第20話 蒼牙のギルマスが神武を訪れたようです。



「なあ、本当に俺もいなきゃダメか?」


 今俺がいるのは、西園寺ビルの応接間。今から蒼牙のギルマスが直接謝罪に訪れるらしく、洋介から同席するように言われたのだ。


「当たり前でしょう。当事者としての自覚はないんですか、巧美?」


「いや、まあそうだけどさ……」


 ぶっちゃけ、こういったお堅いのは苦手なんだよなぁ。


「これまでも私に任せっきりだったのですから、最後ぐらい巧美も同席すべきでしょう」


「そうじゃな。諦めて、真面目な顔でも作っておけ」


「……へーい」


 今回オヤジは、神武のギルドマスターとして同席する。俺、洋介、そしてオヤジの3人が今回この場に出席するのだ。



 さて、氷華と呼ばれる蒼牙のギルドマスターと対面するのは、これが初めてだ。ニュース等では見たことがあるのだが、果たしてどんな人だろうねぇ?








 私――露崎つゆさきあおは氷華と呼ばれるSランクハンター。たまたま水魔法の高い適性があり、たまたま氷の魔法が得意になっただけの人間である。確かに、人より魔法が得意な自信はあるが、それだけである。


 巷では完璧美人なんて言われているが、全く、これっぽっちも、そんなことはない。


 人を率いるなんてもっての他だ。可能なら、さっさとギルマス辞めたいわよ。


「うぅ……胃が痛い。やっぱりお姉ちゃんにギルマスは向いてないって……」


「はぁ、姉さん。頼むから他の人がいる前で、そんなこと言わないでね?」


「分かってるわよ、まーくん」


「……あと、いい加減"まーくん"呼び止めてよ。普通に雅哉まさやでいいでしょ」


 私と同行しているのが、私の弟、雅哉まーくん。昔も今もずっと可愛い、愛しの弟である。そんなまーくんに唆されて、私はやりたくもないギルマスをやっているわけよ。


 蒼牙の運営は、ほとんど弟任せで、姉はお飾りである。


 私はただ、クールなできる女を演じているだけなのよ。


「あー、武神ってマジで怖いのよねぇ。やだやだ、会いたくない」


 今回は、これまで対応してくれていた西園寺さんの他に、武神と被害者であるその娘が同席するらしい。


 そしてその武神の娘は今、ダンジョン配信をやっているらしい。まだ動画を見たことはないけれど、写真を見る限り可愛らしい女の子だったわ。


 武神の娘に手を出すなんて、本当になんてことをしてくれたのよ! あのお爺さんを怒らせたら大変なんだからね! ……まあ、加害者の子はもう死んじゃったんだけど。


「そんなこと言わないで。仕方ないでしょ? ギルマスが行かなかったら、舐めてると思われちゃうじゃん」


「それは、そうだけど……怖いものは怖いのよ」


 あのお爺さん、ほんと理不尽だからね? 同じSランクだけど1対1で勝てる気がしない、正真正銘の化け物よ。やっぱり何か、バグってるんじゃない?


「まあ、気持ちは分かるけど、そろそろ気を引き締めてね。もう着くから」


「分かったわ、運転ありがとう」


「いいって、いつものことじゃん」


 まーくんったら、照れちゃって。そんなところも可愛いわ。


 ……まあ、そろそろ気合を入れよう。


 何年もポーカーフェイスは練習してきたし、今日も鉄仮面で突き通すだけ。


 大丈夫。私がボロを出さなければ、まーくんが上手いことやってくれる。やるべきことは既に教えてもらったから、あとはいつも通りやるだけだ。




 道田さんという人に連れられ、私たちは武神たちの待っているところへ連れられた。道田さんが扉をノックし、中から西園寺さんの返事が返ってくる。


 そして道田さんが開けてくれたドアを通り、私たちは入室した。



 ――わっ、可愛い!



 そこにいた武神の子、巧美ちゃんは画像で見るより何倍も可愛かった。正に美少女って感じね。



 ――って見惚れている場合じゃないわ。



「西園寺会長、本日はこのような場を設けていただき、誠にありがとうございます」


 私は表情を引き締めたまま、西園寺さんに挨拶をした。


「いえいえ。こちらこそ、はるばるご足労いただきありがとうございます。どうぞ、お席にお座りください」


 私たちは勧められるがまま、席に着く。


「うちの巧美とは、お二人とも初対面でしたよね? ご紹介いたします。こちら、武神、荒河武雄の養子である荒河巧美です。現在は神武所属のDランクハンターであり、神武ギルド公式の配信者として活動しております」


「初めまして、荒河巧美と申します。Sランクハンターとしてご活躍なさっている、露崎ギルドマスターにお会いできて光栄です」



 ――やだ、めちゃくちゃしっかりしている子だわ! 物腰柔らかな態度といい、魅力的なほほ笑みといい、まさに天使のような可愛さね。



「これはご丁寧にありがとうございます。初めまして、私は蒼牙ギルドマスターの露崎蒼と申します。そして、こちらが私の弟であり、私の補佐官の露崎雅哉です」


「初めまして、ギルドマスター補佐の露崎雅哉と申します」


 そして巧美ちゃんと名刺交換をしたのち、本題に入った。



 もちろん、これまでにも謝罪はしていたし、諸々のお詫びについても、何度も話し合ってきた。


 今回はそれらのまとめとも言うべき場だ。


 幸いにも、話し合いはスムーズに進み、彼らと完全に和解することができた。



「――それでは本日はありがとうございました」


 そして私たちが立ち去ろうとしたとき、巧美ちゃんが私を呼び止めた。


「露崎ギルドマスター、最後に少しよろしいでしょうか」


「ええ、どうかなさいましたか?」


「男性の方の前で言うのは恥ずかしいので、その、お耳をお貸しいただけますか?」


 ――まあ! 一体なにかしら? まーくんのプライベート用の連絡先以外なら、なんだって答えるわよ。


 私はしゃがんで、巧美ちゃんに耳を近づける。そして同時に、小規模な遮音結界を張った。


 まあ、聞かれたくないということなので、念のためね。



「これで今、周りに音は聞こえません。それで、一体何の用でしょうか」


 間近で見るとやっぱり可愛いわね……といった感想はおくびにも出さず、あくまでクールな役を演じ続け、巧美ちゃんの言葉を待つ。



「――そうか、ありがとう。またお互いに素のままで・・・・・・・・・話す機会を設けようぜ」



「……え?」



 いやいやいや、ちょっと待って? そっちの喋り方が素なの!? さっきまでと雰囲気が全然違うじゃない! いや、そうじゃなくて、今「お互いに」って言ったわよね? 


 ……もしかして、演技なのがバレてる?


 困惑する私にウインクをした巧美ちゃんは、さっと身を引き、それまでと変わらない雰囲気に戻った。



「それでは、また会いましょう。本日はありがとうございました」



「え、ええ……。それではまた」


 

 なんとか平常心のふりをし、私は挨拶を終えた。



 そして私たちは帰路に着いたのだった。



 

「――いや~、巧美ちゃんって、本当は・・・あんなにも可憐な子だったんだね。配信で見せていた姿とは大違いだよ」


「……え、配信ではどんな感じなの?」


「一人称が俺で、男口調なキャラ・・・だよ。そういえば、姉さんは最後になんて言われたの?」


「……まーくん、女って怖いわね。まーくんは、変な女に騙されちゃダメよ?」


「え、急に何言ってんの?」



 巧美ちゃん油断ならない相手ね。……でも、まーくんは渡さないんだから!



「まーくんは、私が守る」



「だから、さっきから何言ってんの?」



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