天族のやり方

戦いとは、相互に相手の命を狙い、どちらかが負けを認めるか、あるいは、命を落とすまで終わることは無い。しかし、彼女にとって、人との戦いは、もっと単純なものだ。




無数の魔法の矢が、ハルに向かって飛んでいく。しかし、ハルは一切の防御、回避行動、その威力に反するために踏ん張ることもしない。その魔法の矢郡は、彼女の肌に被弾した瞬間、ガラスのように砕け散っていった。

それでも、ケルザレムの兵隊たちは、己が武器に矢を装填し、何度も何度も、彼女に鋭い矢の雨を降らせ続けた。


「・・・きりがないな」


そう言ったのは、兵隊たちだったのか、あるいは彼女だったのか。それを聞き取るのも難しいほど、現場は緊迫し、戦いの喧騒が響いていた。ただその中で、彼女だけは、退屈そうに周囲を見渡している。


ハルが探しているのは、先ほど老婆の声を発した、フルフェイスの兜をかぶった男、ではなく、男に憑依していた老婆の意識だった。彼の意識は、戦闘が始まるや否や、ハルが男を切りつけた時に、どこかへ飛んで行ってしまったのだ。

それが撤退だったのか、敗走だったのかはわからないが、ハルは前者だと考えている。あれは、特殊な異能だ。人の意思に憑依し、生命体の尊厳を奪う、が使う力は、そういうものだ。


そして、その力は何も一人だけにしか及ばないわけではない。

なおも、継続して魔法の矢の雨を降らせ続けている兵隊たちの瞳を見ると、そこには光がなく、焦りも、苦痛も、戦闘におけるあらゆる感情が見られなかった。

彼らは今、あの術者の指令に従って動く、操り人形と化しているのだ。だからこそ、矢の雨を降らせても、ハルに一切の効果が無い事に、疑念すら浮かばない。彼らがまともな軍隊であったなら、すぐにでもそのことに気づき、攻撃をやめるなり、アプローチを変えるなりの、人間らしい動きがみられただろう。

しかし、彼らを動かしているのは、あの老婆の意思だけ。その者の意思が、魔法の矢は意味がないと思わない限り、この単調な攻撃は続くだろう。


実際、この魔法の矢は、ハルに傷一つ与えることはできないだろう。これは、龍族特有と言うべきか、あるいは特権と呼ぶべきか。彼らには、この世のありとあらゆる魔法、という力は無とかすのだ。

命あるものは、皆大小それぞれ魔力を有している。豆粒のような魔力しか持たない生物もあれば、一つの星を覆えるような、強大な魔力を持つ種族もいる。

龍族が持つ魔力量は、強大な魔力を持つ種族の中でも、最たるものだ。その魔力は大きすぎるが故に、常に体外へ放出され続けてしまう。人の姿という脆弱な肉体からは、その身に似合わぬ魔力が溢れ出ているのだ。その余剰魔力によって、彼らに及ぶ他者の魔力は、全てが打ち消されれる。魔力を使った、ありとあらゆる術法は、彼らにはきかないのだ。


「だからこそ、龍を知る者は、龍に挑んだりしない」


眼前に広がる矢の雨を前にして、ハルはそれを避けようとはしなかった。矢はまっすぐハルに向かって、その切っ先を彼女の体に突き刺さっていくが、その肌に触れる瞬間、矢は忽然と姿を消す。運よくハルの体に触れられず、地面に突き刺さった矢だけが、砂利を巻き上げ、彼女の肌に、本当に小さな切り傷を残すだけだ。その傷も、彼女が纏う火の力によって、瞬く間に癒されていく。


「私のことを知ってる風だったけど、どうやら本当に勘違いしているみたいだね。まぁ、白龍は珍しいから、そう考えるのも無理はないけど」


圧倒的な優勢。いや、戦いにすらなっていない現状を、ハルは決して当たり前のこととは思っていない。少なくとも、兵隊たちにとっては、命のやり取りをしている。そんな戦いに、自惚れや傲慢さなど、あってはならない。

ただ、それとは別として、今はこんなところで、彼らと戯れているわけにはいかないのだ。あの老婆のような声の主を探さなければならない。


この国で起きていることを知れば、あの子ヒストリアの呪いを解く手がかりが見つかるかもしれない。当の本人は、連れていかれたっきり、戻ってこない。もっとも、こんな状況では、合流は難しいだろうが。


「・・・逃がさないわよ。名もなき天族。あんたには、私たちが知りたいことを吐いてもらわないといけないんだから」


ハルはようやく、戦闘におけるリアクションを取った。それは反撃ではなく、逃走だった。





ヒストリアは、ヘイモアに連れられて、労働所の監視塔に上っていった。高度がある割に、上る手段が階段と梯子しかないのは、体力弱弱なヒストリアにはかなり堪えた。

登りきる頃には、完全に息が上がっていて、そして同時に、ヒストリアにかけられた幻影の魔法もきれかかっていた。隣では、ヘイモアも同様に息を切らしていて、監視所の玄関口で、しばし体を休ませていた。


「はぁ、はぁ。こ、ここが、僕の仕事場兼自宅だよ。ここなら、誰も来やしないから、安心、して?」


彼に促されて、監視所に入ると、詰所の個室よりは広く、そして、それを窮屈に想わせるほどの、無数の紙の山が積まれていた。いかにも研究者らしい部屋だ。食卓はおろか、寝台すらない。かろうじて何も摘まれていないソファがあるだけで、その他に家具らしい家具は見当たらない。


「・・・ずいぶん散らかってますね?」

「あ、あぁ。ごめんよ。散らかってて。掃除なんて、滅多にしてないから」


彼は、そう言いながらも、最低限話ができるように折り畳み式の椅子を用意し、ソファに向かい合うように置いた。彼は椅子に座り、ヒストリアはソファに座るように促された。


「本当なら、お茶でも出しながら、ゆっくり話したいところだけど、君たちにはあまり時間がないみたいだから、手短に話を突き詰めていこう」

「・・・そうですね」


ヘイモアは、近くの紙の束から、あまり使われていない紙を取って、懐からインクとペンを取り出した。


「じゃあ、まず。詰所で、最初に説明した、僕の研究について、話させてもらうけど、・・・いい、かな?」


・・・あれか。何が何だかわからず、いきなり説明された内容を、ヒストリアは思い返していた。記憶に残るような状況ではなかったし、話の内容も難しすぎて、ほとんど覚えてはいない。だが、聞かないわけにも行かないだろう。彼の研究とやらが、黒く染まることと、どう関係してるのかを知るには、聞かないわけにはいかない。


「・・・できるだけ、簡単にお願いします」

「あっ、うん。ど、努力はするよ」


そうして、ヘイモアは前よりは落ち着いた様子で、言葉を選びながら話し始めた。


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