未だ答えはわからず

「先生!今どこなんですか?」

「今?今ね、あなたの頭上だよ」


アキに憑りついたハルの意識がそう言った。ヒストリアは体を起こし、上を見ると、確かに宙に浮かぶ不自然な炎の塊と、火の中に見える点のような何かが見えた。


「・・・先生飛べたんですね」

「そりゃあ龍だからね。」


それは答えになっているのだろうか?龍族と言うものをよくわかっていないヒストリアからすれば、魔法で飛んでると言われた方が、まだしっくりくるものだ。そんな魔法知らないけど。


「それよりも先生!どうして止めるんですか!この国の人たちがやられてるんですよ?」

「・・・自衛のために手段を選ぶなとは言ったけど、むやみやたらと人を殺めろなんて言ってないわよ?」

「えっ?」

「あなた、さっきの魔法でどれくらいの被害が出るか、考えてた?私の見立てだと、人を即死させるほどの雷を呼んだんでしょう?それをピンポイントでフリーデだけに当てても、周囲に広がる電撃は、計り知れないものになるでしょうね」

「・・・それは・・・」


ヒストリアは、口をつぐんでしまった。


確かに、あの少女を倒すことだけを考えていた。自分が使う魔法の力は、自分が一番わかっていたはずなのに。それがもたらす被害に、盲目になっていたのかもしれない。

目的のために手段を選ぶのは、常人することだ。それは常識であり、人の社会でそれが出来なければ、同じ人として認められることは無い。


自らの身を守るために、人を殺める行為は、決して正しくはないかもしれないが、それを間違いだとする道理もない。あえて言えば、生き残ってこそ、道理を述べられるという、屁理屈のようなもので成り立っているのが正当防衛だ。


その行為の先に、他者を巻き込み、死傷をきたすようなことがあってはならないと、ハルは言っているのだろう。


「でも、だからって、目の前で人が死んでいくのを見過ごせません!」

「へぇー、あなたって意外と正義感が強いのね」

「べ、別にそんなんじゃ・・・」


状況はもう混沌と化している。人死にを止めるためにいくら時間を掛けようが変わらない。焦ってもことを仕損じるだけだろう。


「少し落ち着きなさい。闇雲に力を使っても問題が解決できるわけじゃないわ」

「・・・はい。すみません」

「そう落ち込まないの」


ハルの声音、最初からずっと平常心を保っていた。ヒストリアに対して、怒りもせず、責めもせず、あまつさえ励ましまでしてくれている。こんな状況だというのに、あの龍族は平静を保って、冷静に物事を解決しようとしているのだ。


ヒストリアは、杖を地面において、アキをぎゅっと抱き上げて、アキの目を通して現場の光景をハルに見えるようにした。


「先生、あの子はいったい何なんですか?さっき、フリーデって言ってましたよね?」

「ええ。私も驚いたわ。あの子、コルクの友達の一人だったのよ。ロイスとゴッシュにも会った。3人がすぐに戻ってこなかった理由は、フリーデがああなったからでしょうね」


ああなった、と言うのは、人を襲うあの狂気的な生態のことだろう。はっきり言って、今のフリーデの状態は普通じゃない。獣人がいくら身体能力に優れていたとしても、爪や牙で人を殺めたり、他者を顎で加えてぶん投げたりできるはずがない。


「ヒス、あなたの目に、フリーデはどう映ってる?」

「どうって。常人離れ過ぎて、何が何だか・・・」

「・・・羽や腕の突起物は見える?」

「はい?」


羽?何を言っているのだろうか?彼女は獣人だけど、おそらく兎の獣人だ。仮に有翼種の獣人であっても、目立って見える羽が生えているわけじゃないはずだ。

そんなことを聞くということは、先生の目には、それが見えているのだろうか?


「今のあの子は、変りつつあるの」

「どういうことですか?」

「黒い靄が集まっていくと、異形の影を作り出す。本来それは影に過ぎないけれど、やがてそれは肉体と融合し、実態のある姿へと変貌する。私は、転化って呼んでるけど。あなたのお母さんの、最後の姿を覚えてる?」


そう言われてヒストリアは、かつて自分でその命を絶った母親の姿を思い返した。上半身は、かろうじて人の形を保っていたが、下半身は巨大な軟体生物に変わり果てていた。まさに異形と呼ぶべき姿だったのだ。


「あれが、黒く染まった者の末路・・・」

「異形に成り果てた者は、自我を失い、自分以外の全てを壊そうとする。そうやってありとあらゆる生物からを受け継いでしまい・・・、やがて、災厄と呼ばれるものとなる。かつて、あなたの本当の故郷を滅ぼした邪龍のようにね」


受け継いでしまう。そう、ヘイモアが言っていたことと同じだ。黒い靄を、。それこそが、この問題の根幹なのだろう。


「人や、その他の生物を殺めてしまうせいで、黒い靄が膨れ上がっていくんですね?」

「仮定の話よ。私も、あなたがあのヘイモアって奴から話を聞くまで、半信半疑だった。でも、全てではないにせよ、この黒い靄が人から人へ移りゆくものならば、この国の大いなる研究とやらの集大成は、今あそこで暴れているフリーデってことになるわね」


それが、ヘイモアがネビルとして働かされていた理由なのだろう。あの鬼神のごとき戦闘を繰り広げる少女を作り出すために、彼は研究をさせられていたのだ。その行為に疑問も覚えず、それが当たり前のことだと認識するくらい、この国は統制を保っているのだ。


つい先ほど、どこかへ向かって黒い靄が引っ張られていくのを見たのだ。それが、この国の貴族による、黒い靄の集約なのだとしたら、きっとその行先は、あのフリーデのところだったのだろう。


それをさせているのは、この国の貴族とやらだ。彼らがどんな意図があって、そんなことをさせているのかは、ヒストリアには見当もつかない。けど、もしこの激しい感情をぶつける相手がいるのだとしたら、彼らなのかもしれない。


でも・・・、今はまだ、それどころではない。


「先生、私は、どうすればいいですか?」


今やるべきは、あの哀れな獣人の少女に対処することだ。


「・・・切り替えが早くてよろしい。あなた、魔法はあとどれくらい使える?」

「さっき眠りの魔法をたくさん使ったので、もうあんまり長くは持たないです」

「でも雷雲を呼べるほどの魔力は残ってるんでしょう?それを使いましょうか」

「うっ、・・・さっきむやみやたらに魔法を使うなって言ってたじゃないですか」

「使い方を考えろって言ったのよ。今この場を制圧するのに、あんな強力な魔法は必要ない」

「・・・じゃあ、どうしろって・・・いうんですか?」

「ヒス、コルクに使った魔法、覚えてる?」





そこには、4つの死体が転がっていた。死体の上には、何かがあるように見えた。人の影のようでもあり、黒い靄のようでもあった。


「成ったね。へっへっへ。あんな子が災厄に至れるなんてね。」

「まだ不完全じゃないか。もう少し見守ってあげないとねぇ」

「それよりもあの龍だ。ずっとあたしら嗅ぎまわっている。先に仕留めておかないと、あの子も消されてしまうかもしれないぞえ?」

「無駄さ、所詮黒く染まった龍族だ。レイナと同じように、何もできはしない。もしあの子が消されてしまったら、災厄の芽はあの龍族に受け継がれるだろうさ」

「へっへっへ。そうなったら楽しみだねぇ。あれほどの力を持つ邪龍はそういないだろうさね。」

「じゃあ、最後の一手間をあの子にしてあげようかね」


死体の上から聞こえてきたその会話は、そこにあった気配と共に消えていった。

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