ハルは、大きなひじ掛け椅子に座り、長テーブルの端っこに座っていた。周囲には大きな羽扇を持った華やかな人間の女性がいて、絶えずハルに微風を靡かせている。

女性たちの衣装は、華やかだが、いささか露出が多く、とても涼しそうなのだが、同じ女でも目のやり場に困る程だ。

当然のように彼女たちの首には鉄の輪がつけられている。そして鎖には繋がれていない。おそらく彼女らも奴隷なのだろう。このヘロボロスでは、人間は誰しもが奴隷で、例外は存在しないということだ。


「すみませんね、ハル殿。ディンギル様は、国王様に報告に出ているので、遅れているんですよ」

「かまいませんよ。これだけよくしてもらえているんですから」


長テーブルには色鮮やかな果物が並べられていて、部屋の奥からは、香ばしい匂いが漂っている。騒がしい音もしているから、調理場が近いのかもしれない。

宮殿の中に通された後は、ムンファについてきただけだから、建物の構造を把握するには至らなかった。ここが宮殿のどのあたりなのかはわからない。けど、そんなことはどうだっていい。

ハルはおもむろに宅に並べられた水瓶を取り、銀色のコップに注ぎこんだ。水瓶には氷は入っていなかったが、銀のコップに注がれた水はとても冷えていて、喉にそれを流し込むと、体の奥から熱が冷めていくような感覚だった。


「ふぅ~、おいしいですね」

地下蚕鍾ちかさんしょうから湧き出たオアシスの恵みです」

「地下、さんしょう?」

「はい。この国は、巨大なオアシスの上にあります。その名の通り、水上要塞だと考えてくれればよろしいです。ただ、今は水量が減っているので、水面は街中からは見えないのです。地下蚕鍾とは、オアシスの水を包み込むように張り巡らされている網のようなものです」

「網?」

「地下蚕鍾はオアシスの水を包む器。ただ、器と言っても、水の塊の全面を覆っているわけではありません。地下蚕鍾が木の根のような役割を果たして、地上へ小さな水たまりを作るように吸い上げているのです。まぁ、小さなと言っても、我々人間からしたら、巨大なオアシスになりますけどね」


つまり、この国のオアシスは、相当な巨大な水源だということだ。まだヘロボロスの街の様子を見ていないから、この国がどのような構造をしているかは把握していない。だけど、これだけ巨大な帝国を築き上げたオアシスだ。相当な水量があるのだろう。


「この国を統治しているのは、蛇人族の方々です。我々人間が地上の街を住処とし、彼の方々は地下蚕鍾に張り巡らされた地下渓谷に住んでいらっしゃるのですよ。渓谷への入り口は街中に張り巡らされていて、むしろそっちの方が広いのです。地上の街は、ヘロボロスの一角に過ぎません」

「へぇ~」


話を聞きながら、ハルは果物に手を伸ばしていた。真っ赤のとげとげの、根元から髭を伸ばした掌よりも大きな果実。皮を向くと真っ白い果肉が姿を見せ、黒い粒粒の種が混じっている。

果肉にかぶりつくと、果汁が口いっぱいに広がり、想像よりも甘ったるい香りが鼻を突いてきた。

ハルにとっては久方ぶりの甘いものだったため、無我夢中で食べてしまった。もちろんムンファ話は聞いていたのだが、相槌をする間もなかった。


「よい食べっぷりですね」

「すいません。・・・とてもおいしいですね」

「いえいえ、お客人には当然のもてなしです。さぁさ、好きなだけお食べください」


ムンファは笑顔で果物が乗った皿を差し出してくれた。


「蛇人と人間は分かれて暮らしているということですか?」

「普段から分かれているわけではありません。蛇人族の方でも地上に家を持っている方もいます。ですが、彼らは基本的に渓谷で寝食を行うことが多いです」

「意外ですね。奴隷が日の元で過ごして、主人である蛇人が地下に暮らすなんて」


冷静に考えれば逆だと思うのだが、この国の奴隷制度は、基本的にあってないようなものと言えるだろう。来る前に心配していた懸念は、早々に払拭されてしまった。この国は、・・・いい国だ!


「ハル殿。あなたの想像の通り、この国には奴隷がいます。人間は蛇人族に仕えるです。ですが、あなたの考える奴隷とは、大分違うと思われます」

「・・・そのようですね」

「ははっ。是非とも、このヘロボロスを満喫していてください。おいしい果物も、華やかな踊り子も、郷愁漂う音楽もございます。きっと、気に入って頂けると思いますので」


ムンファの顔には一切の曇りは無かった。とても奴隷の身分を持つ人の表情とは思えない。蛇人にとっての奴隷とは、名ばかりの称号のようだ。




「ハルよ!待たせたな」


通された部屋で、窓から街の様子を眺めていると、鎧を脱いだギンディルが訪れた。こうして建物の中で会うと、蛇人の規格外の肉体がよくわかる。身長はハルの倍近い。肩幅だって圧倒的な差がある。大男、よりもさらに大男だ。


「お邪魔してるよ、ディンギル」

「おお。うちの者が無礼を働かなかったか?」

「ううん。とても良くしてもらっているよ」

「当然だ。我が奴隷たちは、俺の自慢の付き人たちだ。ムンファ。果実や水は出したか?」

「はい。ハル殿は、既に龍の瞳を3つも平らげております。大変気にられたようですよ」


それを聞いたディンギルは、大口空けて笑っていた。


「ヘロボロスの果物、とてもおいしかったよ」

「当然だ!この国は水がうまい!いい水は、いい果実を育てるものだ。これぞ、先祖の巨龍が残した加護のおかげだな」

「加護?」

「我が先祖は、大砂漠を支配した巨龍だった。その亡骸は、今もオアシスのさらに下層に眠っていると言われている。この国は龍の加護を与えられているのだ」


確かムンファが話してくれた国成り立ちによれば、2000年前の話だったか。龍の加護だなんて、大げさな言い方だろうに。しかし、ハルは決して否定はしなかった。


「・・・少なくとも、この国は2000年もの間、変わらずここに存在しているんだものね」

「そうとも!我らの国は永遠に不滅だ。我ら蛇人と、奴隷たちの手によってこの先も、砂漠を支配し続ける。巨龍の覇道は、未だ潰えぬのだ」


(覇道、か)


ハルは思わず苦笑いを浮かべた。


「ハルよ。先ほど父上のところに言って来てな。宮殿内や国中を自由に行き来できる許可を得てきたぞ。あとで食事にも招待されるだろう」

「本当に?」

「はっはっは。父上は寛大な王だ。お前にも興味を持っていた。旅の話を聞かせてやってくれ」


ハルが話せる話など、どれもつまらないものばかりだが、それでも良ければ聞かせるとしよう。

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