第53話 怨敵と邂逅したようです。
「これは……どういうことだ? 魔物の気配が全くないぞ」
魔物の現れない階層、なんて聞いたことがない。ならば……
「……逸脱種が生まれたのか?」
いや、だが、この階層には争ったような形跡がない。
可能性としては、この階層で現れる魔物を一瞬で殺せる逸脱種が第91階層以降に存在する。あるいは、元々この階層には魔物が現れない。……パッと思いつくのはこの辺りだな。
『――警戒は緩めずに、このまま進もう』
嫌な予感がひしひしとするが、俺たちには前進以外の選択肢は無い。
◇
そのまま進み続けて、俺たちは第95階層にたどり着いた。この間、俺たちは一度も戦闘をこなさなかった。
だが、魔物が存在しない階層もここまでだろう。
目の前にあるのは、見慣れた扉。間違いなく、ここはボス部屋だ。
『準備はいいか?』
俺の問いに、首肯する彩姉とアリス。
さぁ、いよいよ大詰めだ。どんな魔物が現れるかな……?
扉を開けると、そこには1体の"魔物"がいた。
『……まるで人間のような姿ね』
『そうですね……不気味です』
「――――」
「巧美ちゃん?」
『どうした、巧美?』
忘れるはずがない。
ああ、忘れるはずがないとも。
約15年前、姿を消したと言われていたが、まさかこんなところにいるとは……ッ!
『……やっと会えたなぁ、巧ぃ。"あの時"の腹の傷はもう大丈夫なのか? ひひっ!』
その男は、
『……よく俺が巧だと分かったな?』
『ハハハッ! お前だって
ああ、
『さぁ! このクソみてぇな
『ねぇ、巧美! あなた達、さっきから何を言って……ッ!』
『――"領域"』
男が黒き翼を拡げ、そう宣言した瞬間。邪悪な
これは、デビルたちが身にまとっていた力か? いや、それよりも遥かに上位の力か。クソッ……身体から力が抜ける。
『ハッ! その程度なのか巧!? おいおい、ガッカリさせないでくれよッ!』
デビルと戦うには一定の魔力量が必要だが……同じ原理なら、コイツと戦うには俺たちの魔力量が足りないようだ。
『なんでッ!?』
アリスの驚くような声が聞こえ、そちらに目をやるとその手には、転移玉が握りしめられていた。
――まさか!?
『おいおい、俺から逃げられるとでも思ったのか? この領域に捕らわれた以上、お前らに逃げ場はねぇよ!』
――最悪だ。まさか、この結界は、外界から完全に切り離す能力があるのか?
パッと配信画面や携帯を確認すると、どうやら繋がっていないらしい。
……嫌な既視感を抱いてしまった。
『おい、お前。日本人の男に、この魔法を教えた記憶はあるか?』
『あ? まぁ、15年ぶりの人間だ。会話をするのもやぶさかではない。それで、あぁ……そんなこともあったな。だがあれは失敗だったな。巧を殺すには力不足だったし、意味わからん爺さんから攻撃を食らったし』
はぁ……まさか今になってあの事件の黒幕が判明するとは。
それにしても、オヤジはこんな化け物に有効打を与えたのか? どっちが化け物だよ。
『おい、俺だってあの時から成長したんだ。ひたすら第90階層から第94階層までの魔物を狩ってな!』
『……まさかお前、逸脱種なのか?』
『はっ! もしそうだったら、さっさとここから出て、直接お前を殺しているさ!』
『それもそうか』
もしこいつが自由に動けるなら、あんな回りくどいやりかたは取らなかっただろうしな。
……いや、待て。魔物を殺している時点で、それは既に逸脱しているじゃないか。他の魔物を殺すことはできるし、成長もするが、行動に制限がかかっている。
『……さしづめ"特殊逸脱種"といったところか?』
『好きに呼べばいいさ! あぁ……まだ名乗っていなかったな』
――キンッ、と男は、背後に潜んでた彩姉からの攻撃を弾く。
チッ、予想はしていたが、あっさりと防がれたか。
『今の俺は、ルシファーだ。デビルロード・ルシファー。別に覚えなくてもいいがなッ!』
さぁ、どうする? とりあえず会話で時間を稼ぎつつ対策を考えてはいたが、全くもって思いつかなかった。それほどまでに、彼我の戦力差は歴然だ。
『"燃え尽きろ"ッ!』
アリスがなんとか魔法を発動し、ルシファーを攻撃した。
だがルシファーはそれを避けるそぶりも見せず、直撃したかに見えたが……
『チッ! あれで無傷なの!?』
第89階層以前の魔物相手には通じていたアリスの魔法も、ここでは効果なしか。
――なら、これはどうだ?
「光剣ッ!」
闇属性の相手には、効果覿面の光属性。
正直、これが効かなければ打つ手なし、といっても過言ではないのだが……
「おいおい、嘘だろ」
これまた無傷。……分かっていたことだが、差がありすぎる。
『おいおい、巧。なんだ今の攻撃は?
『神力……?』
『は? ……おい、まさか自覚してねぇのか? ハハッ、これは傑作だぜッ!』
そんな会話をしながらも、彩姉とアリスは果敢に攻撃を続ける。
だが、そのすべては、有効打にならなかった。
『チッ! 鬱陶しい! まぁいい。
そう言うと、ルシファーの手元に邪悪な力が凝縮されていった。
マズイ、ダメだ、これは受けてはならない――ッ!
『神力ってのは、こう使うんだッ!』
『避けろ、アリス――ッ!』
『 』
ルシファーの手刀により、アリスは首を断たれ、倒れ伏した。
そして死体は消え、第1階層にて復活する……はずだった。
だが、どれだけ時間が経っても、死体は消えることがない。
……まさか。まさか、まさか!
『想像の通りさ、巧。俺は今、コイツの魂を破壊した。もう復活することなんてない!』
『おい、アリス! 返事をしてくれ!』
回復魔法を施しても、なんの効果も見られなかった。
その事実がアリスの死を裏付ける。
「そんな……!」
『なぁ、そろそろ良いだろう? 次は巧、お前の番だ』
その瞬間、俺の身体がピクリとも動かなくなった。
クソッ! 動け動け動けッ!
『さぁ、死ね――ッ!』
ルシファーが俺に接近し、命を絶たんと手刀が胸へと伸びてくる。
それを俺は、ただ見つめることしかできなかった。
「ガァ……ッ!」
ルシファーの手が抜かれ、力を失った身体が倒れる。
それを俺はとっさに
「あ、や……? おい、彩? おい! しっかりしろ!」
「ごめん、ね。たく、み、ぁ……」
ダラリ、と彩の身体から力が抜けた。
『……順番が前後したが、まぁいいだろう』
「彩! 起きてくれ、彩!」
『無駄だ、もう死んでいる』
「あ、あ、ああぁあああぁああああああッ!!」
その瞬間、視界が白く染まり……そこで俺は意識を失った。
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