Ⅲ
狩りを終えたキャラバンは、砂漠の道を滑るように進んでいた。キャラバンの荷車を引いているアプケロという生き物は、砂の上を走るのに、非常に優れた走破性を持っているらしく、砂を踏みしめた際の、陥没が一切起きない足の仕組みで、ラクダと表現したものの、実際には全く別物の生物と言えるだろう。
この世界の生物をハルはほとんど知らない。こんな大砂漠に来ることさえ初めてだから、狩りをしていた虫の様な獣も、その生態については全く分からず、想像に任せるしかないのだ。こんな風に、砂の上を悠々と走れる獣は物珍しいものだ。
荷車も、砂の国のイメージに合った、優雅な装飾が施されたもので、乗り心地はとてもいい。ガラスの代わりに布が窓を隠していて、生暖かい風が入って来る。空気は蒸し暑いくらいなのだが、日の光に当てられないだけで、ここまで涼しく感じるとは思ってもいなかった。
揺れるの布の向こう側を除くと、ひたすら砂、砂、砂。時折砂丘があり、その先を超えると、再び砂、砂、砂。地平線には陽炎で空気が歪んでいるようにみえる。砂漠ではごく普通の光景なのだのだろうが、その歪みは、ハルにとっては懐かしいものだった。
「夏でもないのに、ねぇ・・・」
「はっはっは、砂漠に夏も冬もありませんよ」
同じ荷車に乗っているムンファが笑いながら答えてくれた。長く旅をしてきたが、こんな光景が日常であるというのが、驚くべきことだ。ハルにとっては、どんな日常だろうと、新鮮に感じられる。どれだけ長い時間、世界を見て回っても、何もかも同じものは存在しない。この世界は、それだけ広い。
「ハル殿は、これまで多くの国を見て回ってきたのですよね?」
「国も、街も、自然も、いろいろ見てきましたね」
「我らが国も、ぜひ気にっていただけるといいのですが・・・」
ムンファのその言い方はぎこちなかった。現状、ハルにとっての彼らの国は、蛇人と奴隷の国だ。ハルは、異国の制度や政治に興味はない。ただ、それを忌み嫌うくらいの常識は持ち合わせているつもりだ。奴隷という言葉を聞いて、その国を警戒しないわけがない。ただ・・・。
「まだ、見てもいませんから、楽しみですよ」
「はっはっは。相応のもてなしをさせていただきますよ。ギンディル様のお客人ですからね」
無理やり客人にされたのは、まぁ良しとしよう。ギンディルの身分はわからないが、奴隷を使役しているところを見るに、結構なお人なのは察せられる。身に着けている鎧も煌びやかだし、もしかしたら、かなりのお偉いさんなのかもしれない。
そんな人に、城に招待されるっていうんだから、偶然とはいえ、久しぶりに贅沢をすることが出来るかもしれない。
「ところで、さっき仕留めた獣は、おいしいんですか?」
問題はそこだ。見た目、虫の様な何かにしか見えなかったあれを食べさせられると思うと、少々覚悟しておいた方がいいかもしれない。
「あの獣は、わが国ではケラブワームと呼ばれています。見た目は虫のようですが、肉は大変美味です。他国では、鳥や牛など食べると思いますが、それらと比べても大差はないと思いますよ?まぁ、色味は少々異なりますが」
ということは、味はともかく見た目はグロイということだろう。それならまだ何とかなるかもしれない。
普段食べている携帯食料も、見ようによっては気持ち悪く見えることもある。あれも、体に必要な栄養があるだけで、味や見た目を重視した食べ物ではない。
味がまともであれば、変な匂いがすることもないだろう。
「それにしても、キャラバンに会えたのは幸運だったな。砂漠にある大きな国を目指していたのに、なかなかたどり着けなかったので、不安になっていたんですよ」
「ほぉ?ちなみにどれくらい歩いたのですか?」
本当のことを言うと、人間じゃないなどと思われて面倒だから、日数をぼかしても問題ないだろう。
「ちょうど2日くらいです。食料はともかく、水が尽きて、本当にワームの餌にされるところでした」
「なるほど。それはきっと、砂漠の幻夢にあったのかもしれませんな?」
「砂漠の、幻夢?」
「はい。我が国ヘロボロスと、このレシア大砂漠でおこる、特異現象です。砂漠の旅路は、方角さえわかっていれば、基本迷うことはありません。しかし、砂漠の幻夢に掛かってしまうと、例え日の出に向かって歩き続けていても、東に歩いているとは限らないのです」
そんなことあるのだろうか?この辺りの地域に、コンパスがあるかはわからないが、ムンファ言い方だと、コンパスを持っていても方位を見失うことになる。そんな不自然な現象が、起こるはずがない。あるとすれば、
「それって、魔法の類のものですか?」
「おそらく違うでしょう。砂漠では、幻夢以外にも不思議なことが置きます。陽炎がオアシスを隠したり、砂嵐が太陽を飲み込んだり。それと大して変わりません。昔から、この砂漠では、そのような不思議な現象が起こっているのです」
オカルト的な現象は、証明のしようがない。一種の伝説の様なものだ。ただ、砂漠の国らしい雰囲気のある話だから、ハルはそれほど訝しんだりはしなかった。
「砂漠の幻夢は、滅多に起こりません。まぁ、そもそも広大な砂漠を歩いて渡ること自体、我々にとっては稀なことなので。ハル殿は運が悪かったのでしょう」
いや、むしろ運が良いと言ってもいいだろう。こうして無事に国へ辿り着けるのだ。荷車の外には、巨大なオアシスを中心とした砂漠の国が見えていた。家の作りもいかにもな、砂岩造りの建物で、みな平屋が多い。奥には砂防壁が見えていて、さらに奥には大きな宮殿が見える。あちらこちらに塔のようなオブジェクトが建てられていて、砂岩で作られた龍の彫像がいたるところに見られた。
「ようこそ、ヘロボロスへ」
オアシスに近づいたからか、空気に湿り気が感じられ、生暖かい風ではなく、涼し気なそよ風が吹いている。太陽は相変わらずカンカン照りだが、直接光を浴びなければ、とても快適な場所だった。
「ここが、大砂漠の帝国、か」
キャラバンの帰りを待っていたかのように、宮殿までの道のりには、人々が集まっていた。
「おかえりなさい。ギンディル様」
「無事のご帰還、心より喜び申し上げます」
「大砂漠の狩猟者に栄光あれ」
などなど、ギンディルを讃える言葉、あるいは蛇人への賞賛、王国の栄光を賛辞する言葉を口々に言っている。彼らのほとんどは人間で、そのうちの2割程度が蛇人だった。
道中でムンファから聞いた話が本当なら、8割の人間は、みんな奴隷と言うことになる。しかし、人間たちには、それぞれ首輪は着けているものの、鎖でつながれている者はいない。それに、みんな笑ってキャラバンを迎えているし、誰一人として失意に沈んだ顔をしていない。彼らが奴隷だということは、到底信じられない話だ。
「賑やかですね」
「ギンディル様は、なかなか人気者でして。我々キャラバンは、国のために狩りをし、国庫に食料を蓄えることが仕事です」
荷車からは見えないが、キャラバンの後方には、仕留めたワームらを引きずってきている。あれだけ巨大な得物だから、相当な食料にはなるだろう。
「もちろん、国内でも菜園は行っておりますし、近隣国との貿易も盛んです。ですが、己の力と知恵で、怪物に立ち向かい、国民のために狩りをする王子を、皆いつしか英雄視する様になりまして。キャラバンが帰郷するたびに、こうして手厚く出迎えられるのです」
「やっぱり、ギンディルは、この国の王族だったのですね」
国を率いる王族であれば、この人気も納得だ。特に王子と言うのは、どこの世界でも人気が出る。蛇人の美的感覚はハルにはわからないが、屈強な肉体を持つ者は、それだけで惹かれるものがあるはずだ。人間にはないものだ。それが、国を守ってくれていることは、国民にとって何よりのことだろう。
キャラバンはやっとのことで、人々の賛辞を受け流し、とらえた獲物は、専用の解体所へ持っていかれた。そのまま中心部を通り抜け宮殿へとやってきた。
城門にはハルバードを地面に突き立て、綺麗に並ぶ蛇人の兵隊たちが並び、キャラバンを迎えてくれた。
兵隊たちの鎧は、煌びやかな黄金が使われていて、宮殿にも黄金のみならず、あちらこちらに宝石が装飾されていた。それが日の光を反射させていて、まぶしいくらいだ。しかし、これだけの宝石や価値の高い貴金属を贅沢に建築に仕えるほど、この国は豊かということだろう。
「さぁ、ハル殿。ゆるりとしていかれよ。ここが、我が国の象徴である。グラン宮殿でございます」
「・・・はぁ、大きい・・・」
見上げるほどの大きさ。遠目ではわからなかった、精巧な造り。この世界において、このヘロボロス帝国は数少ない、文明を発展させた大国家であった。
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