ケルザレムの研究
「僕の研究は、言葉で説明するのは、とても難しい。ただ、表現をするだけなら、簡単なものだよ。黒く染まった者、その中でも、一際大きな黒い靄を引き出し、学生に成れる存在を生み出すことだよ」
「・・・学生?」
「うん。君みたいに、人並み以上の靄を放つネクサスを、貴族たちに献上するんだ。それが僕の仕事。そのネクサスを育てるのもね」
「学生って、どうしてそんな名前に?」
「特に意味はないよ。ネクサスやネビルだって、僕は意味を知らないからね」
「は、はぁ」
「それで、その、学生、についてだけど。学生足りうる条件は、単に強い黒い靄を放つ以外にも、いくつかあって、一つが年齢的なもの」
「年齢?」
「黒い靄は、年齢を重ねると、自然と弱くなるんだ」
「どうしてですか?」
「うーん、詳しい検証はしていないんだけどね。事実として、二十歳以上のネクサスは皆、黒い靄が減少傾向にある。40歳を超えると、僕らが観測している最低値で停滞して止まる。それ以降、どんな手段をとっても、黒い靄が増えることは無かったんだ」
「なんだか不思議ですね。そんな数値的な共通項があるとは思ってませんでした」
「何事も数値化できないなら、研究なんて進まないよ」
「その他の条件は?」
「・・・感受性、と言えばいいのかな?」
「え?」
「感受性だよ。正直、論理的じゃないって言われてるんだけど、条件として挙げるなら、そうとしか思えなくて」
「極端ですね」
「あっはっは。そうだね。でも、僕は真面目に考えているつもりだよ。感受性、もっと言えば、心の脆弱性、あるいは、弱い精神を持っている、と言えばわかりやすいと思う。それが、僕が考えるもう一つの条件だよ」
「精神的に弱い人が、黒く染まりやすいってことですか?」
「うん。そもそも黒く染まるというのは、心が染まるということなんだと思う。じゃあ、そもそも心ってなんだと思う?」
「どういう意味ですか?」
「心って言うのは、僕たちの体のどこにも存在しない。この肉の体の中には、無数の臓器と血肉が詰まっているというのに、そのどこにも心は存在しない。だけど、僕たちは確かに、精神を感じている。楽しいことがあれば、胸が弾むし、辛いことがあれば、引き裂かれたような感覚になる。僕たちは心の存在を観測していながら、それを確かめる術を持たない。でも、なんとなくだけど、僕は心の傷が、黒い靄を放っているんだと思っているんだ」
「・・・」
「わかっているよ。それが、・・・僕の研究が、人の心を弄ぶようなことだっていうことくらい」
「いえ、そんなつもりは・・・」
「・・・他に生き方を知らないからね。僕もネクサスたちを不憫に思うことはあるけど、どうしようもない事なんだよ」
「・・・」
「不純な理由かもしれないけど、変えられないことなら、せめて誠意をもって、この研究を執り行おうとしているんだ」
「・・・続けてください」
「この二つの条件をもとに、僕は、ネクサスに対して、適度な精神的苦痛を与えてきた。労働の中でね。精神的苦痛と言っても、過度なことはしていないつもりだよ。あ、そんなこと言っても、信じられないよね」
「・・・」
「・・・あぁ。んんっ。それで、年齢、の条件の通り、苦痛を与えられたネクサスは、徐々に靄が大きくなっていく。ある一定の量の靄が観測したら、そのネクサスたちを学生として、貴族に献上するんだ」
「つまり、黒く染まり続けた者が、学生の正体なんですね」
「僕が管轄しているのは、西区の労働者だけだけど、僕が管理を行うようになってから、西区からは7人の学生を輩出した。他の3区から1人、2人が限界だったのに。おかげで貴族様たちからの評価も良くてね。どうにか期待に応えたいと思っているんだ」
「・・・ネクサスは、どうやって染まったのですか?初めから、黒く染まっているわけではないですよね?まさか、全員に殺しをさせているのですか?」
「いやいや、そんなことはしていないよ。そもそも、黒く染まることに、殺しは必ずしも必要なことじゃない、と僕は思うね。だって、人殺しなんて、世界中のどこでも行われているだろう?」
「確かに、戦争なんかが起これば、戦争に参加して、生き残った人たちは、みんな染まっていることになりますね」
「もちろん、殺しによって人の精神に大きな影響があるのは確かだよ。それによってさらに黒く染まるのも、事実だと思う。でも、ネクサス全員にそんなことをさせるわけにもいかないだろう?ケルザレムは、別に他国と戦争しているわけでもないんだ。人道的なことを度外視しても、そんなことはできないよ」
「なら、どうしてネクサスは、みんな染まっているのでしょうか?」
「・・・彼らはもともと、この国の人間じゃないんだ。労働者、とは銘うってるけど、実際は奴隷のようなものだよ。ここからさらに東にある無法地帯の国があってね。そこで彼らを買っているんだよ」
「それは、貴族が?」
「うん。たぶん、そう、だと思う。僕は、直接関わっていないから、なんとも言えないけど。そして、ケルザレムにやってきた奴隷たちは、みんな給食を与えられるらしい」
「給食?」
「それが何なのかは知らない。でも、たぶんそれによって、黒く染まっているんだと思う。それで何をされたかわかれば、もっと研究も捗るんだけどね。機密事項で、質問することも許されないんだ」
「貴族が隠していると?」
「僕は雇われている側だからね。逆らうわけにもいかないし。今さら、貴族様が何をしようとしていても、驚かないよ」
「・・・」
「えっと、それと、学生についてだけど。ここ最近、学生として貴族の元に贈られた子がいてね?その子の資料があるから、学生、については、それを見てもらえればわかる、とおもうよ?」
「・・・ヘイモアさん」
「あ、ん、何?」
「あなたは、どうおもっていますか?」
「・・・?どうって?」
「この黒い靄の正体です。研究者であるならば、例え結論が出ていなくとも、何かしらの憶測があるんじゃないですか?」
「それは、・・・あるけど、話したところで、成果が増えるわけでもないし・・・」
「でも、聞かせていただけませんか?長年、黒く染まった人たちと向き合ってきた、あなたなりの見解を」
「・・・君は、靄を取り除く方法を探しているんだったね。知りたくなるのも当然か」
「はい」
「・・・・・・僕はね、この靄が、人の負の感情が作り出した、廃棄物だと思っている」
「廃棄物?」
「木を燃やすと、煙が出るだろう?それと同じで、心を、精神を燃やすと、黒い靄になって、あんなふうに体から溢れでるんだと思う。精神を燃やすっているのは、ある意味、命や心を削っているのと、同義だと考えてくれていい。辛い思いをして、不快な思いをして、抑圧された環境に身を置くことで、それが成される。そうやって心を消費して、黒い靄が作られる。そんな感じ、だと思っているんだ」
「・・・ヘイモアさんの言い分だと、ネクサスは、今も燃えているってことですか?」
「そうなるかもね。労働を強いられている状態を、維持することで、精神の圧迫を行っている。だから、彼らには申し訳ないけど、一時の安寧すら与えられないんだ。そんな状況での、突発的な安堵は、酷く心を開放的にさせてしまうだろうからね」
「・・・それでも、学生に成れるのは、本の一握りの人たちだけなのですね?」
「うん。もっと多くの人を、労働から解放して、貴族様へ送れればいいけど。それが出来るなら、僕みたいな役職は必要ないからね。あ、学生に成れることが良いことみたいに聞こえるけど、実際貴族様に送られた子たちが、どんな生活を送っているかは、僕も知らないんだ。ケルザレムのために、もっと大きな仕事を任されているって話もあるし、単に貴族様に気に入られただけって話もある。何にせよ、僕や僕たちには関係の無い話だ」
「ヘイモアさんの見立てでは、私も、学生になれるのですか?」
「え?あぁ、そうだね。君程黒く染まっている子なら、間違いなく学生として送り出すだろうね。あ、もちろん、そんなことはしないよ。君はネクサスじゃないし。この国の人間でもないし。・・・だから、君が衛兵に狙われているんだとしても、君を売ったりはしないよ。それは信じてほしい」
「・・・」
「さて、僕の研究については、こんなものかな」
「・・・わかりました。ありがとうございます」
「僕の方も、聞いて、いいのかな?君が、どうしてそんなに染まっているのか?」
「・・・いいでしょう」
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