悲劇の残滓

詰所の個室は、変な空気になってしまった。ばれてしまったのはしょうがない。どうせ、しょうもない嘘だし、ヒストリアの状況とかを知られたわけじゃない。それに、ヘイモア自身も、思いがけず看破して本人も困惑しているようだ。ここまでの会話からして、彼はそれほど激しい性格の人間ではない。嘘を付いていたことを怒ったりはしないだろう。


「えーっと。確認するけど、最初から嘘だったんだよね?」

「・・・はい」

「・・・じゃあ!最初に僕が説明した話。あれも全部覚えてて、本当は理解してるってことだよね!」

「ごめんなさい、それは本当にわからないです」


ヒストリアが即答すると、ヘイモアはしゅんとなってしまった。いやいや、全部とは言ったが、そこからじゃない!そう突っ込みたかったが、そんな気力は無かった。

とにかく、嘘がばれた以上、出してはいけない情報を、話したくない情報に置き換えるべきだろう。ヘイモアは一応、こちらを他所の旅人として扱ってくれている。自身が行っている実験を、こちらに押し付けるようなことはしないと言った。なら、言っていい事と嫌なことをしっかり伝えるべきだろう。


「えーっと、もしかしてだけど、君は自分が黒く染まっていることを知っていたのかい?」

「はい。ほんの少しですけど」

「そうかぁ。まぁ、それだけ大きな靄を纏っているんだから、本人が気づいていてもおかしくは無いか・・・」


ヘイモアは、天井を見上げてお置きを息を吐いていた。ヒストリアは苦笑いを浮かべるしかなかった。


「じゃあ、改めてだけど、君の生い立ちを聞かせてもらっていいかな?話したくないことは話さなくていいからさ。嘘を付いていたのも、僕を警戒してのことだろうし。僕も、君には人道的に接することを約束する」

「・・・わかりました」


それからヒストリアは、要点だけをまとめて、自身のことをヘイモアに聞かせた。

話したことは主に二つのことだ。

一つは、生まれ持って黒く染まっているということ。出身も明かしていないし、もちろん邪龍のことも話していない。そもそもうまく説明できる自信がなかったから、そこはぼかしたのだ。

もう一つ、姉と呼んでいた彼女は、姉ではなく、赤の他人だということ。彼女がヒストリアの黒い靄を晴らす方法を探していること。彼女の正体も明かさず、それらを話した。


「つまり、君の・・・この際お姉さんって呼ばせてもらうけど、彼女も黒い靄について知っている、と言うことだね?」

「はい」


ヘイモアは先ほどよりも真剣な面持ちで、口元を手で覆いながら考え込んでいた。何もわからないヒストリアには、彼の思考は想像もできない。そもそも、この黒い靄を引き出すとは言うが、そんなことをして、どうするというのだろう。


先生の見立てでは、自分はいずれ、母と同じような、人ではない化け物に変貌すると言っていた。それは、邪龍の呪い故のものなのか、黒く染まった者が全てそうなるのか、わかっていないのだ。


この国の、ネクサスと言う者たちは、見た感じ単に労働をさせられているに過ぎない。先ほど魔法のガラスで見せてもらった靄だって、みんな同じような感じだった。黒く染まれば染まる程、人ではない何かなるのだとすれば、ヘイモアたちが行っている研究は、化け物を生み出すことなのだろうか?


「うーん、やっぱり、君のお姉さんにも、話を聞きたいな。あ、もちろんさっき君に言った約束は、お姉さんにも適応されるよ」

「ありがとうございます」

「たしか、詰所の外で待ってもらっているんだよね?」

「はい、そのはずです」


その時だ、。個室の扉がノックされた。


「あ、ちょっとまってて」


ヘイモアは外で待っているであろう衛兵に対応すべく、扉を開いた。そこには案の定、見知った顔なじみがいた。


「やぁ、どうしたんだい?」

「ヘイモアさん。よかった、ここにいたんだな。実は緊急の招集がかかっているんだ」

「え?本当に。ごめん、すぐに向かうよ」

「あいや、ヘイモアさんにってわけじゃない。ただ、東区のネビルは皆駆り出されているんだ」

「何かあったのかい?」

「貴族様から直属のお達しでな。この国に入国した白髪の女性を捕えてこいってな」

「!?」


ヘイモアは、真っ先に自分の後ろの個室の扉を勢いよく閉じた。


「そ、それって、ついさっき入国した人たちのこと?」

「たぶん、そうじゃねぇかって話だよ。さっきまでこの辺りにいたって目撃情報があったから、みんな総出で探してるんだ?」

「ちなみに、なんだけど。その女性、何かしたのかい?」

「いや、知らねぇよ。お貴族様の考えることなんて、おれたちにゃわからんでしょう?ただ、衛兵をけしかけるってことは、危険な人物なんじゃないかって、みんな疑ってる。ヘイモアさんも気を付けてくれよ」


顔見知りの衛兵は、そう言ってすぐに職務に戻ってしまった。嫌な胸の高鳴りを抑えながら、ヘイモアはゆっくりと個室へ戻った。個室の向かい合わせの椅子に座っていたヒストリアは、壁際に寄って身を隠すようにしていた。


「・・・今の話、聞いていたかい?」

「はい」


白髪の女性、と言うワードは、おそらくヒストリアのことではないだろう。だが、ほとんど同じ容姿をしているから、勘違いで連れていかれてもおかしくはない。

ヘイモアは、意図的にヒストリアを庇ったのだ。


「どうして、助けてくれるんですか?」

「・・・僕にとって、君は降ってわいた存在なんだ。この機を逃したくない」

「でも、貴族って、ヘイモアさんの雇用主なんじゃ」


ヘイモアにどのような意図があって、ヒストリアを庇う選択をしたのかはわからない。彼の言う価値がヒストリアにあるのかは、彼が感じていることに過ぎない。実際に探されている白髪の女性が、ハルにしろ、ヒストリアにしろ、ヘイモアの行動は、貴族にとっては裏切りだ。その裏切りを以てしても、彼はヒストリアを調べ上げたいというのだろうか?


「・・・とにかく、場所を変えないと」


彼の言う通り、このまま詰所にいてはいずれ見つかってしまう。しかし、場所を変えようにも、ヒストリアの身なりは目立ちすぎる。どうしたものか。

そう悩んでいたのだが、ヘイモアは懐から片目の望遠筒を取り出して、なにやらぶつぶつ唱え始めた。


「彼の者の色を奪い、偽りの姿へと変えよ」


彼がそう言うと、望遠筒から小さな光がヒストリアへ向かって飛んでいった。光は、ヒストリアの周囲をくるくると回り始め、その姿を別の者へと変えていった。


(これって、魔法?)


魔法筒を触媒とした魔法だろう。自分ではわかりづらいのだが、姿が変わっている。おそらく変身の魔法ではなく、幻影の一種で、一時的に姿を変えて見せているのだろう。

ヒストリアは、この魔法に覚えがあった。教会跡でコルクたちが立て籠もっていた部屋の壁に施されていた魔法と同じ類だ。


「この国ではよく使われる魔法でね。今君は、一般的なケルザレムの住人と変わらない姿に成っているから、安全に外へ出られるよ。ただ、僕は魔力が少ないから、本当に一時的だけだ」

「・・・どこか、隠れられる場所が?」

「あるにはある。けど、いいのかい?君の、お姉さんが・・・」


確かに、狙われているのがどちらにせよ、向こうも危険な目に合っているかもしれない。だが、なんとなく、その心配は不必要に思われた。


「たぶん、大丈夫です」

「たぶんて・・・」

「・・・あの人は、優秀な人ですから」


彼女の何を知っているわけではないが、それでもあの人に、救援は必要ないだろう。それよりも、いつ自分にも牙が向くかわからない。素直にヘイモアについていくのがいいだろう。彼が匿ってくれるというのであれば、利用しない手はない。


「行きましょう」

「・・・わかった。ついてきて」


二人は、何事もないかのように詰所の個室を出て、慌ただしい周囲の状況に目もくれず、とある場所へと向かっていった。




そんな状況の数分前のこと。

教え子が詰所の中へ連れていかれてすぐの頃。ハルは詰所の外で、多数の兵隊に囲まれていた。武装を見る限り、衛兵とは違うと思われた。両腕にボウガンを二丁構え、矢がつがえられていない銃口をこちらに向けている。その数は、10や20ではきかないだろう。


「本当に、何もしていないはずなんだけどな。これはいったいどういうことだろうね」


静かな睨み合いの間に割って入ったのは、老いた老婆のような声だった。


「へっへっへっへっへ。どうもこうもないだろう?無防備にこの国へ入ってきたんだ。これくらい手厚い歓迎をしても、罰は当たらないだろうさ」


兵隊の中から、声に似つかわしくない鎧を纏った男性が現れた。フルフェイスの兜をかぶっているため、顔立ちはよくわからない。しかし、声と、体の持ち主が一致していないのは、間違いないだろう。


「誰?」

「へっへっへ。誰だっていいさね。お前がこの国に来てくれたことを、わしは大喜びでいたんだよ。まさかこうして直接、白蝕龍はくしょくりゅうに会えるなんてね」

「はぁ?誰が、何だって?」

「とぼけるんじゃないよレイナ。その純白の髪は、白龍のたてがみ。そこへ、血のように赤い宝石のような瞳を持っていれば、お前が誰かなんて、言うまでもないだろう。白蝕龍、レイナ・アストレア」


老婆の声をする男を、ハルはきつい目つきで睨みつけていた。懐かしい名前が出てきたというのに、こんなにも喜べないことはない。ハルは、久しく自分の中に眠っていた怒りの感情が呼び起こされていることに気づいた。


「あなた、アストレア王国の生き残り?」

「へっへっへ。どうだろうね。そんなことはどうだっていいだろう?お前がこの国に来てくれたんだ。大いなる研究が捗るってもんだよ」

「・・・何を勘違いしてるのかわからないけど、あなたが何者であるのかはなんとなく分かったわ」


ハルは、腰に吊るしていた刀を抜き、もう片方の手に火を纏った。それを見た兵隊たちは、それぞれが持つボウガンに、光の矢をつがえ構えて向いた。


「この数の魔法士を相手に抗うつもりかい、レイナ?」

「・・・龍を知るものは、龍に挑んだりしない。絶対に勝つことが出来ないと知っているからだ。私を龍だとわかっていながら、挑んでくるあなた達は、龍を知らない。人の身で龍に挑むなんて、愚かな人たち・・・」

「口では何とでもいえるさね。レイナ、お前にも弱点があるだろう?」

「?」

「お前は人を殺せない。殺せば、黒く染まってしまうからねぇ。そして、これ以上染まれば、お前は邪龍に成り果てる。お前はそれを恐れているんだ、レイナぁ!」


老婆の声を機に、無数の魔法の矢がハルへ向かって放たれる。矢を放ったボウガンは、一瞬にして二の矢を番え、瞬く間に発射を繰り返す。ほんの一瞬の間に、幾千もの矢が、ハルが一点へと降り注いだ。


矢の勢いは、周囲の地面を抉り、煙がたつほど粉塵をまき散らした。しかし、その煙から、ゆらりゆらりと光が漏れ、大量の熱を帯びた炎が姿を現した。

炎の中には、熱風に髪を靡かせ、全身を燃やす少女の姿がある。彼女の瞳は、燃えるように輝きを放ち、ただ悠然とその場に立っていた。

矢の雨を受けたというのに、まるで何事もなかったかのように、体に傷跡はない。


「さすが、白蝕龍、と言ったところかね。あれだけの魔法の矢を受けて無傷かい」

「・・・その名で呼ぶな。人間を愛し、人間によって全てを失った愚かな女。その悲劇の物語を祭って、人間達がつけた仇名がそれだ」

「あーん?」

「私は彼女に同情はしない。かつてのアストレアで、その悲劇を招いたのは、彼女自身の弱さ故。けれど、このケルザレムが、あの国と同じような道を歩もうとしているなら、ここいらで芽を摘んでおかないとね」


ハルは刀を構え、その剣先を兵隊たちへ向けた。


「へっへっへ、人間を殺すというのかい?黒く染まってもいいのかい?」

「それがどうした?そんなの脅しになってないわよ。それに、私の敵はお前だけだ、天族。世界を覆う表裏。その一つを、私が焼き払ってあげる」

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