第17話 二人の怒り

 翌日の放課後、彼方は二葉のカフェにやってきていた。


 「いつものでいいでしょ?」


 「ああ。ありがとな」


 「で、一人でどうしたの?」


 「ちょっと色々あってな。話聞いてほしくてさ」


 「ふーん。まあいつも相談に乗ってもらってるし、別にいいけどさ」


 二葉は片目を閉じて、やれやれと言った表情で淹れたてのコーヒーを差し出す。


 彼方はお礼を言って、それを一口飲んだ後、昨日までにあったことを全て話した。


 二葉は彼方の話が終わるまで、黙って聞いていた。


 「……ってわけで、どうすればいいんだろうな」


 「ちょ!? さらっと私が告白したこと知ってるって言うのやめてくれない!?!?」


 「いや、一応聞いちゃったし、本人に言っておくべきかと」


 「もう!!!! バカ!!!!!!!」


 彼方の余計な一言は二葉を完全に暴走させてしまった。


 「大体、何で彼方に言われないと覚悟が決まらないの!? 肝心なところでヘタレなんだから!!!!」


 「お、おう……」


 「彼方も彼方よ!! 何が“何を伝えたらいいか分からない”よ!! もう答えなんて出てるじゃない!! 要するに、彼方は白河さんの完全な作品が読みたいんでしょ!?!? だったらそう伝えればいいでしょ!!!! 何が文章で伝えるよ!! そういうのは直接言って、ダメだった時の策として使いなさい!! 大体、彼方は自己評価が低すぎるのよ!!! 少しは自分を信じなさい!! そんでもって、彼方を信じてる私たちのことを信じなさい!!! まずは直接話す!!! 正直に!! 本音を!!! 分かった!?!?!?!?!」


 「……」


 暴走した二葉は、彼方の悩みを一発で粉砕した。


 そしてその言葉で、彼方も吹っ切れた。


 「……ありがとう、二葉。ちょっと行ってくる!!」


 彼方は立ち上がり、店を出て行った。


 「うん! 行ってこい!!」


 そんな彼方の背中に二葉は思いっきり喝を飛ばした。




 彼方は無我夢中で走った。


 今ならまだ白河が教室に残っているはずだ。


 学校にたどり着くと、彼方の教室、窓際の一番後ろの席に人影が見えた。


 「やっぱり、まだいた……!!」


 彼方は急いで教室に向かった。


 教室のドアを開けると、いつもと同じように、夕日に照らされた白河がいた。


 「……一宮、くん?」


 彼方は息を整えながら、白河の方に歩み寄った。


 「白河さん……。俺は……俺は、白河さんの完璧な作品が読みたい」


 「……え?」


 彼方は白河の話を聞いてから自分が思っていたことを全て、正直に口にした。


 脈絡もなく、唐突に、自分の想いをぶつけた。


 「何であんなにすごい作品が書けるのに題名が書けないんだよ。俺は題名のない未完成な作品に完敗したなんて認めたくない。でも、白河さんの悩みだって分かる。俺だって自分の作品が終わってほしくないって思うよ。だけど、終わらない作品なんてないんだ。いつか終わらせなきゃいけないんだ。えっと、あと何を思ったんだっけ……」


 彼方のめちゃくちゃな言葉を、白河は真剣な表情で聞いていた。


 「とにかく! 俺が白河さんに絶対に題名を書かせてみせる!!! 覚悟しとけよ!!!!」


 「……本当に、千沙ちゃんのお兄さんなんだね。熱くなった時の、脈絡の無さとか、強引さとかそっくり」


 「ま、マジか……」


 「うん。だから……そんな、一宮くんだから、私は、信じるよ。覚悟しとくね」


 彼方の言葉は、想いは、白河の背中を少しだけ押した。


 一人じゃないなら、もしかしたら……。


 白河は、彼方の言葉にそんな希望を抱いたのだった。





 「それで、ちゃんと言えたの?」


 「ああ。伝えたいことは伝えてきたよ。まあ、ちゃんと伝わってるかは分からないけど……」


 「いいのいいの。こういうのは口に出して伝えることが大事なんだから」


 彼方は再び二葉のカフェに戻り、二葉に報告をしていた。


 二葉は彼方の報告を聞いて、満足そうにうなずいていた。


 「ありがとな、二葉。お前の言葉が無かったら、きっとありのまま思ったことを伝えるなんてできなかった」


 「まあ、私にできることなんてそれぐらいだから。それにあの時は私も取り乱してたと言うか……。でも、またこういうことがあったら、真っ先に背中叩いてあげるから、安心しなよ!」


 「出来れば軽めにお願いします……」


 二葉に思い切り叩かれたら痛そうだなと彼方は苦笑いした。


 「で、これからどうするの?」


 「そうだな……。まずは、俺が書きたい作品を書くよ」


 彼方はやる気に満ち溢れた顔で二葉に告げた。


 その姿に、二葉はきっと今までで一番面白い作品が出来上がる予感がした。


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