閑話 "天才子役"浅見麻衣 2



「あ、浅見さん――」


「すみません、荒河さん。急いでおりますので」


 帰り際に声をかけられましたが、私はついそんなことを言って、逃げるようにその場を去りました。


 ――はぁ、何をしているんでしょう、私は。荒河さんは悪くないのに、避けるようにするなんて……。


 よくないことだとは分かっていました。でも、私にはどうすることもできませんでした。









「――それでは失礼いたします」


 ある日、帰る前に職員室で先生と面接しなければなりませんでした。主に、子役としての仕事と学校の両立についてです。


 話し合いは10分ほどで終わり、私は急いで教室に戻り、そのまま帰路に着きました。


 ――今日は大切なお稽古があります。遅れるわけにはいきません。


 私は早歩きで、通学路を通り家へ急ぎました。



「……っ」


 私の前方に、荒河さんたちが固まって歩いていました。私はずっと荒河さんを避けてきたので、なかなか追い越しにくいです。


 ですが荒河さんたちはお喋りをしながら歩いていたので、その歩みは非常にゆっくりなものでした。



 ――本当はダメだけど、別の道で帰りましょうか。


 急いでいるから仕方ありません。


 荒河さんたちが話しているのをしり目に、私は細い路地へと入っていきました。









 大通りではないので、全然人に出会いません。


 少し不気味な気持ちになりながらも、私は家へと急ぎました。



「――浅見、麻衣ちゃんだよね?」



 いきなり声をかけられたので、驚きながらも、私は声が聞こえた方を向きます。


 そこには、20代ぐらいに見える、優しそうな男性の方がいました。



「そうですが、一体なんでしょうか?」


「いやなに。君のお父さんに、迎えに行くように言われたんだ。僕は君のお父さんの友達だからね」


「友達……」


「そうさ、友達さ。だから僕の車に乗りな? 送って行ってあげるよ」



 優しそうな笑みを浮かべる男性。――しかし、私には分かります。



「嘘ですよね? これでも役者の端くれです。そんな演技が通じると思わないでください」


 それに、もし本当に迎えが来るなら、通学路を辿ってくるはずです。



 私がそう言ったとたん、男性の雰囲気が変わりました。



 荒々しく髪の毛をかきむしり、私を睨みます。



「チッ! 小賢しい奴だ。まあいい。どうせ君は逃がさないよ?」



「ひっ……!」


 初めて身に浴びる、本物の暴力の気配。


 私は逃げようと思いましたが、足が思うように動いてくれません。


 ポケットに携帯はあるのですが、通報なんてできませんでした。



 ――最近不審者の目撃情報がありましたので、寄り道なんて絶対するんじゃありませんよ?



 この前、ママに言われた言葉を思い出します。



 ああ、私が通学路から外れたから、こんなことに……!



「さぁ、僕について来い!」



 男は私の腕をつかみ、無理やり歩かせようとします。



「いやっ! 離してっ!」


「うるせぇ!」


 パチン、と私の頬が叩かれました。



 ――怖い。怖い。助けて。怖い。怖い。誰か。怖い。怖い!



「ひひっ、その涙目そそるなぁ?」




「――おい。何してんだ、お前」



 ――え、なんであなたがここに?



「おいおい、お嬢ちゃん。困るなぁ……。しょうがない、お前も連れていくか」



「荒河、さん?」


「おう、浅見さん。助けに来たぞ」


 いつも通り、堂々とした荒河さんがそこに立っていた。



「に、逃げて!」


 ――私のせいで、荒河さんを巻き込むわけにはいかない!


 そう思い、私は叫びました。



 ……ですが、そんな私の不安を無くすように、荒河さんは不敵な笑みを浮かべます。



「大丈夫、安心しろ。すぐ助けてやる」



 こんな状況だというのに、不覚にもドキリとしてしまいました。



「はははっ! これは面白い! お前が僕を倒せるとでも? ……舐めんなよ、ガキがッ!」


「きゃっ!」


 男は私の手を乱暴に振り払い、私は尻餅をついてしまいました。



 男は荒河さんに近づき、サッカーボールを蹴るように、足を動かしました。


 怖くなって、私はギュッと目をつむります。


「ガッ――!」


 ですが、聞こえてきたのは荒河さんではなく、男の悲鳴でした。


 気になって目を開けると、男は股間を手で押さえて辛そうです。


 そして荒河さんは、無慈悲にも男の首に回し蹴りを叩きこみました。


 呆気なく、男は地面に倒れ伏しました。



「よし、終わりっと。浅見さん、あまり動かないで。腫れた頬を見る限り、叩かれたようだけど、もしかしたら首までダメージが残っているかもしれない」


「え、あ、はい」


 言われてみれば、頬が痛い。そうだ、殴られたんだった。



「――警察と救急車を呼んだ。これでもう大丈夫だ」



 そうして荒河さんは、私に近づき、私を抱擁します。



「怖かったよな。ごめんな、助けるのが遅くなって」


「……っ! わぁああぁああ!」


 巧美さんの温もりに包まれて、私の緊張が解けました。


 そしてそれから警察たちが来るまで、私はひたすら泣き続けたのです。









 誘拐されかけたと知った、ママとパパは大慌てで警察のところまで来ました。



 そして、私が通学路を外れたことを、こっぴどく叱られました。


 なぜ、通学路を外れたのかと聞かれましたが、今思うと恥ずかしい理由だったので、なかなか言い出せませんでした。


 そして、私がどうやって打ち明けようかと悩んでいると、荒河さんとそのパパ、そしてまた別の男性の3人がやって来ました。


 なんと、荒河さんのパパは、日本最強のハンター武神だったのです。そりゃあ、娘の巧美さんも強いわけです。


 そして、もう一人の男性も見たことがあります。西園寺財閥の会長さんでした。確か、パパの知り合いだと言っていた気がします。


「この度は娘を助けていただき、ありがとうございました!」


 ママとパパが勢いよく頭を下げ、慌てて私もそれに続きます。


「娘さんに大きな怪我がなくて、なによりです。巧美、よくやった」


「おう、そうだろ洋介? ……それで浅見さんに一つ聞きたいことがあるんだが」


「はい、なんでしょうか」


「なんで最近、俺を避けていたんだ?」


「……っ!」


 ――バレてた……!


 恥ずかしくて、顔が赤くなるのを感じます。


「どういう事だ、麻衣? ……もしかして、それが通学路を外れた理由か?」


 ああ、これは隠せそうにありません。


「その、巧美さんは悪くないんです。ただ私が演技力で負けたのが悔しくて、それで……」


「それで、俺を避けていたと」


「……はい」


 うぅ、恥ずかしいです。


 私が演技力で負けたと言うと、パパとママ驚いたように巧美さんに注目します。


 そして西園寺さんは――


「――何を子供相手にムキになっているんですか、大人気ない!」


「痛ぇ!」


「え、ちょ、え?」


 なんと西園寺さんは、巧美さんにゲンコツをしたんです。


「仕方ないだろ! この子の才能が凄かったんだから!」


「だから気分が良くなって、こんな少女に挫折を味合わせたと?」


「いや……その…………すまんかった!」


 巧美さんは流れるように土下座をしました。


 武神は呆れたように額に手を当てており、私たちは何が何だか分かりませんでした。


「おい、巧美、洋介。隠す気はないのか?」


「別に浅見相手ならいいだろ」

「ですね、彼らは信用できますし」


「はぁ……2人がいいなら良いのじゃがな」


 そう言うと、いきなり外の音が聞こえなくなりました。


「これは、遮音結界? いや、それよりももしかして……」


「おう、久しぶりだな浅見。俺は、鈴木巧の生まれ変わりだ」


「――え?」


 生まれ変わり? 転生したってこと? いや、それよりも!


「鈴木巧って、あのアクション俳優の? 10年ほど前に失踪した」


「おう、それで合っているぞ」


 えぇ……? そんなことあるの?


「やっぱり、そうですか。いや、雰囲気は似ていましたが、西園寺さんとのやり取りを見て確信しましたよ」


 え、本当に……?


「まぁ! そうでしたの。お久しぶりです、巧さん。随分と可愛らしくなりましたね?」


「そうだろう? 最後に会ったのは、麻衣ちゃんを身ごもったと判明した時だったか? いや、もうこんなにも大きくなっていたんだな! 初めて麻衣ちゃんを見た時は驚いたよ」



 ――なんでパパもママもすんなり受け入れられるのよ!



 ……というか、私。"鈴木巧"に演技力が負けたことを悔しがっていたの?


「麻衣……巧さんにはそりゃ勝てないよ」


「言わないでよ、パパ!」




 あぁ、穴があったら入りたい。



 ――それにしても、巧美さん、かっこよかったなぁ……。



「……あの、巧美さん?」


「なんだ?」


「これからは、お姉様とお呼びしても?」


「え? まぁ、いいけど」


「ありがとうございます!」


 私はそう言って、お姉様に抱きついた。


 お姉様もそんな私を跳ね除けることなく、受け止めてくれた。


 ――あぁ、この温もり。安心するなぁ。


「ふふふ」


「あらあら」

「なっ……巧さん! 娘は渡しませんよ!?」

「巧美、あなたって人は……」

「お主なぁ……」


「なんで俺が悪者みたいになってんの?」



 ――それからというもの、お姉様のお陰で、クラスに友達がたくさんできました。


 聞いてみると、どうやら私は怖い人に感じていたようです。話してみたら、すぐに仲良くなれました。



 ふふふ、お姉様――私の救世主。


 このご恩は、一生をかけて、お返ししますね?



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