第23話 収録が始まったようです。



 オンラインで担当者との打ち合わせを何度か行い、今日はついに、ギルド烈火の撮影本部へとお邪魔する日だ。


「おー、立派な建物だな。うちのギルドとは比べ物にならない」


「いや、神武ギルドの本部なんて、存在しないんだから比べられませんよ。いつも西園寺様にお貸しいただいてるだけですし」


「まあ、別に必要なかったからなぁ」


 さすがに大規模ギルドとなると、本部も立派なビルだ。……西園寺ビルには劣るけど。


「――ようこそいらっしゃいました、荒河様。控室の方へご案内いたします」


「よろしくお願いします」


 今回の俺は、清楚な美少女モードだ。普段の話し方だと、さすがに失礼に思われるかもしれないからな。


 そして、連れられた控室。机には、台本、飲み物、お菓子が並べられている。


「撮影開始まで、1時間ほどございます。それまでに台本の確認と、衣装の準備だけよろしくお願いいたします。後は自由にして下さって構いません。撮影開始10分前になりましたら、またお声がけいたします」


「分かりました、ありがとうございます」


「それでは、失礼いたします」



 ――とりあえず、台本に目を通すか。


 これまでの打ち合わせでも流れは聞いているし、これは映画やドラマではないのだから、台本の内容はかなり薄い。紹介の流れ、話の進め方、そういったものが書かれているだけで、基本は今回のコラボ相手――池城いけしろさんが司会進行役を務めてくれる。


 池城さんはBランクハンターで、自他ともに認めるダンジョン配信オタク。そんな池城さんが見つけた、新人で伸び悩んでいるが、魅力のある配信者をみんなに紹介したいという想いから、この企画は始まったらしい。


 抜群のトーク力と、コラボ相手のことを引き立てるような言動が人気を呼び、今ではトップクラスに人気のある配信となっている。


 ――台本はとくに問題はないな。うちのギルドを紹介する時間もあるし。


 忘れがちだが、俺はギルドの広報担当。オヤジからは、ギルド加入希望者を増やさんでよい、と言われているから、随分好き勝手やっているんだけどな。


 加入者を増やすというより、神武という特殊なギルドの理解者を増やすことが目的になるのかね?


「……さて、関係者に挨拶でもしに行くか」









「ふぅ……」


 ――いよいよ撮影日か。……問題、起きなきゃいいけど。



 俺は池城潤。烈火所属の配信者だ。


 思い付きから始めた、期待の新人配信者の紹介は、今では烈火を代表するほどの一大コンテンツとなっている。正直、ここまで人気が出るとは思っていなかった。


 初めは良かったさ。


 素質はあると思うのに、なかなか伸び悩んでいる配信者を見つけて、それを紹介したいと上に言ったら、承諾されて。結局その子はその紹介をきっかけに有名になっていき、今ではトップ配信者の仲間入りだ。


 そんなことがあったから、俺に優れた新人発掘の能力があると言われて、実際それからも良い新人を見つけることができて。


 一人のダンジョン配信オタクとしては喜ばしかった。色んな新人配信者の成長を手伝うことができたから。


 だがこのコンテンツが有名になっていくにつれ、俺は周りの顔色ばかり窺うようになっていった。人気なコンテンツだからこそ、失敗は許されない。視聴者の期待に応えなければならない。上からの期待にも応えなければならない。



 ――ああ、好きなことを仕事にするのは良いとばかり思っていたが、趣味が仕事に置き換わってしまったな。



 新人配信者はみんな緊張するし、見当違いなことだってすることもある。俺は、そりゃ仕方ないよなって考えているけど、撮影スタッフからしたら迷惑らしい。


 やれ挨拶ができてないだの、礼儀がなってないだの……あくまでもこれは、ただの配信であることを忘れてやないだろうか? そんな格式高いものをしているつもりはないんだがな。



 そんなことを考えながら待機室にいると、待機室の扉がノックされた。



「どうぞ~」


「失礼します」


 丁寧にドアを開け、入室はせずに礼儀よくお辞儀をする少女。どうやら、"お嬢"が挨拶に来てくれたらしい。


「おはようございます。初めまして、ギルド神武所属の配信者、荒河巧美と申します。本日はよろしくお願いいたします」


「あ、ああ、いえ。これはご丁寧にありがとう。池城潤です。よろしく」


 驚いた。配信の時とはまったくの別人じゃないか。こっちが本当のお嬢なのか? それとも、ただの演技?


「それでは失礼いたします」


 お嬢はそう言うと、これまた丁寧にドアを閉め、立ち去って行った。



「今日の共演者は当たりかもな……」



 あの武神の娘という強烈な肩書を持つお嬢。Eランクになった初日でありながら、ソロで小鬼の迷宮を踏破した強者っぷり。これから伸びないはずもないの思い、オファーをしてみたのだが……まさか、あんなにも礼儀正しい子だったとは。


 この様子だと、他のスタッフとも上手くやれそうだな。









 関係者たちに挨拶を終えた俺は、控室でのんびり過ごしていた。


 ――いや~、楽な現場でよかった。みんな真面目そうだし、質もよさそうだ。


 やはり、映画やドラマの撮影と配信の撮影は雰囲気が違うらしい。まぁ、出演者も俺と池城さんの2人だし楽なもんだ。


 空気が終わってる撮影現場なんて、ざらにあったからなぁ……あれはなかなか精神的にキツかった。


「荒河様、お時間となりましたので、ご移動お願いします」


「分かりました。ありがとうございます」


 さて、せっかくの初コラボだし、楽しまないとな。




 撮影所に着くと、池城さんと最終確認を行い、まもなく本番が始まる。



「心配かもしれないけど、取り直すこともできるから安心してね」


 開始直前、池城さんがそんな声をかけてくれた。


「そうならないように、頑張りますね」


 難しいことなんてないので、サクッと撮り終わりたいところだな。


「緊張してなさそうだね?」


「いつも通りやるだけですし」


「……みんな、それが出来たら苦労しないんだけどね」



「本番始めまーす」


 そんな掛け声とともに、カウントが始まる。


 3,


 2,


 1,


 ――スタート。



******************************************************

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけたなら【フォロー】【応援】【★★★のレビュー】などをしていただけると嬉しいです!


皆さまの評価が執筆の励みとなっていますので、今後もよろしくお願いします!

******************************************************

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る