第2話 窓際、一番後ろの女の子
「窓際の一番後ろの席? あー……。えっと、誰だっけ?」
「一番後ろって白河さんじゃなかった? 白河三琴(しらかわみこと)」
場所は変わって、ここは彼方と祐介の幼馴染である藍染二葉(あいぞめふたば)の両親が経営しているカフェに寄っていた。
話題は先ほど彼方が教室で見た少女の話だった。
「あー! あの大人しい子か!! かわいいよな~」
「白河、三琴……」
「それにしても、何でそんなこと聞くんだ?」
「え……? あー、いや」
彼方は教室で見た三琴の姿を思い出していた。
自分でもどうしてこんなに彼女のことが気になるのか分からなかった。
ただ、あの時見た彼女の姿がどうしても忘れられなかった。
だから何となく聞いてしまっていた、というのが理由だった。
しかし、そんな心の声をそのまま答えるほど彼方は素直ではなかった。
「ちょっと教室で見かけて気になったんだよ。一人で何かやってたから居残りか何かかなと思って」
「ふーん……。白河さんが居残りって意外だな。だってあの子成績トップ10に入るぐらい優秀だよ?」
「じゃあ、居残りじゃなかったのかもな。ほら、日直の仕事してたとか何かそういう理由じゃないか?」
「あ。それちょっと納得」
「まあ、確かに何をやってたのかは見えなかったからな」
彼方はもう一度先ほどの光景を思い出すが、三琴は何かを書いていた気がする。
ただ何を書いていたかはよく見えなかった。
「そうだ! そういえば、部長から渡されたやつ何だったんだ?」
「ん? ああ。これか」
祐介に言われてようやく思い出した彼方は部長から渡された封筒を開ける。
そこに入っていたのは分厚い紙束だった。
「もしかして、次の賞に送るやつ?」
祐介と二葉が覗き込んでくる。
「いや、それはまだ考え中。いいのが思いつかなくてな」
「彼方が悩むなんて珍しいな。いつも即書いて即却下されるじゃん」
「一言どころか二言多い。まあ一応設定は出来上がってるんだけど、どうしても上手く書けなくて保留中」
「ふーん。で、結局それ何なの?」
「これは……。あ、俺が部長に個人的にチェックしてもらったやつだ」
彼方と、祐介、二葉は文芸部に所属している。
文芸部の活動としては、年に二回、作品を書き、賞に応募している。
その他にも活動はしているが、彼方はそれとは別に部長にお願いして個人的に書いた作品のチェックをお願いしていた。
今回部長から渡されたのはそれだった。
「また、分厚いわね。何ページ書いたの?」
「今回は300ページ行ったか行かないかかな?」
「書きすぎだろ!?何日で書き上げたんだよ!!」
「んー……これは1週間ぐらいじゃないかな」
「馬鹿でしょ……」
「なあ彼方!ちょっと読んでもいいか!?」
「……まあいいけど」
「よっしゃああああ!!!」
「いつも思ってたんだけど、何で祐介って彼方のやつ読むときテンション高いの?」
「だって彼方の作品って読みやすいし、面白いじゃん」
「それ理由になってる?」
「まあ、喜んで読んでくれるなら俺もうれしいよ。二葉もいつも通り頼む」
「あーはいはい」
そう言って、二人は彼方の作品を読み始めた。
そこで彼方は思った。
祐介と二葉は横に並んで一緒に彼方の作品を読んでいる。
その態勢はまるでカップルと言うか夫婦のように見えて、彼方はメモ帳を手に取り、今のこの光景についてしっかり詳細に書き留めておいた。
「いつか使えるかもしれないからな。いや、ちょっと待てよ。これもしかしたら……」
メモをしている途中で、新しい設定を思いついてしまい、彼方は必死にメモを取っていた。
彼方がメモを終えたところで、二人もちょうど読み終わったようだった。
そして二人で手を握って震えていた。
「どうした?」
「ど、どうした? じゃないわよ!!!!!!!」
そう言って、二葉は紙の束を机に叩きつけた。
「おい。人の作品を叩きつけるなよ。というか、言ってなかったか?今回のテーマは日常の裏側だって」
「言ってないし、聞いてない!! 怖えよ!!! 俺たちの日常の裏側ってあんなに血みどろだっけ!?」
今回、彼方が書いた作品は、一人の高校生が学園生活を送っている様子を描いていくものだった。
しかし、その裏では殺人事件が多発しており、物語中盤でその少年は暗殺者に殺されてしまう。
何故ならその少年は殺人事件を起こしていた張本人だったからだ。
暗殺者は命令に従って多くの人間を殺していくが、その暗殺者も最後は不要とされ殺されてしまう。
最後の一場面、暗殺者は路地裏を歩き、一般人は街を歩く。
決して交わることのない二つの世界を描いて終わっていく。
「何で今回はこんなバッドエンドなんだよ!!」
「いや、まあ日常の裏側って言ったらハッピーエンドにはなりづらいかなと思ってな。逆にハッピーエンドにするのもいいかと思ったんだが、つまらなかった」
「まあ確かに面白かったけども!!」
「さて、祐介の嬉しい評価をもらったところで。二葉、頼む」
「何で毎回私が厳しい評価しなくちゃいけないのよ。まあ今回は部長と言いたいことは同じかな?まず、日常の裏側を描きたいならもっと日常部分を丁寧に書いた方がいいかな。そっちの方が中盤のあの展開ももっとインパクトがあるでしょ。最後のシーンですれ違うのは暗殺者に命令を出していた人と、最初の少年のクラスメイトがすれ違う方がいい気がする。うーん……。とりあえず思ったことはそれぐらいかな。部長からの意見も大体同じだったよ」
「ありがとう。二葉の評価は的確で参考になる」
「そりゃどうも」
「そういえば、今回も千沙(ちさ)ちゃんに読んでもらったのか?」
「ああ。二つだけ言われたよ。『日常部分がクッソつまらない、殺人描写が軽い。まだまだだね~』だそうだ。編集さんってあんな感じなのかな」
「それはさすがに分からねえよ……」
「二葉、そろそろ」
「あ、ごめんお父さん。もう閉店時間だって」
「ん? うわ! 本当だ!!」
「長居してしまってすみません」
「いやいや。いいんだよ。またいつでも来てくれ」
二葉のお父さんはまた片付けに戻っていった。
「じゃあ、また明日」
「おう! また明日な!!」
「今日はありがとうな」
「どういたしまして。あ、これ千沙ちゃんに」
「いつもすまんな」
「気にしないで。おかげで私もお菓子作り楽しいし!」
二葉から千沙宛ての小包を受け取り、彼方と祐介は帰路に着いた。
彼方と祐介の家は二葉の家から徒歩5分。
さらには家が隣同士だった。
帰宅中の話題は、白河三琴についてだった。
「そういえば、何で白川さんのこと気になったんだ?」
「え? うーん。何でって言われても困るけど……。」
「特にないのか?」
「……夕焼けの中で一人残ってるあの子が綺麗だったんだ。だから気になった」
彼方は目を逸らしながら、照れくさそうに答えた。
それを聞いて、祐介はニヤニヤとしていた。
「つ・ま・り~、それって一目惚れってことだよな!?」
「っ!? いや、そういうわけじゃなくて、ただ気になるっていうか!!」
「それを一目惚れって言うんだよ」
「あ、いや!! ……いや、うん。そうだと思う。あの時見た白川さんの姿がずっと忘れられないんだ」
「うんうん。そっかそっか!!」
「はあ……。本当にお前は人のそういう話好きだよな」
「だって楽しいだろ!!」
「まあ確かにちょっと分かる。だからお前にそういう話が出来た時はネタにさせてもらうぞ」
「え!? それはちょっと勘弁してくれ!!」
「冗談だよ。じゃあな」
「おう! また明日な」
彼方と祐介はそれぞれ自分の家に帰っていく。
玄関からは、美味しそうな夕飯の匂いが漂っていた。
今日の夕飯は何かと少し楽しみにしながら、彼方は玄関のドアを開けた。
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