Ⅴ
宮殿へ招かれてから、ハルの生活はとても有意義、もとい、自堕落な生活に代わっていった。甘やかされているわけではないが、ギンディルたちのもてなしは、そうさせるほどに大胆で豪快なものだったのだ。
「まさか、個室を用意してくれるとはねぇ」
一応、街の中には宿屋のようなものが無いから、こうして宮殿の空き部屋に住まわせてくれているらしい。寝床も、上等な絹の布団をあしらった寝台だし、食事だって毎日豪華な食事会のよばれてしまった。
食事会には多くの蛇人たちと、数人のお付きがいる中へ加わった。卓に出された料理には、あのケラブワームが出された。調理されているとはいえ、初めてそれを見た時の悪寒は、形容しがたいものがあった。ただ、そのグロテスクな料理から漂ってくる香りは、そんな見た目を押しのけて、未知なる食欲にハルを誘っていた。私についてくれているムンファに食べ方を教わって、専用のナイフでその肉を切り分け、一口大のグロイ肉塊を堪能した。
一度食べてしまえば、その肉のすばらしさの前に、ケラブワームの気色悪さなど、どこかへ吹っ飛んでしまった。
食事の後は、決まって食事に招かれた者たちと、他愛のない会話を繰り広げた。
ギンディルの父親であるという国王ジルファとの会食では、多くの旅の話を語ったものだ。ジルファは、ギンディルと同じく豪快な人物で、年齢のせいでもう狩りにはいけないため、国政を生業とし、同時に娯楽に飢えているという。ヘロボロスには吟遊詩人の文化は無く、国内で盛んに行われている踊り子による舞踊などは見飽きたそうだ。娯楽に飢えた御仁には、ハルの旅の記憶は最高の楽しみだったという。
「とはいえ、毎日のように食事会に招かれるのも考え物かな・・・」
流石に連日話続けていると、喉も疲れてくるし、何度も同じ話をしているためん、ハル自身はやや飽きてきている。こんなにも寛大なもてなしを受けてなければ、適当な理由を付けて断っていたところだろう。
「明日は、・・・確か大臣の食事会だっけ?」
今日も今日とて、与えられた私室の寝台で明日の予定を考える。外は既に暗闇が覆ているが、窓から見える街並みには灯がたくさん見られる。宮殿の灯も、街の明かりも、例え深夜を超えようとも、この国からそれらが消え去ることはない。
ムンファの話では、大臣は人間が務めているらしい。既に何度か顔を合わせているので、形式的な挨拶もしなくて大丈夫だろう。
彼にも、他の奴隷同様、首輪がつけられていた。奴隷でありながら、国政を補佐する大臣の座につけるとは。よほど優秀な人なのだろう。そもそも、この国において、蛇人たちは主に戦士の役割を担っていることが多い。天性の種族的な力のおかげで、向いているのは確かだ。だが、どういうわけか、彼らは繁殖力が人間よりも弱く、数が少ない。国王こそ蛇人が務めているが、宮殿を行き来するのはほとんど人間達だ。ハルを招いてくれたギンディルも、普段は訓練か、狩りに出かけているため、日中はほとんど会うことは無かった。
それ故に、ここが蛇人の国だということをついつい忘れがちになる。ここ数日のうちに、地上の街はあらかた探索してみたのだ。砂漠の国らしい、開放的な国風だった。男女問わず、衣服の布面積が少ない。シャツを着ているハルが目立つほどに。肌の色も、みんな一般的な肌色よりも焼けている。おかげですぐに旅の者だとばれてしまっていた。
そのおかげかはわからないが、いろんなものを勧められてしまった。見たこともない料理や、ヘロボロス特有の民族衣装。日常の様に行われている舞踊や、真剣を使った大道芸など。それらは、ごく普通の人間の営みだった。とても奴隷の社会で行われるものとは思えない。路上で座り込む物乞いもいなければ、悪質な商売をする商人もいない。こういう大きな国には、大抵そう言った輩が少なからずいるものだが、この国には、それが一切なかったのだ。
「これが龍の加護が作り出した産物なのかな。それとも、単に王様が優れていただけか」
食事会をしてきて、いくつかわかったことがるある。蛇人たちはみな、自身が龍の末裔であることを信じている。そして、人間達も、龍の末裔に仕えることを誇りに思っている。
今から2000年も前のことだ。当時の記録がどれだけ正確に残っているかは不明だ。だが、こういう話が出た時、ハルは決まって、ある文句を口にする。
「火のないところに煙は発たない」
それは、事実とは、人伝に伝わっても、ある程度は原型を残すものだという、ハルの持論だ。御伽噺は、どれも荒唐無稽な話だったりするものだが、はじめは事実をもとにして作られた話が多い。それが時代を重ねるにつれて、誇張されたり、正しく伝わらなかったりしたため、
だから、龍の末裔と言う話も、おそらく事実に近い話なのだろう。
しかし、残念なことに、ハルは知っている。龍族の子供は龍族であることを。彼ら蛇人が龍の血を継いでいるというのであれば、彼らは人間と同じ姿をした生き物のはずだ。ハルがそうであるように。
それに、龍族には、特別な感知能力がある。同族の気配を感じ取ることが出来るのだ。どういうことかと言うと、龍族同士がある一定の距離に近づくと、例え人の姿でいようと、目をつむっていようと、お互いが龍族であること、近い距離に同族がいることを本能的に察知できるのだ。
それをハルに教えてくれた人物も、龍族だった。ある意味、龍族による、龍族の見分け方を、かつて教わったのだ。ハル自身も、その能力を体得している。はじめはよくわからない感じだったが、意識しているうちに、龍族の気配とやらが、感じ取れるようになっていた。
そして今、幾人もの蛇人に囲われて生活しているが、龍族の気配はほとんど感じ取れない。そして、彼ら自身も、ハルが龍族であるとは微塵も思っていないだろう。このことから、ハルは蛇人たちが龍の末裔なんかじゃないことを気づいていた。ただ、それを口外するつもりはない。なにせ、国の成り立ちに関わる話だ。きっと、国民たちも、蛇人が龍の末裔であると思っているのだろうし、一人ホラ吹きだと思われるのも面倒だからだ。
「・・・かつて、このオアシスで生涯を終えた巨龍は、今、どんな思いでいるのかねぇ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
実際問題、蛇人が龍の末裔かどうかなんてどうだっていいことだ。そんなもの、この国を見れば、取るに足らない問題だと誰もが言うだろう。仮にその話が偽りだったとして、いったいこの国の誰が不幸になるというのだ。奴隷と言う差別的な制度があるにしても、それを拒む人はこの国にはいない。
窓から爽やかな冷たい風が入り込んできた。日中では絶対に吹くことのない冷たい風だ。砂漠での昼と夜の気温差は驚くべきことだ。だが、その風はほんの少しだけ、生暖かく、優しくハルの肌をさすっていった。僅かに風鳴りの音が夜の砂漠の国に木霊している。
「ほんとうに、いい国だな。ここは・・・」
窓の外の喧騒を聞きながら、ハルはしばらく、夜闇を見つめていた。
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