翌日。

ハルはディンギルと、その従士たちと共に、ヘロボロスの下層、地下蚕鍾へと来ていた。従士は大体10人ほどだ。奴隷の文官らしき者らが、3人。ムンファもいる。そして他は全部蛇人の戦士たちだ。キャラバンでも見かけた顔がちらほらあった。


地下蚕鍾への入り口は、国の至る所にあった。改めてこの国の基盤構造を見ると、砂漠の国には似つかわしくない形をしている。


国のあちこちに穴ぼこが存在し、地下に巨大な空間が開いている。そこに巨大な水の塊が地下蚕鍾に支えられて宙に浮いているのだ。


地下蚕鍾は要するに、渓谷の底から幹を伸ばす巨大な大樹のようだ。その大樹が、巨岩のようなオアシスの水源を侵食して支えている。大樹の先は地表付近で、水を噴出させて水たまりを形成しているのだ。


一般的なオアシスとは構造が異なるけれど、その地下構造をまじかに見て、とても神秘的なものを感じていた。


「すごい・・・。とても自然のものとは思えないね」

「はっはっは。確かにな。だが、これぞ、我らが龍の加護を得ている証だ。この地下蚕鍾は、2000年もの間、ずっとここに存在し、我らが国をいろんな意味で支えてくれている」


この洞穴の最下層に、彼の巨龍の亡骸があるのだろう。もちろん、最下層は砂に埋もれて物理的にはいけないそうだが、龍の力が生み出した圧倒的な自然物に、ハルは魅了されていた。


下層への下り道はしっかりと整備されていて、道中には、アリの巣のような小さな空洞がいくつもあった。


「これが蛇人族の住処になるわけだね」

「ああ。ここら辺は、今は空き家だがな。我らの人口が増えれば、ここいらもさぞに賑やかになることだろう」


下り道を下りながら、上層を見上げると、国の地表付近の穴ぼこが見え、光が差し込んでいる。おかげで、地下蚕鍾内は、松明を掲げなくとも視界を確保できるほど明るかった。


穴からは砂が滝のように流れ落ちているところもある。あれだけの砂が落ち着付けていれば、下層にたまって堆積していきそうなものだが、決してそんなことは無いという。


「地下蚕鍾が地上へ噴き出すのは何も水だけではない。砂も循環する様に地上へ運んでいるのだ」


本当によくできた自然物だ。地下蚕鍾は、この巨大な空間を維持するための調整を行っている。そこにはいったいどんな意志が働いているのだろう。

かつて巨龍は今もこうして、形あるものとして息づいているのだ。


そうこうしているうちに、地下蚕鍾の下層まで降りて来ていた。そこには、地下蚕鍾の根ともいえる不思議な突起が突き出ていた。突起から伸びた透明な幹が、オアシスである水の塊を受け止めている。幹の隙間から、水が流れ出てくるはずなのに、オアシスは決して、塊の形を崩すことは無い。


「それにしても意外だな」

「何が?」

「こんなものが見たいと言った来訪者はお前が初めてだぞ?ハル」

「そうなの?」


ハルとしては、こういった見ていて心躍るものは、見る価値があると思うのだが。今までそういった人々はこなかったのだろうか?


「人間たちは、これにあまり興味を持たないらしい。俺には構造も原理もさっぱりだが、見ていて感慨深いものがあると思うのだがなぁ」

「ふふっ、それは私も同感だよ。こんなすごい自然の摂理は、見たいと思っても、見れるものじゃない」


人の価値観はそれぞれだから、興味がない人達のことを悪く言うつもりはない。もともとここは観光地と言うわけでもないのだ。ハルが頼んで見せてもらっているに過ぎない。


もっとも、他の人間たちがここを避ける理由はなんとなく察せられる。ここはヘロボロスのオアシスの根幹であるけれど、同時に蛇人という亜人種の住処でもある。この国の奴隷たちは、今さら異種族に忌避はしないだろうが、初めてここを訪れる人々は、生々しい動物的な蛇人たちの側面を見たいとは思わないだろう。


「満足していただけましたかな?」


一緒についてきてくれているムンファが、そっと話しかけてきた。


「はい。しっかりと記憶させていただきました」

「それは良かったです」


一通り見終えて、ギンディルが全員に帰還を命じた。



下層へ下る道のりはそれほど苦労しなかったが、上り結構な体力を持っていかれてしまった。


「大丈夫か、ハル」

「ええ。平気」


途中からハルに合わせてゆっくりと上ってくれたため、それほど足腰に疲れは来ていない。長い道のりを歩くのには慣れているつもりだったが、やはり砂の影響なのだろう。整備された道のりでも、僅かな砂が残って滑りやすいのだ。


地上へ戻ってきたのは、ちょうど太陽が真上を通過したくらいの時だ。国中からおいしそうな匂いが立ち込めて、人の動きも賑やかになっている。


「ギンディル、ここまででいいよ。ついでに街の中でおいしいものでも見つけてくるからさ」

「それならば我々も行こうか」

「え?大丈夫、それ?」


ギンディルはこの国の英雄的存在だ。王族でもあるし、そんな人物が街中を従士を引き連れて歩いていたら、面倒くさい、もとい、大変な事態になるのではなかろうか?


案の定、彼らは国民たちから囲われいた。奇声を発する女性は後を絶たず、中には道端で平伏するものまで現れた。


「諸君、どうか落ち着いてくれ。我々は、国の客人を案内しているだけだ。どうか道を通してくれ」


ギンディルがそういうものの、野次馬たちはなかなか散らなかった。私とムンファは、その光景を遠目で眺めているだけだった。


「我が主が、・・・申し訳ない」

「いいんですよ。別に。人気者は大変ですね」


健全な光景だ。みんな、とても明るい表情をしている。しかし、同時に、彼らから少し離れたところで、彼らとは違う、暗い表情をした人たちを、ハルは決して見逃さなかった。


嫉妬か、あるいは迫害意識を持っているか。どちらにせよ、ハルは彼らを責めるつもりはない。ギンディルたちに告げるつもりもない。それはあって当然のものだからだ。悲しい話でも、なんでもない。


ようやく解放されて、一行は国で1、2を争う食事処を訪れた。

領土内での食事は、基本的に立ち食いだ。一応店内で食べる場所はあるが、こんな大所帯で占領するわけにもいかないから、ギンディルたちに注文を頼んで、おすすめを味わうことにした。


「麺料理・・・」

「ハルよ。二棒(ふたぼう)の使い方は知っているか?異国では、ハシ、と呼ぶらしいが」

「ええ、大丈夫」


見慣れた食器だった。人の手に持ちやすいように加工された木製の二本の棒。この国がこの食器を使っていることには驚きだ。匙やフォークはどの国でも一般的に使われているが、これを使っている文化圏は、そう多くはない。


おすすめの麵料理は、見た目は真っ赤で、麺も桃色見がある。いかにも辛さに執着した一品だ。

一口すするだけで、舌の上がピリピリとする。しかし、辛みの中には確かな旨味が存在し、二口、三口と、ハシを止めることはできなかった。


「うまいだろう。香辛料をふんだんに使った、ここの名物料理だ」

「嫌いじゃないよ。辛いの。でも、私にはちょっときついかな」


そう言って苦笑いを浮かべると、皆が大いに笑ってくれた。共感してくれる者もいれば、辛さに自信がある者はまだまだだな、と大口を叩いたりもしていた。


彼らとの交流は、昔から馴染みがあったかのような、温かい情を呼び起こさせるものだった。ギンディルは王族であることに固執しない。奴隷であるムンファたちが失敗を犯しても、それを無礼だとは思わない。

名だたる暴君は、気に食わないという理由だけで、従士にも国民にも悪意を持つ。しかし、ギンディルは、奴隷と呼びながらも、対等の関係を築いている。きっと彼は、いずれ王位を継ぎ、名君と呼ばれる人物だろうと、ハルは思った。



食事をしてると、国を外周の方から、鐘の音のような音がしてきた。


「何?」

「ああ。おそらく交易に出ていた商隊が返ってきたのだろう」


体を乗り出して宮殿へ続く中央路を覗くと、とんでもない大きさの荷車がゆっくりとこちらに進んでいるのが見えた。幾匹ものアプケロに引かせている荷車は、一戸建ての家くらいの大きさがあり、車輪の代わりにキャタピラのようなものが使われいてる。砂の国らしい、実に合理的な乗り物だ。


だが、その荷車だが、妙に揺れている。荷車の横幅はかなりあるから、道の凹凸による車体の揺れは起こらないと思うのだが。

それは見る見るうちに、地震に会っているかのように揺れ始め、危険な傾きをし始めた。


「いかん!」


ギンディルは即座に食事の手を止め、引きつれていた戦士たちと共に、その場に駆け付けた。しかし、時すでに遅く、何かが破裂するような音と共に、キャタピラが潰れ、荷車は崩れ落ちた。

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