力があっても、なんでもできるわけじゃない

必要なのは、広範囲に魔法を放つ感覚と、死なせない程度の威力。

ヒストリアの魔法の理論では、広範囲に魔力を放つことは、強力な魔法を放つことと同義だ。範囲に比例して威力は高くなるし、力を抑えることはできない。

しかし、ハルの要求は、広範囲かつ、低威力と言う理論に反するものだった。


「フリーデの周りにいる兵隊、その他の被害者全部、あなたの電撃で昏倒させなさい」

「・・・本気で言ってます?」

「優秀だったんでしょ?できないとは言わせないわ」


魔法に対しての指導。

ハルは、自分は魔法に関して詳しくはないと言っていた。自分のように学び舎で専門的な知識等を貪っていたわけではないと。だから、魔法に関して教えられることは無いと、ハルは言っていた。


しかし、実際彼女の使う魔法は、ヒストリアの理論の外にあり、規格外の魔法ばかりだ。原理もわからずに魔法を使ってもまともな効力を得られるはずもない。ヒストリアはそう考えていた。なのに、まるで呼吸をするかのように全身に火を纏い、空を飛び、弱者を眠らせていく。人が生まれつき声を発することが出来るように、感覚で魔法を使っているような人だ。


ハルからの無茶振りは、否が応でも思い知らされる。自分が信じてきた魔法は、出来ないことばかりの不完全なものだと。


「フリーデちゃんにも、当たっちゃいますけど?」

「いいえ、たぶん当たらないわ。」

「・・・どうしてですか?」

「あなた、ずっと見られてるのよ」

「え?」

「私が見えているあの子の姿、もはや本当の姿じゃない。あの子の転化した異形の目が、あなたを視界にとらえているのよ」


ヒストリアには、転化した姿が見えていない。転化した異形が、ずっとこちらを見ているということなのだろう。


(ていうか、先生はどうやって見えてるんだろう?)


ハルにも、ヘイモアの特性ガラスのような、特殊な方法があるのだろうか?


「フリーデちゃんは、どうするんですか?」

「あの子以外が全員昏倒し倒れれば、おそらくフリーデは近くの獲物へ標的を変えるはず」

「近くの獲物?」

「あなたよ」

「・・・魔法を放った後は、餌になれと・・・」

「安心しなさい。そうなる前に私が何とかするわ」


何とかする、その言葉に、ヒストリアは違和感を覚えた。


黒く染まった者の末路が、異形化とあの狂ったような殺人衝動なのだとしたら、そうなった者を救う手立てはあるのだろうか?

現にハルは、その方法を探すべく旅をしていて、自分を実験台にしてまで、何かを探そうとしているのではなかったか?

つまり、現状フリーデを何とかする方法なんて存在しない。何とかするというのは、彼女の息の根を止めることと同じなのではないだろうか?


それは、ヒストリアにとっては、賛同しかねることだった。


「先生」

「何?」

「・・・フリーデちゃんを、殺すんですか?」

「・・・結果的に、そうなるかもしれないわね」


先生の声は、いつも通りだった。それは、とても冷酷なことだ。


「自分の身を守るためでもないのに、殺すんですか?本当にそうしなくちゃいけないんですか?」

「・・・」


これは、以前アールラントでヒストリアが殺しをしたのとは別の問題だ。あれは、黒く染まることを理解するため、あるいは、黒く染まるために必要な殺しだった。

あるいは、ヒストリア自身が、殺しに慣れるための通過儀礼でもあったのだろう。

その必要性は、なんとなくだが、理解できる。過酷な旅をするうえで、いざという時に殺せないとなれば、命を落とすのは自分の方だ。


でも、今回は違う。フリーデを殺すのは、必ずしも必要なことだとは思わない。今すぐ国を出ていくことだってできるのだ。もちろん、転化したフリーデは、いつかどこかで、誰かに殺されてしまうのかもしれないが。

それでも、彼女を殺めた罪を、自分たちが背負う必要はないはずだ。


「フリーデちゃんを殺さなくても、私たちの旅が終わるわけじゃないですよね。少なくとも私は、・・・先生は、そういう面倒に関わる必要はないって言うと思ってました。勝手な偏見かもしれませんけど。私、誰一人殺さずに生きていたいなんて、思ってません。たぶん、この旅では、そんなこと無理だと思いますし、覚悟だってできてます。でも、やっぱり不必要に殺しをするのは賛同できないです。いいえ、殺しをしなくて済むなら、迷わずその方法を取るべきだと思います。・・・コルクとリースには、申し訳ないけど・・・。でも、今ここで、が彼女を殺す必要はないと思います!」

「・・・」





教え子のもっともな正論。自分が人間であったなら、きっと胸を打たれてヒストリアの言う通りにしていただろう。けれど、そういう感情は、はるか昔に置いて来てしまったから、ハルは、これからすることをやめるつもりはなかった。


ただ、可愛い教え子が誤解をしているようだから、それだけは訂正しておかなければならないだろう。


「確かにここで、フリーデとやりあう必要性は少ないわね」

「・・・」

「ちょっと前まで、言うことよく聞くいい子だったのに、ここ数十日で、自分の意見を言えるようになったのね」

「・・・からかってるんですか?」

「いいえ、ちょっと関心しただけ」


ハルは、ヒストリアに、いつかの不幸な少女の思い出を重ねていた。懐かしい記憶だ。


「ヒス。私は、確かにあの子を殺めてしまうかもしれないわ」

「・・・どうして」

「でもね、ヒス。こんなこと言っても、説得力ないかもしれないけど、どうか信じてほしい」

「・・・」

「結果的に、フリーデを殺すことになるかも、って言ったでしょ?私はね、あの子を殺すつもりはないよ」

「何をするつもりなんですか?」

「・・・転化した者を、野放しにしておけば、常人の被害は計り知れないものになるわ。彼女は獣人だから、アールラントのような災厄にはならないと思うけどね。いつかどこかで、誰かに討たれるでしょう。でも、それまでにどれだけの犠牲が生まれるのか、どれだけの国が亡ぶのか。それは未知数だし、考えたってしょうがないことだよね。でも私は、今ここで彼女を止めることで、その未知数を0にしたいの。そして、この問題の最も重要な点を、あなたももうわかっているでしょう?」

「黒い靄は、受け継がれる」

「それを防ぐのが、龍族たる私の役目なの」

「・・・先生が、フリーデちゃんの黒を受け継ぐってことですか?」

「そうよ。ずっとそうしてきたからね。今までも、そしてこれからも、私はそうするでしょう。なぜそんなことをするかって。フリーデだけじゃないの。黒く染まって、転化して、異形となって、世界を壊しているのは。ここでフリーデを見逃せば、彼女が継いだ黒は、誰かに広がっていく。そして、またどこかで災厄が起こるかもしれない。この黒は、疫病ようなもので、世界を覆う暗闇なの。誰にも知られず、けど確かに蔓延する、淀んだ闇。誰かが意識的に止めようとしなければ、この世界は、きっと滅ぶでしょう。私がやっていることは、滅びの時を遠ざけるための時間稼ぎにしかならないでしょうけど。それでも、誰かがやらないと・・・」


犬の顔で、そんなことを言っても、教え子を困らせるだけだとわかっている。それでもハルは、自分の理念と望みのために、そう言うしかなかった。


「それが、先生が旅をする理由ですか?」

「旅をする理由の一つ、かな。全てを理解してもらえなくても構わない。でも、信じてほしい。私は、フリーデに巣くう、黒い靄だけを対処する。その結果、彼女を殺してしまうかもしれないけど、でも、信じてほしい。最良ではなくとも、最低限の結果を得られると。フリーデが生き残り、黒い靄だけが受け継がれる、都合のいい結果が訪れると。そう信じてほしい。その信仰が、開晴龍アカハネに、きっと力を与えるから」

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