お前を目にしてから、俺の殺意が留まることを知らない。



『さぁ! このクソみてぇな運命・・を終わらせてやるッ!』



『ねぇ、巧美! あなた達、さっきから何を言って……ッ!』




『――"領域"』




 男が黒き翼を拡げ、そう宣言した瞬間。邪悪な何か・・がこの空間を満たし、俺たちはあっさりと膝をついた。


 これは、デビルたちが身にまとっていた力か? いや、それよりも遥かに上位の力か。クソッ……身体から力が抜ける。



『ハッ! その程度なのか巧!? おいおい、ガッカリさせないでくれよッ!』



 デビルと戦うには一定の魔力量が必要だが……同じ原理なら、コイツと戦うには俺たちの魔力量が足りないようだ。



『なんでッ!?』


 アリスの驚くような声が聞こえ、そちらに目をやるとその手には、転移玉が握りしめられていた。


 ――まさか!?


『おいおい、俺から逃げられるとでも思ったのか? この領域に捕らわれた以上、お前らに逃げ場はねぇよ!』


 ――最悪だ。まさか、この結界は、外界から完全に切り離す能力があるのか?



 パッと配信画面や携帯を確認すると、どうやら繋がっていないらしい。



 ……嫌な既視感を抱いてしまった。



『おい、お前。日本人の男に、この魔法を教えた記憶はあるか?』


『あ? まぁ、15年ぶりの人間だ。会話をするのもやぶさかではない。それで、あぁ……そんなこともあったな。だがあれは失敗だったな。巧を殺すには力不足だったし、意味わからん爺さんから攻撃を食らったし』


 はぁ……まさか今になってあの事件の黒幕が判明するとは。


 それにしても、オヤジはこんな化け物に有効打を与えたのか? どっちが化け物だよ。


『おい、俺だってあの時から成長したんだ。ひたすら第90階層から第94階層までの魔物を狩ってな!』


『……まさかお前、逸脱種なのか?』


『はっ! もしそうだったら、さっさとここから出て、直接お前を殺しているさ!』


『それもそうか』


 もしこいつが自由に動けるなら、あんな回りくどいやりかたは取らなかっただろうしな。


 ……いや、待て。魔物を殺している時点で、それは既に逸脱しているじゃないか。他の魔物を殺すことはできるし、成長もするが、行動に制限がかかっている。


『……さしづめ"特殊逸脱種"といったところか?』


『好きに呼べばいいさ! あぁ……まだ名乗っていなかったな』



 ――キンッ、と男は、背後に潜んでた彩姉からの攻撃を弾く。


 チッ、予想はしていたが、あっさりと防がれたか。



『今の俺は、ルシファーだ。デビルロード・ルシファー。別に覚えなくてもいいがなッ!』



 さぁ、どうする? とりあえず会話で時間を稼ぎつつ対策を考えてはいたが、全くもって思いつかなかった。それほどまでに、彼我の戦力差は歴然だ。



『"燃え尽きろ"ッ!』



 アリスがなんとか魔法を発動し、ルシファーを攻撃した。



 だがルシファーはそれを避けるそぶりも見せず、直撃したかに見えたが……



『チッ! あれで無傷なの!?』



 第89階層以前の魔物相手には通じていたアリスの魔法も、ここでは効果なしか。



 ――なら、これはどうだ?


「光剣ッ!」



 闇属性の相手には、効果覿面の光属性。



 正直、これが効かなければ打つ手なし、といっても過言ではないのだが……



「おいおい、嘘だろ」



 これまた無傷。……分かっていたことだが、差がありすぎる。



『おいおい、巧。なんだ今の攻撃は? 神力・・が全然込められてねぇじゃねぇか?』


『神力……?』


『は? ……おい、まさか自覚してねぇのか? ハハッ、これは傑作だぜッ!』


 そんな会話をしながらも、彩姉とアリスは果敢に攻撃を続ける。


 だが、そのすべては、有効打にならなかった。


『チッ! 鬱陶しい! まぁいい。見本・・を見せてやる。まずはそこの、赤毛の女からだ』



 そう言うと、ルシファーの手元に邪悪な力が凝縮されていった。



 マズイ、ダメだ、これは受けてはならない――ッ!



『神力ってのは、こう使うんだッ!』


『避けろ、アリス――ッ!』



『  』



 ルシファーの手刀により、アリスは首を断たれ、倒れ伏した。




 そして死体は消え、第1階層にて復活する……はずだった。




 だが、どれだけ時間が経っても、死体は消えることがない。




 ……まさか。まさか、まさか!




『想像の通りさ、巧。俺は今、コイツの魂を破壊した。もう復活することなんてない!』




『おい、アリス! 返事をしてくれ!』



 回復魔法を施しても、なんの効果も見られなかった。



 その事実がアリスの死を裏付ける。



「そんな……!」




『なぁ、そろそろ良いだろう? 次は巧、お前の番だ』




 その瞬間、俺の身体がピクリとも動かなくなった。



 クソッ! 動け動け動けッ!



『さぁ、死ね――ッ!』



 ルシファーが俺に接近し、命を絶たんと手刀が胸へと伸びてくる。



 それを俺は、ただ見つめることしかできなかった。



「ガァ……ッ!」



 ルシファーの手が抜かれ、力を失った身体が倒れる。



 それを俺はとっさに支えた・・・



「あ、や……? おい、彩? おい! しっかりしろ!」



「ごめん、ね。たく、み、ぁ……」



 ダラリ、と彩の身体から力が抜けた。



『……順番が前後したが、まぁいいだろう』



「彩! 起きてくれ、彩!」



『無駄だ、もう死んでいる』




「あ、あ、ああぁあああぁああああああッ!!」




 その瞬間、視界が白く染まり……そこで俺は意識を失った。



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