現場はかなりの大混乱だった。暴れだしたアプケロたちは、周囲の建物や民衆たちの中へつっこみ、大勢が巻き込まれている。


ディンギルは戦士たちを引き連れて、精密な指揮の元、暴れたアプケロたちを治め、必要であれば、その場で息の根を止めていた。大きな獣だから、致し方ない処置ではある。ハルも協力して、眠りの魔法で、事態の収拾に加勢していた。


驚いたのは、荷車の大きさだった。アプケロ自体、人と比べてもかなりの大きさだ。馬の三倍はある体躯を持つ、砂漠の獣だ。

そのアプケロが、10頭でようやくゆっくりと進むことが出来る巨大な荷車。キャタピラの車輪か、あるいは車軸が壊れて傾いていしまっているのだろう。


ギンディルが交易商隊の護衛についていた戦士たちの話を聞いている。


「申し訳ありません。王子殿下、これは我らの・・・」

「よい!気にするな。荷車の事故はよくあることだ。アプケロは数頭殺めてしまったが、怪我人が出なくて何よりだ。ムンファ!」

「はっ、すぐに整備士の者を手配しましょう」


ギンディルもムンファも迅速な対応だった。やはり有能だ。良い上官は、人の使い方がうまくなければやっていけない。なんでも自分でやろうとする者は、人の上には立てない。立っても無能を晒すだけだ。


「ハル。協力に感謝する。すまないな。食事の最中だったというのに」

「旅にハプニングはつきもの。こういうのは慣れっこだよ」


実際、こういう人助けは、案外悪くない。ハルにとっては、かなり打算的な理由だが、見返りがあるかもしれないと思えば、助けて損はないと思っている。所詮は旅人だ。偽善ぶってもいいことなんてない。


ただ、今回の件に関しては、少々気になる所がある。ギンディルは、事故はよくあることだと言っていた。それは確かなのだろう。ハルが気になるのは、事故の原因の方だ。


キャタピラは、いくつもの車輪を包むようにできている。木製の板を梯子のように綱で結んでいるのだろう。つまり、荷車を支えているのは、キャタピラの方ではなく、車輪と車軸の方だ。キャタピラはあくまで砂上を走行するためのものに過ぎない。


ハルは、傾いた荷車の側へ寄って、車体の下側の覗き見た。車輪は完全につぶれていて、舌側は滅茶苦茶になっている。車輪自体は金属でできているようだが、潰れ方に不自然な点はない。となると、事故の原因は、単純な重量過多だろう。砂漠の砂の上でなら、ある程度緩和されていたが、街中の少し硬い砂岩の道では、反発が強くなり、耐えられなかったのだろう。


「ハル。何かわかるのか?」

「なーんにも。積み荷の積み過ぎってこと以外は。中身は何なの?」

「今回の交易は、確か、加工用の貴金属の売買を行ってきたはずだ」


荷車の後方へ回り、中を覗き見た。改めて中を見ると、本当に大きな荷車だ。これだけ大きければ、人を運ぶ際も、相当な人数が乗れるだろう。

中には、確かに、多くの鉄鉱石がごろごろしていた。所詮ヘロボロスも軍事国家だ。戦いのための武器やらなにやらは自国で生産しているのだろう。


「何か変わったところはある?」

「ふーむ。いつもと大して変わらんだろう。積み過ぎというより、長く使って消耗していたのかもしれんな」


(本当にただの事故か)


ハルは、少々疑ってかかっていたのだ。別にトラブルに巻き込まれたいわけではないが、なんとなく、嫌な予感がしたのだ。旅人の勘とでもいえばいいだろうか。


「皆の者、積み荷を運ぶぞぉ!ムンファたちは、整備士が到着後、アプケロたちを、厩舎に運んでやってくれ」


ギンディルがそう言うと、彼の従士や戦士以外にも、周辺に集まっていた国民たちも、手伝い始めた。ギンディルは、そんなことする必要はないと、言っていたが、その明るい表情を見るに、わざわざやめさせることもしないだろう。


そんな中で、ハルが見ていたのは、建物の影で、こちらを睨むように見ていた人間達だった。

いったいどうして、ああも気に食わなそうな顔でいるのかは、さっぱり見当がつかない。彼らは一人、二人ではない。ハルの位置から見えにと言うだけで、かなりの数の視線を感じていた。


(食事をしていた時よりも、多くなっている気がする・・・)


ハルはますます、嫌な予感が膨れ上がっていく感覚がした。自分に何ができるわけではないにせよ、用心しておく必要があるかもしれない。


そう思わせるくらい、彼らの表情は、険しいものだったのだ。



事故の話は、宮殿へ戻った後も、いたるところで話題になっていた。今日は誰からも食事会には呼ばれていないから、ムンファに頼んで、軽食を自室に運んでもらって食べていた。時々、踊り子衣装の女の子が様子を見に来てくれて、最後に、寝る前に蝋燭をもらってからは、誰も部屋には来なくなっていた。


今日も今日とて静かな夜だった。夜風は相変わらず冷たく、外の喧騒でさえ、今日はあまり聞こえてこなかった。


「地下蚕鍾、か。あんなものが2000年前から存在していたなんて・・・」


そう呟くハルは、強烈な眠気を感じていた。さすがにあれだけの急な坂道を上り下りすれば、疲れもするか。


・・・そう思っていたのだが、ハルは体の違和感に気づいた。体の疲れ?そんなもの、旅人を始めた時に、どこかへ置いてきた。今さらそんなもので、眠りに付くほど軟じゃない。これは、もっと違う要因のせいだ。


ハルは寝台から体を起こすと、部屋の中を見渡した。昨日よりも、窓が半分閉じられている。今日ハルは窓には触っていないはずだ。

それに、さっき踊り子の子が持ってきてくれた蝋燭。変わった匂いがする蝋燭だと思っていたが、どうやらこれが原因らしい。

ハルは蝋の先っちょを指でつまみ、無理やり火を消してみせた。


「さてと、どういうことかな?」


ハルは誰に問うでもなく、口遊んだ。

踊り子の女の子の仕業として、彼女が誰に命じられてそれを行っているかだ。彼女には首輪が掛けてあったから、奴隷であるのは間違いない。普通に考えれば、蛇人族の仕業と考えるのが妥当だが、彼らと敵対した覚えはない。むしろ良好だ。


それに、この蝋燭は催涙効果はあっても、命を奪うようなものじゃない。ハルを殺す気でいるなら、こんな回りくどいことはしないだろう。だとしたら、目的は何だろうか?


「・・・このままおとなしく眠っているのも悪くはないけど・・・」


昼間の嫌な予感が的中したのか。

このまま策にはまるのも悪くはない。この蝋燭を仕掛けた連中が、ハルに黙って眠っててほしいというのなら、おとなしくしていよう。だが、どうにもキナ臭い感じがして、素直に眠りに付くことはできなかった。


「こういう時は、かくれんぼをするのが吉だね」





深夜の宮殿内には、蛇人たちはほとんどいない。自分たちの住処に帰るからだ。宮殿から直通で行ける道もある。


しかし、その日の夜、宮殿のいたるところに、蛇人たちが倒れて眠っていた。廊下に、大広間に、そして、玉座の間にも。玉座に座る王冠を頂く者は、頬杖すら付くこともせず、うなだれるように、意識を失っているかのように、眠っている。


深夜だというのに、宮殿中には未だ蝋燭の火が灯っていた。いたるところに、小さな火が灯っているのだ。その光量は、宮殿内を照らせるような光ではない。まったくもって、蝋燭としての機能を果たしていない。


それでも、それを宮殿中に配置した者たちの思惑は、完全に成功したと言えるだろう。


「大臣殿、全ての準備が整いました」


宮殿内に、そんな声が聞こえてくる。小声でささやくような、悪意の籠った声だ。


「まずは、蛇人たちの無力化だ。毒素の含んだ蜜蝋で、奴らはまともに動けない。眠っているうちに縛り上げれば、制圧は完了だ」


そんな小声に、堂々と答える男の声が響く。


「下層にいる蛇人族は、どういたしますか?」

「本日入荷された死銀鉱を熱して、煙を送り込め。私たち人間には致死性の毒だが、奴らには、死に至るまではいかないだろう」


宮殿内に、ぞろぞろと多くの人間たちが、集まってくる。彼らの首には、何もついていなかった。

戦闘を行く男は、不敵な笑みを浮かべながら、玉座の間へと歩いていく。

中には当然、守衛である得物を持った蛇人たちと、玉座に座るジルファ国王の姿がある。

男は王を前にして、決して首を垂れることは無く、眠っている蛇人をさげすむように見下ろしていた。




「今日をもって、蛇人の時代は幕を終える」


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