第13話 奇妙な空白

 その日の夜、彼方は白河から返された原稿を読み返していた。


 原稿を読みながら、ちょっとした違和感を抱えていた。


 その違和感が何か分からないまま原稿を見返していると、いつの間にか最後のページに来ていた。


 「ん?」


 しかし、その下にまだページが続いていた。


 めくると、それは彼方の作品ではなかった。


 「これって…もしかして白河さんの…?」


 そこにはもう一つ原稿の束があった。


 彼方が抱えていた違和感の正体は原稿の厚さだった。


 もしかして間違えて渡してしまったのではないかと思ったが、1ページ目の隅に書かれていたメッセージでその可能性は消えたのだった。


 「『原稿、ありがとう。お返し』……?ということは、間違えて渡したってわけじゃなさそうだな」


 厚さから見てページ数は自分の作品と同じくらいだろうなと思った。


 それからしばらく1ページ目をずっと凝視していた。


 「……読んでもいいんだよな?」


 そんな誰に対しての確認か分からない問いかけをして、彼方は威を決して白河の作品を読むことにした。


 一定のペースでページをめくっていた手が、徐々に速度を上げていく。


 しかし、あるページを境にページをめくる手が止まっていく。


 そしてゆっくり、一文一文を噛み締めるようにページをめくっていく。


 数時間後、彼方は最後のページを読み終え、静かに息を吐いた。


 彼方の頬には涙が伝っていた。




 白河の作品は、永久に雪が降り続ける国を舞台にした物語だった。


 そこで誰かを待ち続けている一人の少女がいた。


 その約束はいつしたものかは分からない。


 けれど、誰かをずっとその時まで待ち続けることを誓ったことは覚えていた。


 そんな少女の元に一人に旅人が現れる。


 彼は一人でずっと旅をしていたと言う。


 雪の国しか知らない少女は旅人である少年に色々な国について多くの質問をした。


 少年は少女の勢いに戸惑うが、次第に少女の質問に答えるだけではなく、自分でも旅の話を始めた。


 そんな日々が続き、関係が深まっていったある日、少女は自分が誰かを待ち続けているという話をする。


 その話を聞いた少年は、その人を探しに行けばいいと言う。


 でもここで待ち続けるのが約束だからいけないと少女は答えた。


 少年は、「もしこのままここにその人が来なかったらどうするんだ? そんなの君も望んでいないだろ!! だから行こう!!」とそう言って、少女を雪の国から連れ出した。


 それから二人は約束の人を探しながら、色々な国を旅した。


 多くの体験をし、多くの経験を得て、多くの思い出を作りながら旅を続けた。


 旅の道中、少女は少しずつ約束のことを思い出し始めていた。


 それと同時に、少年も必ず迎えに行くと誰かに約束をしていたことを思い出す。


 


 数年後、雪の国の近くまで戻ってきたある日、少女が急病で倒れてしまう。


 数日後、目を覚ました少女は全てを思い出したと言い、少年に語りだした。


 かつて彼女はある人と雪の国で暮らしていた。


 しかし、その人が急病で倒れてしまい亡くなってしまう。


 その間際、彼は生まれ変わったら必ず君を迎えに行くと言った。


 彼女もそれに答えて、あなたが来るまでこの国でずっと待っていると誓った。


 そしてその二人は、約束した通り生まれ変わるたび雪の国で再会し、一生を過ごし、また約束をするという繰り返しをしていた。


 その生まれ変わりが少年と少女だった。


 少年もようやく誰と約束をしていたのかを思い出し、涙を流した。


 少年は涙をぬぐい、少女の手を握って新しい約束をする。


 毎回雪の国での再会なんて、面白くない。


 だから、今度は場所なんて決めないで、いつかどこかで必ず会おう。


 そんな約束を二人は交わした。


 


 それから時は巡り、一人の少女は世界を旅していた。


 遠い昔約束した誰かと出会うために。


 ある日、巨大な桜が見られるという国に立ち寄っていた少女は、桜の木の下で一人の少年と出会う。


 少年は、ずっと誰かを探しているという。


 雪の国にずっと一人にしてしまった誰かを。


 少年は微笑みながら、やっと会えたねと、そう口にした。


 その言葉に少女は涙を流しながら少年の方へと走っていった。




 彼方は涙を拭って、もう一度白河の作品を読み直した。


 白河の作品は全てにおいて彼方の上を行っていた。


 細かな描写も、繊細な表現も、大胆な文章力も、絶対に心を掴んで離さない作品としての力も全てが上だった。


 「……悔しいな」


 完敗だった。


 勝てる要素は全くなかった。


 それがただただ悔しかった。


 それと同時に、一つだけ気がかりなことがあった。


 これだけすごい作品を書ける白河が、何故彼方の作品に嫉妬をしたのか。


 白河に嫉妬させるような物が自分の作品にはあったのか。


 それが分からなかった。


 きっとそれを見つけられれば、白河の作品に少しでも追いつけると思った。


 そのために、今は白河の作品を何回でも読もうと思った。


 「まあ、俺が読みたいだけっていうのもあるんだけどな……」


 苦笑いしながら、白河の作品をまた読み始めた。


 何回も何回も白河の作品を読んでいるうちに、日付が変わり、時刻は2時を過ぎようとしていた。


 「……あと一回読んだら寝よう」


 そう思って、再び1ページ目から読み始めた。


 そこで一つ気が付いたことがあった。


 「あれ……?そういえばこの作品、題名ないのかな?」


 白河の原稿。題名が書かれるはずの場所には何も書かれていなかった。


 「書き忘れ……かな?今度返す時に言っておかないとな」


 そんなことを考えながら、彼方は再び白河の作品に目を通し始めた。




 その空白の意味を、彼方はまだ理解していなかった。


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