龍の末裔と砂漠の奴隷たち
砂漠の民
無限に広がる大砂漠。四方どこを見渡しても、砂、砂、砂。高低差数十メートルはあろう砂丘が延々と続いて、その頂上へ登らなければ地平線すら見当たらない。砂に足を取られながら、登りと下りを繰り返し、いつも以上に体力を奪われる。やっとのことで砂丘を登り終えたが、そこから見える景色に、オアシスの様なもの見つけられなかった。
「木ぃ一つ生えてないし。これは本格的にやばいかな」
砂漠に一筋の足跡つけていくのは、砂漠の中でも目立つ赤いローブと赤頭巾。頭巾から漏れ出た御髪は真っ白。足には帯を巻いているだけで、いかにも熱そうだが、というより、火傷をしているのではないだろうか。足だけではなく、その他の身なりも、おおよそ砂漠を超えようとしている者のものではない。全身をローブで覆ってはいるものの、荷物は腰に吊るしている直剣と小さめの巾着袋だけだ。肝心の水を入れておく水筒や革袋はどこにもない。いったいどうやってここまで来れたのかさえ不思議だが、彼女の表情は存外明るかった。その薄紅色の瞳は、瞼こそ半開きになっているが光は失っていない。声も、愚痴は少々零しても、枯れていたり精気が感じられないわけじゃない。
彼女の名前はハル。旅人だ。丸く赤いフードとローブのせいで、その姿はテルテル坊主のようだが、こんな砂漠ではむしろ雨が降ってくれないと困る。普段から旅支度なんてまともにしないのが、彼女の旅の流儀だ。単に面倒くさいという理由もあるが、彼女にとっては気にする必要もないことだからだ。
とはいえ、それは暑さによって死にはしないというだけで、暑さを我慢できるというわけではない。
「水くらい・・・手に入れておけばよかったかな・・・。でも、まっすぐ歩けば二日でつけるって言ってたし。たった二日のために、わざわざお金稼ぐなんて」
ハルが今向かっているのは、この大砂漠一体を領土としている強大な軍事国家だ。その情報を手に入れたのが、ついこの間。いや、この間という名の一週間前だ。つまり、もう七日も砂漠を進んでいることになる。それだのに、
「なんでつかないのよ~」
ハルのそんな無常な叫びを聞く者はいなかった。きっと彼女は、このまま死ぬに死ねないまま、砂漠の中心で生きた屍と化すのだろう。
ついにハルは、熱砂の大地に膝を折り、その地面に倒れてしまった。
「ああ。砂漠の神様。どうかお水をお恵みください。こんな哀れな私にお慈悲を・・・」
とかなんとか、いろいろ言う気力はあるのだが、歩く気力はとっくの昔に枯れ果ててしまったようだ。その時、地中が妙な地響きを立て始めた。砂の大地だからこそ、その震動はもろにハルの体に伝わってくる。
「何?地震?こんな砂漠で?」
慌てて起き上がってみるも、地響きはどんどん大きく鳴り、まともに立つことも難しいほど砂の地面が揺れ始めた。やがて砂の一部に小さなくぼみが生まれたかと思うと、瞬く間にそのくぼみに砂が流れ込んでいく。ただの地震でこんなことは起きない。それに地響きが大きくなるごとに、周囲の砂がぼこぼこと膨らみ始めた。
ハルは、急いで、その場から離れることにした。いや、離れるという速度では間に合わない。全力で砂を蹴り上げ、真下から迫り来ていた生き物の気配から跳び退った。その瞬間、地面から無数の牙が飛び出したかと思うと、それに続き芋虫の様な巨大な昆虫が姿を現した。
「虫?ワーム?どちらにしても気持ち悪い」
ワーム型の昆虫は、頭と思われる部位に無数の牙を有し、まるで巨木の様な胴体を上下にうねらせていた。飛びだしてきたおかげで、砂が舞い上がり、口の中に僅かに入ってしまった。元気な時であれば、こんな虫と相対しても訳ないのだが、生憎暑さと水飢えに苦しめられているところだ。いや、気力の問題なのだが、案外馬鹿に出来ないくらい疲れているのだ。
昆虫は威嚇するように顎を広げているが、すぐにこちらを襲っては来なかった。その代わり、砂に埋まったままの体で何かをしているようだった。よくない予感を感じたハルはさらに昆虫から後ずさった。しかし、時すでに昆虫の周囲に流砂が出来始めていた。
「ちっ。虫なんかに喰われるのはごめんよ!」
剣を抜き、少しでも時間を稼ごうと流れる砂に突き刺してぶら下がった。深々と刺しても、完全に踏みとどまれるわけではないが、バランスを取ることは出来る。そうして、空いた手で反撃するしかない。
ハルは体内から有り余る魔力を呼び起こす。力を左手に集中させると、腕から眩い火花が散りばめられる。火花はやがて、無数の光に変わると、ある時を境に光は炎へと変わる。瞬く間にハルの腕は火に包まれていた。
「虫には、炎。黒焦げになっちゃいなよ!」
握られた拳を開くと、腕に纏っていた火が、渦を巻いて昆虫に放たれた。炎の渦は、昆虫の胴体へ向かった。だが、昆虫は気味悪い泣き声を上げたものの、その体に火が移ることはなかった。
「うぇー、燃えないの?」
どうやら、昆虫の体表面は、硬い甲殻で覆われており、生半可な火力では焼ききることはできないだろう。おかげで何か気に障ったのか、昆虫は激しく暴れ出し、流砂の勢いが早まってしまった。
だが、暴れていた昆虫は、突然糸が切れた人形のように動かなくなった。そして、どういうわけか頭部からなにか紫色の液体を垂らし始めたのだ。何があったのかぼーっとしていると、一輪の投げ輪がハルに向かって飛んできた。
「捕まれ!」
人の声に、ハルはすぐさま反応し投げ輪を掴んだ。投げ輪には丈夫そうな縄がつながっており、縄はすごい勢いで引き上げられていった。流砂から上げられる途中、何が起きたのかを理解した。
巨大な銛のような大槍が昆虫の後頭部を突き刺していたのだ。槍は、どう見ても人間が投げられるものではない。太さも長さも。それを投げた主は、すぐにわかった。
「大丈夫か、人間よ」
綺麗なテノールの声を発しているのは。人間ではなかった。全身が赤黒い鱗に覆われており、蛇のような細い瞳孔を持っている。後頭部には小さな角があり、腰の下からは大きな尾が伸びていた。
「こんなところにお前のような小娘がいるとは、面白いものだ」
明らかに人間の胴体とは思えない、筋肉質な体つき。トカゲのような頭部。二足歩行というだけで、彼らを人間と呼ぶにはあまりにもかけ離れている。誰もが彼らを、怪獣、などと呼ぶだろう。
「ふむ。蛇人を見るのは初めてか?娘よ」
引き上げられてから、その人をずっと見つめてしまっていたようだ。蛇人、情報の通りだった。砂漠を縄張りとする種族だ。
「この出会いは、天の采配かしらね」
「んー?なんの話だ?」
「いえ、別に。助けてくれてありがとう。もう少しで虫の胃袋に収まっているところだったわ」
「はーっはっは。流砂に足を取られていたのに、ずいぶん落ち着いているな。人間にしては、なかなか肝の据わった娘だ」
彼の後ろにはラクダのような四足歩行の生物がずらりと並んでおり、更に同じ蛇人が数人。ラクダに乗る人間が数人集っていた。
「ギンディル様。東に砂煙が見えます」
「そうか。では参ろう。娘よ、我らの隊列に加わるがよい」
「え?」
「我は今、狩りの最中でな。手が空いておらん。ムンファ。この娘をアプケロの背に乗せよ。しっかり、護衛するのだぞ」
「お任せください」
ムンファと呼ばれたのは中年の人間だった。彼に手を貸してもらい、アプケロというラクダの背に這い上った。
「行くぞ!戦士たちよ。得物はまだまだ足りぬぞ!」
ギンディルの猛々しい叫びに他の蛇人たちも声を張り上げ、それぞれの武器を天へと掲げたいた。何が何だかわからないまま、ハルはアプケロの背に乗ったまま、軍団の行進についていくことになったのだった。
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