砂の覇者

ギンディルという蛇人が率いた軍隊は、砂漠に住まう猛獣を、数匹狩り続けた。ハルが出くわした昆虫は、どうやら虫ではなく、獣らしい。見た目こそ芋虫のようだが、硬い甲殻の中には上質な肉が眠っているのだそうだ。それに、砂の中に潜んでいるという本体も、とても美味な食肉になるのだそうだ。基本的にこんな砂漠では、なかなか獣肉をお目に掛かれることはないという。それは、獣たちが並の人間ではまともに狩れないというのが理由だ。


しかし、彼ら蛇人族に掛かれば大槍一突きで仕留めてしまう。ギンディルの槍の投擲はとてつもない精度で、数十メートルは離れているであろう距離から、僅かに砂から出た頭部を見事に射抜いていた。


「これが蛇人族の狩り・・・」

「ギンディル様は、このレシア大砂漠において、最高の狩猟者でございます」


ラクダのアプケロに揺られながら、ハルはムンファの説明を受けていた。


「あなた達の国は、なんて言うのですか?」

「ヘロボロス帝国です。レシア大砂漠を領土とする、唯一の大帝国。二千年の歴史を誇る由緒正しき国」

「二千年」

「ええ。帝国に住まう、蛇人族の方々は皆、龍の末裔でございますから」

「龍の・・・末裔・・・?」


ムンファは蛇人が作り上げた帝国と蛇人族の起源を話してくれた。


かつて、大砂漠を縄張りとしていた巨龍がいた。彼の者は、力で砂漠を支配し、永遠に近い時を生きていた。しかし、龍とて寿命は存在する。終わりの時が来た巨龍は、自らの力を用いて新たな命を生み出した。力を無数に分裂させて生まれた彼らは、巨龍と異なる姿をしていたが、新たな種族として砂漠に国をつくりあげたのだ。それが、ヘロボロス帝国と蛇人族。彼らは生まれながらの巨龍の力を用いて、大砂漠に巨大な空洞を掘り出し、オアシスとなる湖を作り出した。オアシスが生まれたことによって、帝国は他種族とも交流が増えた。同時に争いも。だが、巨龍の力を受け継いだ蛇人族は瞬く間に砂漠へ侵攻してきた外敵を蹂躙していった。その中には人間の国もあった。蛇人族は、攻め入った国の人々を奴隷とし、帝国の繁栄のために役立てたのだとか。


「私たちは、その奴隷たちからずっと今まで蛇人族に仕えてきた末裔です」

「奴隷、のままなんですか?」


ムンファはどこか誇らしそうに目を細めていた。


「ええ。彼らに仕えることは私たちの使命です」


そう言うムンファの表情は潔い感じがした。奴隷であることを受け入れているのだろうか。少なくともいい気分のものではないだろうに。ムンファだけではない。隊列にいる全ての人間は皆それほど窮屈な様子はなかった。だが、身なりはまさしく奴隷だ。服は簡素でぼろというわけではないが、首には鉄の輪がつけられ、それっぽいものを連想させる姿だ。生まれた時から奴隷と言うのなら、それ以外の生き方を知らないのかもしれない。それは悲しいことだが、わざわざそれを言及するのも憚られた。


「そんな顔をなさらないでください。私たちは、奴隷と言われようとも、実際は奴隷のような暮らしはしておりません」


意味深な表情をしていたのだろう。気を使われていることにハルは気づいた。


「そう、なんですね。あまり口出しするのも、悪い気がして」

「いいんです。私たちと蛇人たちの関係は。このままでいいんです」


その言葉には、やはり偽りはないように見えた。奴隷であることを望む人間など、見たことも聞いたこともない。だが、無理やり繕っているようにも見えない。


同じ言葉でもハルとムンファの間では、認識の違いがあるようだった。奴隷という常識的に考えれば卑下されるような存在の認識が違うのだろう。



狩りを終えたギンディルが、部下の蛇人族たちと手を叩きあって、勝利を祝福しあっていた。周囲には自称奴隷たちの人間も、ギンディルから武器を受け取って喜んでいた。


「おぉ、娘よ。すまないな。キャラバンに加えておいて、放り出しっぱなしだったな」

「いいえ。なかなか面白いもの見せてもらいました」


彼が獣たちを血止める姿は、勇猛果敢で見ていてすがすがしいものがあった。巨大な体を持つものが、小さな人の身にに練りつぶされていく様は、やはり痛快だ。


「はっはっはっはっははは。そなたも狩りに心得があるのか?単身で砂漠の獣に挑むくらいだ。無知とはいえ、勇敢な娘よ」


彼らのように地元民からすれば、たった一人で、こんな軽装備で砂漠を渡ろうとする者なんて、無知でバカにしか見えないだろうに。ギンディルはハルを面白そうに見ていた。


「その蛮勇、見どころがある。砂漠でなければ、それなりの腕の在る旅人と見た」

「どうでしょうか?剣は毎日のように振っていますけど・・・」


ハルがそう答えると、ギンディルは手を顎につけて、体つきをまじまじと見つめてきた。異種族とはいえ、女の体を恥ずかしげもなく見るということは、彼自身、無意識に人の体を奴隷として見ている証拠だろう。


「おっと、旅人相手に失礼なことをしたな。娘よ、名はなんという」

「ハルと申します」

「ほぅ?ハル、か。季節を名にするとは、なかなか粋だな。うむ、気に入った」


ギンディルはそう言うと、おもむろに手を伸ばすと、ハルの両足に手をかけ、ひょいと持ち上げられて、そのたくましい肩に乗っけられてしまったのだ。


「ちょっ」

「我が城に案内するぞ。ハルよ。旅の話を聞かせてくれ」


見た目は少女とはいえ、一人の人をこんなにも簡単に肩に担ぐとは、蛇人族のその筋肉は、偽物ではないということだろう。その気になれば、人間など一ひねりすることだってできるだろうに。


想像するだけで恐ろしいことだが、彼の朗らかな表情からは、そんなことをするようには微塵も思えなかった。


「ムンファ!久方ぶりの客人だ。丁重にもてなせ」

「はっ、ギンディル様」


ムンファもノリノリでそう答えている。豪快というか、気前がいいというか。ただ、ハルとしては、とても都合のいいことだ。どうやらこの砂漠を一人で超えるのは、到底無理なことだと思い知ったから、彼らについて、ヘロボロスという国へ向かった方がいいだろう。


「ギンディル様」

「様などいらん。お前は私の奴隷ではないのだからな。それに、こう見えて我は、まだ二十歳だ。年齢はさほど変わらないだろう?」

「・・・なら、ギンディル。ありがたく、招待されるとするわ」


ハルは、大きな蛇人族の肩の上で、こちらを見つめる縦長の瞳にふっと微笑みを返した。それを見た彼も、何を思ったのかうれしそうに笑っていた。


「うむ、娘はそうでなくては。皆の者!ヘロボロスへ帰還する!」


ギンディルが、そう高らかに宣言すると、キャラバンの者たちも大きく声を張り上げて、気合を入れていた。灼熱地獄が打って変わって、賑やかな珍道中に代わったのだった。



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