閑話 "天才子役"浅見麻衣 1



 私は天才子役の浅見麻衣。明日の始業式から、小学5年生になります。


 パパもママも芸能人で、私も芸能人。今日だって子役のお仕事をやりました。


 パパとはあんまり会えないし、ママは常に礼儀正しくって厳しいけど、2人とも私は大好きです。


 だってパパとママのお陰で、私も子役始められたし、色んな人から褒められるようになったから。


 いっぱいお稽古してるし、何回もお仕事をやっている私は特別な子だと思います。


 遊んでる暇なんて無いから、学校に友達と呼べる子は居ないけど、みんな私に凄いねって言ってくれるから、これでいいんです。



 そして翌日、私は久しぶりにランドセルを背負い、学校へ向かいます。


「行ってきます、ママ」


「行ってらっしゃい、麻衣。最近不審者の目撃情報がありましたので、寄り道なんて絶対するんじゃありませんよ?」


「はい、ママ」


 寄り道なんてしたことないから、心配する必要なんてないのにね。


 お友達同士で登校している子たちを見つつ、私は1人で学校まで行きます。


 そして、クラス分けが書かれた紙を見つけます。みんな集まっていたので、すぐに分かりました。


「なぁ、この子知ってる?」

「知らない。もしかして転校生じゃない?」


 私の名前はすぐに見つかりました。苗字が浅見なので、だいたい出席番号は1番か2番です。今回は1組の1番でした。


 でも、私の一個下に書かれている、荒河巧美という名前には見覚えがありません。男の子たちが言うように、転校生が来たようです。


 ……まあ、私には関係のないことですかね。



 始業式では新任の先生が紹介されたぐらいで、他はいつも通りでした。


 そしてその後、5年生だけの学年集会が開かれました。


 各クラスの担任が発表されたのち、ついに転校生の紹介が行われます。


「わっ……!」

「すごい可愛い……」

「外国の子かな?」


 集会所の訪れた彼女は、みんなの視線をくぎ付けにします。それも仕方ないでしょう。芸能界でも、これほどかわいい子は見たことがありません。


 みんなに注目されていますが、彼女は堂々としたものです。少しの緊張も見られません。



「みんな初めまして。荒河巧美だ。俺は"去年まではアメリカの学校に通っていた"が、今年から日本の学校に通うことになったんだ。これからよろしくな」



 ――とてもいい発声だと思いました。


 もしかしたら、私のように役者の経験があるのかもしれません。



 教室に戻り休み時間になると、荒河さんの席にみんなが寄り集まります。


 質問攻めされている荒河さんには非常に余裕が感じられ、まるで大人のようだと思いました。


 その日は午前で授業が終わり、私は即帰宅準備を行います。


「お、もう帰るのか。さようなら、浅見さん」


 帰ろうとしたその時、荒河さんから声をかけられました。


 久しぶりに同級生の方から話しかけられたので、少し驚きながらも、返事をします。


「ええ、さようなら荒河さん」



 その帰り道は、いつもより少しだけいい気分でした。



「……?」


 ふと、誰かの視線を感じましたが、私は有名人なので、慣れたものです。




 また別の日、国語の授業が始まりました。


「それでは今から1人ずつ音読をしてもらいます。出席番号の順にやっていきましょう。まずは浅見さんよろしくお願いします」


「はい――」


 私は立ち上がり、音読を始める。


 今回音読するのは、会話文多めの小説です。


 これまで本読みは何度もしてきたし、たとえただの授業であっても、私が手を抜くことはありません。


「うっまぁ……」

「さすが役者さんだね……」



 これまたいつも通りの反応。だが――


「へぇ、やるじゃん」


 ――荒河さんだけは他の子たちと反応が違った。まるで、好敵手を見つけたかのような、そんな反応だった。



「よし、次は俺だな? ――――」



「……ッ!」



 上手い。私よりも、はるかに。


 そんな……同学年ならだれにも負けないと思っていたのに。


 まるで、父のような、ベテランの風格。



 ……悔しい。悔しい。悔しい!



「――――!」


 荒河さんが言い終わると同時に私は再び立ち上がり、続きを読み始めた。


「浅見さん? 次はあなたの番では……」


 先生が何か言っていたけど、それを無視して、私の全力を荒河さんにぶつける。


 荒河さんも、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、私に応じてくれました。



 最初は言葉だけでしたが、次第に手振りが増え、最終的にお互い本気の演技となっていきました。



 だけど――



「負けた……ッ!」


 完敗です。何もかも、荒河さんの方が上手。アメリカの子役は、ここまでレベルが高いの……?



「浅見さん、君凄いね!」


 馬鹿にする気がまったくない、荒河さんの満面の笑み。


 あー、悔しいな。自信からくる余裕が、私とは桁違いです。



「――2人とも、すごく上手でしたね。ですが、これは2人だけの授業ではないのですよ?」


「あ……」


 先生が怒っていらっしゃる。


「すみません!」

「いや、俺からもすまんかった。つい、興が乗ってしまってな」


「――はぁ。まあいいですよ。浅見さん、悔しいという気持ちは大切です。ですが、感情に任せて行動してはいけません。それから荒河さん、あなたももう少し、周りに気を遣うようにしてください」


「はい……」

「以後気を付ける」



 そして、それから私は少し、荒河さんを避けるようになったのです。



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