第3話 妹編集長の原稿チェック

 「ただいま」


 「あ。かな兄、おかえり!」


 玄関を開けると、キッチンから妹の千沙が慌ただしくやってくる。


 「おう。これ、二葉から」


 「おー!! 今日は何かな~」


 千沙は彼方から受け取った小包をひったくるように奪い取り、中身を確認する。


 「うひゃー! 今日はクッキーだ!!」


 「とりあえず、廊下で食べるのはやめような?」


 「はいはい~。ご飯にする?お風呂にする?」


 「風呂にする」


 「はーい。じゃあご飯温めておくね」


 


 彼方が風呂から上がると、ちょうど千沙がご飯を温め終わったところだった。


 「お、ナイスタイミング! 今日はハンバーグだよ~」


 「お、美味しそうだな。で、千沙」


 「ん? 何?」


 「お前が手に持ってる封筒は何だ?」


 「かな兄がそこに置いてったやつ」


 「料理温めるのに必要ないだろ!!」


 「温めるとき暇なんだもん。これ結構修正したんだね?」


 「え? ああ。まあ、お前の感想のおかげで修正点が明確になったからな」


 「ふーん。それでも修正点山済みだけどね~」


 千沙は彼方の原稿をパラパラと見ながら、大量の修正を見て「うへぇ…」と声を漏らした。


 そして、原稿を机の上に置いてクッキーを手に取った。


 「それにしても、クッキー美味しいね!!」


 「お前マジで会話する気ないよな!? 全然話繋がってないぞ!?」


 「違うよ!! 私は今思ったことを素直に口にしてるだけだよ!!」


 千沙の会話の唐突さに、彼方は頭を抱えた。


 「だって、もうこれだけ修正されてるなら色々言われてるんでしょ?じゃあもうこの話は終わりでいいじゃん」


 「……お前、ちゃんと考えてるんだな。でもその雑な会話の切り方は考えた方がいいぞ?」


 「んむぅ……考えとく。で、次は何書くの?」


 「ん? 次は文芸部の恒例行事に向けての作品だな」


 「あー。もうあれの時期なんだ。今回のテーマ何なの?」


 「今回のテーマは“空”らしいよ」


 「空かあ。色々書けそうだね」


 「ああ。テーマがぶれそうになるから大変だったよ」


 彼方のその言葉を聞いた瞬間に、千沙がにやりと笑った。


 「その言い方だと、もう出来てるってことだよね?」


 「あ、ああ。まだコピーしてないけど」


 「見・せ・て!!」


 千沙は身を乗り出して、彼方に新作を見せるように要求してきた。


 身を乗り出すほどか、と彼方は思ったがそれは口に出さないようにした。


 「……飯食い終わったらな」


 「やったー!! あ、おかわりいる?」


 「いや、いいよ。ごちそうさま。今日も美味しかった」


 「いえいえ。お粗末様でした。食器洗いお願いしていい? お風呂入ってきちゃうね」


 「おう。ゆっくり入って来い」


 「はーい」


 元気よく返事をして、千沙はパタパタと足音を鳴らして風呂に向かった。


 それを聞き届けて、彼方は食器洗いに取り組んだ。


 汚れを落としながら、千沙にこれから見せようとしている作品が何をテーマに書いたものか振り返っていた。


 千沙は彼方の作品を読むとき、事細かに質問をしてくる。


 その質問の大体は千沙の興味本位の質問が多いが、毎回読み終わった後に音字質問をしてくる。


 『この作品のテーマって何?』


 そのテーマを言えなかったらもはや論外と言ってデータを消されてしまう。


 テーマを言えたとしても、テーマからずれていた場合、酷評が飛んでくる。


 つまり、千沙の中で重要なのは自分の考えているテーマにしっかり沿っているかなのだ。


 「それにしても、あいつの評価って何であんなに厳しいんだろうな。というか、いつから俺の作品読むようになったんだっけ?」


そんなことを考えていると、千沙の足音が聞こえてくる。


 「ふいー。いいお湯だった。あ、食器洗いありがとう!」


 「おう。……って、お前髪乾かしてないだろ?」


 「だってめんどくさいんだもん」


 「せめてしっかり拭け!!」


 彼方は千沙が首にかけていたタオルを取り上げると、千沙の濡れた髪を拭き始める。


 「あわっ!? ちょ、自分でやるから~!! でもちょっとお姫様気分かも!」


 「うるせえ!!」


 「わふっ!?」


 調子に乗り始めた千沙に彼方はタオルを顔面に投げつけた。


 「レディーに何すんのさ!?」


 「今更気にしねえだろ!! さっさと部屋行くぞ」


 「むぅ……。はいはい」


 


 部屋に移った二人は早速パソコンを開き、原稿を読み始めた。


 彼方は千沙が読んでいる横で誤字・脱字の確認、自分なりに表現がおかしいところがないかを確認していた。


 千沙はいつも通り気になるところがあったら聞いていた。


 そんな長い時間を過ごし、二人がため息をついたところで恒例行事は終了した。


 彼方は床に寝転がり、千沙は彼方の布団に寝転がった。


 「あー……疲れた。今回は評価のし甲斐があったよ~」


 「そりゃどうも」


 「ふぁあ……。かな兄、明日朝早い?」


 「早くないけど。何でだ?」


 「私が明日早いから巻き込もうかなって」


 「鬼かよ。ちなみに何時だ?」


 「6時半……日直なんだよね……」


 「なるほどな。まあ別に俺は良いけど」


 「やった! さすがかな兄!! 愛してる!!」


 「あーハイハイ。ありがとよ」


 彼方は適当に返事をしながら、パソコンのデータを保存して、新しいファイルを立ち上げる。


 千沙からの指摘や、新たに気が付いたことをまとめていく。


 そこから、作品を修正したり、新しい作品のヒントにしていく。


 そんな作業をしていると、ふと、食器を洗っていた時に考えていたことを思い出した。


 ちょうど千沙もいるし、聞いてみようと彼方は思った。


 「なあ、千沙。お前、何でそんなに的確な評価が出来るんだ? あと、お前っていつから俺の作品読み始めたんだっけ?」


 「んん……」


 しばらくの間、沈黙が流れる。


 彼方は千沙が考えているのかと思って、作業をしながら待っていた。


 しかし、いつまで経っても返事が返ってこず、不思議に思って振り返ってみると、千沙が気持ちよさそうな寝息を立てて眠っていた。


 「千沙……?」


 「んにゃ……」


 声をかけてみるが、熟睡しているようで、全く起きる気配がない。


 「はあ。お前、布団ぐらいかけてから寝ろよ」


 そう言いながら、彼方は千沙に布団をかけた。


 ここは彼方の部屋でもあるが、千沙が占領しているため、千沙の部屋でもあった。


 そのため、彼方のベッドは千沙のベッドも同然の状態となっていた。


 すやすやと眠る千沙を見て、彼方にも眠気がやってきた。


 「……保存して寝るか」


 彼方は作業中のデータを保存して、パソコンを閉じて布団を引っ張り出した。


 「ふぁあ……おやすみ」


 そう言って、電気を消して布団にもぐる。


 目を閉じて、しばらくしてからあること思い出して起き上がる。


 「千沙……アラームかけてたか……?」


 千沙の携帯の画面を確認すると、アラームのマークはついていなかった。


 「はあ。しょうがない」


 彼方は携帯で6時にアラームをセットして、今度こそ眠りについた。

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