XⅣ
まだ日が昇りきらない頃。ヘロボロスの宮殿の地下牢に、ムンファは潜り込んでいた。二人の同士を率いて、危険な場所へ赴いた理由は、囚われている蛇人族の治療だ。
死銀鉱と言う毒素を含む鉱石によって、身体が麻痺状態にあるという彼らを救わなければ、これから起こる戦いに勝つことはできないと、そう言われたのだ。
彼も本当は主の救出に向かいたかったが、そこは適材適所というものだ。宮殿の構造に詳しいムンファは、こちらの潜入を志願したのだった。
死銀鉱の中毒は、人間いとっては死に至る危険なものだ。だが蛇人にとっては、身体機能の低下を招く程度で、命を奪うようなものではない。それでも、地下牢に閉じ込められ、まともな処置もされていなければ、いつ息を引き取ってもおかしくはない。
だからこそ、彼女は早急に蛇人たちの治療を進言したのだ。
(この時に、彼女がヘロボロスを訪れたことを感謝しなければ。)
ムンファたちは、蛇人たちの治療を急いだ。
宮殿の朝は、基本的に早い。人間達は、主に必要な食事やら、身なりやら、整えるものだ。だが、この宮殿に主はもういない。人間達は、それとなく玉座の間へ集い、今後の方針を話し合っていた。
未だ新たな王を据えていないわけだが、彼らにとって革命はまだ完全になされてはいない。彼らには、戦う術が無いからだ。魔法と言う僅かな力は在れど、リーゲルの一派の全員が、卓越した魔法使いと言うわけではない。だからこそ、蛇人族を毒で貶め、時間を稼いだのだ。
しかし、それは偶然にも国に訪れていた旅人の手によって、あっけなく瓦解したのだ。
「大変です!地下蚕鍾で幽閉していたギンディル王子の姿がありませぬ!!」
「ハル、お前はいつからリーゲルの思惑に気づいていたんだ?」
「ん~?気づいていたわけじゃないよ?宮殿のお部屋にいたら、催眠効果をもたらす蝋燭を盛られてね。とりあえず、お付きの女の子を問い詰めたんだ」
「あの蝋燭か。俺の檻の周りにも置かれていたな」
あの後、踊り子衣装の女の子の元へ行ったのだ。彼女は既に宮殿をでて自宅へ帰っている最中だった。
彼女の話によると、その日、宮殿中に催眠効果のある蝋燭を配置するよう言われており、ハルの部屋へ持ち込んだのも、その残りだという。彼女はリーゲルとの接点は何もなく、普段は宮殿の掃除等を行っていたそうだ。
「キナ臭いものを感じたから、すぐに宮殿から逃げたんだ。おかげで、宮殿から出ていく怪しい集団を見つけられたから、すぐにムンファさんたちに報告したんだ」
所詮ハルは旅人。誰に何を言ったって聞いてはもらえなかったはずだ。それでも、ハルは、ムンファたちならばと、勝手ながら信頼をしていたのだ。
「はっはっは。お前も俺の仲間たちを信じてくれていたんだな」
「他に頼れるのがいなかったってだけだよ」
ツンデレではない。リーゲルも亡くなったジルファとも、それほど親しくなったわけではないのだから。
「それでも、よく俺たちの側についてくれたな。お前だって、人間側の者だろう?」
「ふふーん。どうだろうねぇ?」
「ん~?どういうことだ?お前は人間じゃないのか?」
「おーしえない!」
「なっ!」
ハルはそう言って、駆け出してしまった。
「ほら、早くいきましょう。宣戦布告なんだから、あなたが先陣きらないと」
「・・・ふんっ、不思議な奴だ。そうだとも。俺より前へ行くことは許さんぞ!」
ギンディルも、彼女の跡を付いていく。彼の歩みもはや迷いはない。後ろには、彼を慕う人々や国民までもが、彼を後押ししているのだ。簒奪者を守る奴隷は存在せず、一時の勝利を収めただけの人間達は、蛇人を舐めきっているのだから。この戦は、戦いにすらならないだろう。
その後のこと私は深くは語らない。
リーゲルは、ギンディルとの小競り合いで敗走し、ヘロボロスを脱したそうだ。しばらくもしないうちに、リーゲルがコネクションを繋いでいた小国の軍隊が、この国へ押し寄せるだろう。ギンディルの使命は、このヘロボロスを守ること。国王は亡くなったが、彼を慕う者は変わらず存在する。
彼こそは、レシア大砂漠の狩猟者。彼の横に立つのは、同族の同胞たちと、自由を手にした人間達だ。
龍の加護を与えられた彼らには、敗北する道理なんてないでしょう?
きっと加護を与えた巨龍も、天国で報われているんじゃないかしら?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
――― 龍の末裔と砂漠の奴隷たち ―――
エピソード「龍の末裔と砂漠の奴隷たち」を読んで頂きありがとうございます。
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ここまで読んでくれた読者に、龍の加護があらんことを____。
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