第15話 記憶に齟齬が生じたようです。



 もともと、豚頭の迷宮に行ったのは攻略が目的ではなかったので、適当にキリがいいところで配信を終了し、俺は帰路に着いた。


 今後について考えながら、車に揺られること一時間と少し。車が止まり、ドアが開かれた。もうすでに黄昏時になっており、空は茜色に染まっていた。


「それではお嬢、お疲れさまでした」


「ああ、道田もな。いつもありがとう」


「いえいえ、これが仕事ですから」


 車を見送った俺は、我が家の玄関をくぐった。


「あれ? オヤジ、帰っていたのか」


 玄関にはオヤジの靴が置いてあった。


 こんなに早く帰っているなんて、珍しいこともあったもんだな。いい匂いが漂っているし、今は料理中かな?


「ただいま、オヤジ」


 台所に顔を出すと、いつもより少し豪勢な料理を準備しているオヤジがいた。


「おかえり、巧美」


「今日って何かの記念日だっけ?」


「……巧美の、Dランク昇級のお祝いじゃよ」


 こちらに顔を向けず、そっぽを向きながらオヤジは答えた。


 相変わらず、不器用というか、なんというか。


「ふふっ、ありがとう。何か手伝おうか?」


「不要じゃよ。巧美は居間で待っておれ」


「ほーい」


 去り際にちらっと様子を伺うと、包丁も使わず一瞬で具材が切り分けられていた。もはや、何も言うまい。









 そこは少しさびれた、人気のない境内だった。落ち着いた、静かな場所で、懐かしさの感じる場所だった。


『たくみは、面白いね?』


 振り返るとそこには、中性的な見た目の誰か・・がそこに立っていた。


 ――いや、違う。俺はこいつを知っているはずだ。


『君は……?』


『――いつかまた・・、会える日を楽しみにしているよ』


『待って……!』


 手を伸ばせど届くことはなく、視界が次第に歪んでいき……。









「……ぃ、起きろ!」


「痛っ!」


 あ……? あぁ、居間で寝ていたのか、俺。


「随分疲れていたようじゃな? 飯ができたぞ。さっさと食って、さっさと寝ろ」


「ん、おお! ありがとう! いただきます!」


 品数が多いし、いつもより気合入ってるねえ!


「……うまい!」


「そうか。焦らず食え」


「うっす」


 飯を食べつつも、頭の中を占めるのは先ほどの夢のこと。見覚えのある場所だったんだが、はてさてどこだったか……。


「あ、あそこか」


「急にどうした?」


「いや、前世でオヤジと初めて会った、あの神社。あれって、道場のすぐ近くだったよな?」


「神社……?」


 そうだ、子供のころに何度かそこに行っていて、お気に入りの場所だったんだよな。


 ……あれ? なんで、行かなくなったんだっけ?


「まだ寝ぼけておるのか? お主と初めて出会ったのは、お主が道場に連れてこられた時じゃろうて」


「……え? そうだっけ?」


 んー、言われてみればそうだった気もする。


「というか、道場の近くに神社は存在せんよ」


「いやいや、それは噓でしょ?」


「儂が何年、あの道場を使っておると思っておるんじゃ。もし近くに神社があれば、見落とすわけなかろう」


「おかしいな……まあ、もしかしたら、俺が別の場所と勘違いしているかもしれないか。明日確かめてみるよ」


「うむ、そうせい。ああ、そういえば、今日の配信のことじゃが――」


「え、オヤジ見てたのかよ」


「なんじゃ、見られて困るのか?」


「いや、そうじゃないけど、意外だっただけだ」


「ふむ、まあよい。それでその魔力の使い方じゃが――」


 夢に出た神社の話は一旦終わり、それからも他愛のない話を続けた。









「――マジで、無いな」


 翌朝、俺はどうしても気になり、道場付近で神社を探した。記憶に残っていた、神社へとつながる道は存在せず、物は試しにその道なき道を無理やり通ってみたが、一向に何も見つからなかった。


「何か大事なことを忘れているような気もするが……まあ、いっか」



 結局、あの時夢で見た場所も、そこにいた誰かのことも分からず、俺自身も時が経つにつれ忘れていくのだった。



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