翌日。

ヘロボロス帝国の大臣。リーゲル氏の食事会にハルは呼ばれていた。


「さぁさ、旅人殿。存分に食してください」

「ありがとうございます。リーゲルさん」


相変わらずの盛大なもてなしだが、卓に並べられた料理は、他の食事会で出されたものとは、大分毛色が異なっていた。ケラブワームの肉塊はなく、この国では滅多に手に入らないという鶏の肉が出されていた。

数が少ないというのは、ある意味希少価値が高いという意味だが、この国の環境で飼育できないというだけで、鶏肉は別に高価なものではない。

わざわざそんなものを食事会に出すというのは、いささか変な話だが、もしかしたら、彼の好物なのかもしれない。もともとハルも、鶏肉の方が馴染みがあるし、何より料理そのものは大変おいしかった。数多の香辛料や香味野菜が、肉の臭みをかき消し、刺激的な味わいを生み出している。


「この国の料理は、どれもおいしいですね」

「我が国は、2000年という膨大な歴史がございます。食文化も、それだけの歴があるのですから、当然でしょう。あとは、好みの問題です」

「リーゲルさんは、鶏肉がお好きなんですか?」

「いえいえ。ここ数日、幾度も会食に呼ばれていることでしょうから、少し趣向変えたほうが、旅人殿も飽きが来ないと思いまして」

「それは・・・気を使わせてしまったみたいですね」

「旅人殿が気にすることではありません。どうか存分に堪能してくだされ」


そう言ってリーゲルも、自分の分の鶏を解体し始めた。お互いにただひたすらに食事に夢中になっていた。ジルファに呼ばれた食事会では、もっと会話をしながらの食事だったが、今回はとにかくおいしい食事を堪能していた。リーゲルが遠慮なくそうしているから、ハルも気兼ねなく食に没頭出来たのだ。

これもまた、もてなしの一環なのだとすれば、なかなか面白いものだ。


それぞれがある程度食べ終わった頃、リーゲルが傍で使えている者に、冷たい飲み物を頼んでくれた。

卓に出されたのは、ただの水ではなく、南国風の果実がコップのふちに刺さっている、独特な色の飲み物だった。


「フレデリカ、と言う銘のいわば、ジュースですな。私はこれが大好きなのですよ」


名前からしてお酒のような感じだが、アルコールの匂いはしない。一口、コップを煽ると、非常に濃厚な果実の風味と酸味が口いっぱいに広がっていく。決して甘すぎず、かといって口をすぼめる程酸っぱいわけでもない。濃厚な味わいなのに、決してくどくなく、舌の上をサラリと滑り、喉の奥へ流れていく。ジュースと表現するには、あまりにも上品な飲み物だった。


「おいしい。故郷の飲み物に、とても似ています」

「ほぅ。旅人殿の故郷にも、このようなジュースがおありなのですか?」

「こんな高級な味ではないですけど、似たようなジュースがあったんですよ」


かつてハルが飲んでいたそれは安物だったし、味が好きと言うだけで、それほど好んで飲んでいたわけではない。それと比べたら、このフレデリカと言う飲み物は、新鮮な果物の果汁を何倍にも濃縮したような感じがした。


「本来は度数の強い酒と混ぜて飲むものなのですが、私は酒に弱くてですな。このままの方が、性に合っているのですよ」

「だから、ジュース。なんですね?」


そう聞き返すと、リーゲルは満面の笑みで頷いて、フレデリカのコップを煽っていた。


「旅人殿の故郷の話も聞いてみたところですが、少し、・・・込み入った話をしてもよろしいですかな?」

「・・・?はい。構いませんが・・・」

「はは、では。・・・旅人殿は、・・・ハル殿は、この国をどう思われますか?」

「・・・どう、とは?」

「そのままの意味です。ハル殿からして、この国に、何か違和感などは感じないでしょうか?」


それは、奴隷制度のことをいっているのだろうか?確かにこのヘロボロス帝国の奴隷制度は、異質だ。奴隷でありながら、こんなにも平然と贅沢が出来ることなど、常識的な奴隷と言うものには、考えらないことだ。ただ、別に誰も不幸にならない制度であるならば、別に問題はないはずだ。


「・・・リーゲルさんは、何か思うところがあるんですか?」

「察しが良いですね。思うところ、と言うと、少し違うかもしれません。ですが、私たちは生まれた時から、奴隷と呼ばれ生きてきました。それが当たり前なのだと・・・。ハル殿は、我が国に人間の奴隷が、生まれた経緯をご存じですか?」

「ディンギル、様の従士の方から、ある程度は・・・」


2000年前に帝国が興り、そして、侵略者たちを退け、彼らを奴隷としたのが起源、だったはずだ。けど、それだって昔の話だ。どれくらい事実なのかは見当もつかない。


「このヘロボロス帝国は、かつては蛇人だけの国でした。侵略戦争で攻め込んだ異国の者たちが、蛇人族に敗れ、虜囚となった。それが私たちの祖先だと言われています」


理に適っている話しだ。蛇人族と人間の肉体的な力の差は雲泥のものだ。例えへ数の理があっても、並大抵の戦力差では覆せないほどに。


「蛇人族は、多くの戦に勝ち続け、かつて砂漠に存在した人間の国を次々と征服していきました。今もレシア大砂漠には、国があった痕跡がちらほら残っています。彼らは文字通り、この砂漠の支配者になりました」


ハルは、話が読めなかった。リーゲルの思惑がわからいのだ。彼の言い方は、現状に不満があるかのような物言いだ。不満となる要因など、どこにも見当たらないというのに。


「私たちの祖先は、ずっと奴隷として生きてきた。ですが、2000年もの間。少なくとも、奴隷が生まれた頃には、反抗の意思があったと考えています。力では敵わないと知ったからこそ、いずれ人間の尊厳を取り戻すと」

「・・・」

「ですが今は、誰もが奴隷であることを疑わなくなった。皆が幸福に暮らせる国になったからでしょう」

「それは、・・・いいことではないですか?」

「確かに。ですが、それでも私たちは奴隷です。物です」


リーゲルはフレデリカを注いでいたコップを見せつけるように出してきた。


「このコップと同じなのです。ジルファ国王も、ギンディル王子も、私たちをこれと同じ目で見ています。例え、生活に不幸を感じていなくとも、あの視線は、耐えられるものではないのですよ」


それが、彼がこの国に対する不満なのだろうか。

ハルは旅人だ。この国来てほんの数日。少なくともハルはこの国はいい国だと思う。だが、それは一時的な滞在者からの視点だ。この国に住み、生涯をこの国で過ごす者には、それなりの不満があるということだろう。

それもそのはずだ。ハルだって、故郷にいた頃は、それなりに思うところがあった。実際にそれは、ハル一人ではどうにもできないことだった。国の在り方を変えることは、国民が一人で成し得ることではない。

しかし、その不満は、決して塗りつぶされるべきことではない。誰もが平等に扱われることなんてありえないのだ。だからこそ、その不満を堂々と話し、新たに改善の道を模索していくのが、国政というものだろう。


問題は、なぜリーゲルは、それをハルに話したのかだ。


「失礼。言葉が過ぎましたな。お客人に聞かせるような話ではなかったかもしれません」

「・・・いえ、私は気にしません。いろんな人がいて当然です。人は、誰一人として同じ人は存在しないのですから」


ハルがそう答えると、リーゲルは少しうれしそうに微笑んだ。


「私たちが、蛇人族に勝っている点と言えば、魔法が使えるくらいでしょうな」

「・・・もしかして、蛇人は魔力がないのですか?」

「ええ。ない、と言うのもいささか強引ですが、蛇人族は、たった一度の魔法の発現すら行えないほど、魔力が少ないのです。まぁ、あの力の前では、魔法などあっても、人間に勝ち目などないでしょうが」


それは意外だった。今まで旅してきた中で、いろんな種族に会ってきたが、大なり小なり魔力を持っていた。しかし、まったくもっていないというのは初めてだったかもしれない。


「だとしたら、やっぱり龍の末裔って言うのは、単なるおとぎ話か・・・」


ハルは、何気なくそう口にしてしまった。


「今、なんと?」

「あ、いえ。蛇人が龍の末裔だという話ですよ。確かに彼らはとても強い力を持っています。他種族と比べても上位に位置する存在でしょう。でも、私は龍族がどういうものか、少しばかり知っています」

「それは!本当ですか!!」


どういうわけか、リーゲルは興奮した様子で聞き返してきた。この場で自分がその龍族であるだなんて伝えるつもりはないけど、別にハルとしては、話しても構わないと思っていた。


「龍は、現存する、いわば、上位種と呼ばれる存在です。その数は非常に少なく、人類の歴史においてほとんど姿を現しません。一説によれば、膨大な魔力を有していて、人間の姿に化けると言われています」

「つまり、蛇人は、龍の末裔などではないと?」

「それは、・・・どうでしょう。私の情報にはあまり信憑性がありませんし、この国の伝説も、2000年の時間が経っていますから、真実かどうかはわからないはずですよ」


ハルは、この国の成り立ちを否定するつもりはない。今さらそんなことを説く者が現れたからと言って、この国がどうこうなるわけでもない。それでも遺恨は残るだろう。ヘロボロスの蛇人と人間を関係を壊すわけにはいかない。


「はぁ、そう、ですね。いえ、お構いなく。私はただ、外界がいかいの話を聞いて少し高ぶってしまったのですよ」

「外界?」

「私たちにとって、砂漠の向こう側は、未知の世界ですから。どんな文化があって、どんな思想があるのか。私たちは知る由もないのですから」


確かに奴隷である彼らは、この国から離れるということはできないだろう。異国との貿易や政治的な交流は、ほとんど蛇人が行うのだろう。

そう考えると、この国のからすれば、かなり閉鎖的な国と捉えても過言ではない。もしかしたら、リーゲルはそれが不満なのかもしれない。


「ごめんなさい。つまらないことを話したみたいですね」

「いえいえ、ハル殿が気にる必要はありません。どうぞお気になさらず」


リーゲルがなだめてくれたおかげで、ハルたちは食後の会話も平然と執り行うことが出来た。とても有意義な時間だったが、余計なことを言ってしまった感は否めなかった。


「ヘロボロスにはどれくらい滞在されるので?」


食事が終わり、帰り際にリーゲルは聞いてきた。それについてはどう答えたものか。国を見て回るという目的は、後は、蛇人たちの住処である地下蚕鍾を見れば終わる。ただ、この国に来たが、今のところ果たせそうにないのだ。


「今度、ディンギル様に、地下蚕鍾を案内してもらう約束をしているんです。この国の根幹がどうなっているのか、見てみたいので」

「そうですか。あの場所は確かに壮観な場所です。興味を持つのも当然でしょう」

「まだ数日はお世話になりそうです」

「では、機会があれば、またフレデリカをご用意しましょう」

「ありがとうございます」


そうしてハルとリーゲルの会食は終わった。食事会としても、異文化交流としても、ハルは満足していた。さすがに連日、重たいものを食べていたせいで、やや胃もたれ気味ではあるが、後で剣の型稽古でもすれば、すっきりするだろう。

地下蚕鍾に行けば、目的を果たせると思っているが、どうにもうまくいかない。それほど重要なことではないから、無理なこととあきらめるつもりでいる。いっそ観光を楽しんでしまった方がいいだろう。


その日の夜、ハルはそんなのんきな考えでいた。柔らかい寝台で横になりながら。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



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