事情聴取
ケルザレムの労働所を抜けて、ようやく中心街へと入ったところ、警備兵らしい剣先の無い棒状の武器を持った者たちに止められ、ハルとヒストリアは、足止めを食うことになった。さらに、どういうわけか、ヒストリアは詰所の奥に呼ばれてしまったのだ。
ハルは、詰所の外で待っていたのだが、どれだけ待っても、教え子は戻ってこなかったのだ。
「さて、何もしてないはずなんだけどな。どうしようか?」
ヒストリアは個室に押し込まれてから、かなりの時間ぼうっとしていた。何も悪いことはしていないはずだし、犯罪だって犯した覚えはない。そもそもケルザレムの玄関口で、入国審査は滞りなく行われたはずだ。
ハルとも離ればなれになってしまい、不安もあるのだが、それよりも、今は空腹の方が優っていたのだ。ケルザレムへ付けば、たくさん食べ物にありつけると思っていたのだが、こんな所に押し込められて、ついに思考を放棄したのだ。
「お腹空いたなぁ・・・」
そう呟いても、それを聞きいれてくれる人はいない。せめて、御茶菓子くらい出てきてもいいんじゃないか、と思わなくもない。しかし、ヒストリアの願望を裏切って、個室に現れたのは、御茶菓子ではなく、眼鏡をかけた青年だった。
「お待たせしました」
彼はそう言って、ヒストリアの向かい座り、いそいそと手に持っていた大量の資料を机に並べた。
「では、話をさせていただきますね?」
「・・・はい?」
青年は、自分が何者なのかも名乗らずに資料について解説し始めた。
(何?この人・・・)
あまりこういった経験はないのだが、嫌な大人の空気をヒストリアは感じ取っていた。顔立ちからして大人と言う感じもしないけど、背丈があるから、自分よりはかなり年上の男だろう。
だた、なんというか、しゃべり方がぎこちなくて、こちらが聞いているかどうかなんておかまいなしだ。自分語りをしているように、早口でペラペラしゃべるもんだから、ヒストリアは相槌を挟む間もなかった。
「ということです?」
「は?」
どういうことですか?と聞きたくもあるが、今は自分がいら立っているということを知ってもらうのが先だろう。ヒストリアは、怒気を含んだ声で、嫌そうに青年を見た。
「理解、してもらえたでしょうか?」
「できると思ってます?」
「えっ、だって。・・・一応わかりやすく解説したはずなんだけど・・・」
違う、そうじゃない、と言っても、彼はわからないのだろうか?まるで他人と話をしたことが無いような。こちらの意思を無視してくる異様な態度だ。
「いくつか質問していいですか?」
「もちろん、なんでも聞いてくれ」
「・・・あなたは誰ですか?」
「えっ?」
一応驚いたような反応は見せたが、青年は顎に手を当てて、なぜか考え込み始めた。それをみたヒストリアは、相手が常識の通じない相手だとわかってしまった。こういう相手には、何を言っても無駄なのだ。
「帰っていいですか?」
「ちょ、まってくれ。すまない。いつもの感じでやってしまって」
いつもの感じ?ということは、この男はどんな相手でも、このような態度をとるということか。さぞ友人が少ないことだろう。学生時代の自分よりも酷い有様だ。もっともヒストリアの大学時の交友関係も、褒められたものではなかったから、人のことは言えないかもしれない。
「あ~えっと、僕の名前は、ヘイ、モアだ」
「・・・じゃあモアさん。あなたはどうして私を呼んだの・・・」
「へ、ヘイ・モアじゃない!ヘイモアだ」
どもっていたのか。どもり方も、変な感じがしたけれど、どれだけ人と接するのが苦手なのだろうか。
「そう、ですか。ヘイモアさん、私は何も聞かされないまま、ここへ連れてこられたんです。だから、まずはその説明をしていただけないですか?」
「あーそ、そう、だね。うん、ごめんよ。人と話をするのは、苦手でね」
うつむきがちで弱弱しい声。情けない姿ではあるが、口にするのは躊躇われた。
「じゃ、じゃあ改めて。僕の名はヘイモア。このケルザレムの東区ネクサス労働所の監視を任されている。えっと、ネビルっていう身分だよ」
「・・・それで?」
「そ、それで、僕は、ケルザレムの貴族から、ネクサスの研究を任されているんだけど、実をいうと、君が今までにない程の素材だったから、手を貸してもらえないかなって。それで、ここに呼び出したんだ」
なるほど。想像していた通りの返答だ。この国へ来る前に、獣人の少女たちに話を聞いていなければ、何の話か分からなかっただろうが。
私も先生も、何の警戒もせずに、この国へ来たわけじゃない。コルクたちの話をもとに、私と先生がこの国でやるべきことを明確にしてきたのだ。
一つ、食料の確保。これは最優先であり、難しいことではない。私たちは旅人だ。異国で食べ物にありつけない理由などない。変に素行に走らなければ、ごく普通の観光客としていられるはずだ。
二つ、コルクたちの仲間、もとい保護者的な人物、ロイスを探すこと。コルクたちは彼女に連れられてケルザレムから逃走した。しかし、準備不足により、彼女はコルクたちを置いて、この国へ戻ってきている。食料を手に入れるか、あるいは奪うことで、彼女の目的は達成されるはずだ。しかし、それが叶っていないとなると、何らかの問題が起きていると言っていいだろう。この問題の優先度はそれほど高くはない。国の外の臨時の隠れ家で、コルクたちに食料を持っていくことの方が大事だ。あの子たちは、自分たちの面倒を見れるほどの子たちじゃない。
三つ。ケルザレムの内情を探ること。先生の見立てにより、コルクたち、ネクサスが黒く染まっている可能性を見出した。それも、自然に染まってしまったのではなく、人為的にだ。
私からすれば、黒く染まっている、がどういうことを指すのかわからないため、目に見えて確認することが出来ない。だから、これに関してはほとんど先生頼みだ。だが、情報を集めることはできる。現に、ネクサスの労働所を通った時に、先生から彼らのほとんどが、染まっていることを確認した。そして今、私はその管理を任されているネビル、それもネクサスの研究を任されている人物に接触できた。これはまたとない好機だろう。
(ここで私がすべきことは、こちらの情報を出さずに、彼から情報を引き出すこと・・・)
はじめは呼び出されて何事かと思ったが、うまくいけばそう言うことが出来るということだ。
私は、潜入とか、交渉の駆け引きが出来るような能力はない。それでも自分の命に関係することとなれば、不思議と頑張ろうと思える。実感こそ湧いていないものの、何もなければ、私はこの呪いに飲み込まれるのだから。・・・先生が言ってるだけだけど・・・。
とにかく!このヘイモアという男性から、話を引き出さなければ。黒く染まるとはなんなのか?どうやったら黒く染まるのか?黒く染まるとどうなるのか。それを知らなければならない。
「手を貸すと言っても、私は何をすればいいんですか?」
「え?あー、そう、だね。具体的に言うと・・・」
そう聞くと、ヘイモアは声を小さくして、ぼそぼそとしゃべり始めた。会話として聞き取ることが出来ないくらい、声量も発音も曖昧で聞き取ることが出来なかった。
この奥手な人を相手に、どれほど情報を引き出せるか。客観的にみて、難しいとは思わないけど、相手が自分よりも大人であることを考えれば、油断はできないだろう。
少し前に、先生に対して言った言葉を思い出した。自分はなにも出来ない子供だと、そう宣言して共に歩むことを懇願した。あれはまさしく、自分が無知で無力であることの証明だ。
私はこれから、多くの学んでいかなければいけない。それは、黒く染まることについて、だけではない。人として生きていくために、精神的な成長が必要なんだ。
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