恐れているもの

ムンバイに聞こえないように、ミコは淡々と問いてきた。


「あなたも火の神の所縁ある方なのですよね?でなければ、この村の有様は説明がつきません。この極寒の地で、これだけの劫火を生み出せる人間。恐ろしいほどの魔法の使い手です」


まるで見てきたかのような言い方だ。ハルが、この村を焼いたところを見ていたかのような。


「いきなりだね。私がこの村を滅ぼしたって言いたいの?」

「違いますか?」

「・・・はじめから、私を疑ってたよね」


ミコもハルも、平静のままだった。決して、怒りを露にすることもなく、互いを警戒をするでもなく、じっと見つめ合ったまま、腹の内を探っているように。


「この村以外に、周囲に人間が暮らしている場所はありません。そして、このような地に、人間が訪れることもありません。あなた以外に、この所業を成し得る方はおりませんから」


ミコの言い分は理に適っている。これは、このまましらばっくれるのは難しいだろう。


「そうだね、ミコの言う通りだよ。私がこの村をやった」


ハルは、表情一つ変えずにそう答えた。それに対してミコも、大して驚いたような様子を見せることはなかった。

問題は、ミコがどういう対応を取るかだ。さらっと流されているが、ハルは村人全て殺めている。独善心からハルの行いを裁こうというのであれば、今すぐにでもハルは逃げるべきだろう。ミコはともかく、ムンバイを相手にするのは骨が折れる。勝てる勝てないの話ではなく、不必要な殺しをしないためだ。ハルは二人を殺すつもりはない。


「警戒するのも当然か。これだけのことをやったんだものね」

「否定はしないのですね?」

「状況証拠が揃ってちゃね。別に隠したところで気まずくなるだけでしょ?・・・ミコが、私がした行為にとやかく言わないっていうなら、私も相応の誠意は見せるつもりだよ」


言い方がやや脅しのようだが、事実を言っているまで。こうなった以上、ハルも遠慮をするつもりはなかった。


「認めてくださるだけで結構です。わたくしたちの目的は、死者の埋葬ですから。殺人にとやかく言う気もありませんので」

「ムンバイは?お兄さんに知られたくないから、あえて二人きりの時に問いただしたんでしょう?」

「兄は、・・・気にも留めないでしょう。もともと、人間の方たちとも、ほとんど関係を持たない人ですから。今回の御役目も、思い入れがあるだけで、村人たちへの同情はないでしょう」

「ふーん」


ミコの腹の内が、ハルには読めなかった。はじめは村を焼いたことを問い詰めてくるのかと思ったけれど、彼女らは雪食いだ。異種族を弔うことはしても、敵討ちなんて言うことはしないのだろう。

ただ、一つ分かったのは、ミコがムンバイの元へ訪れたのは、当人が言うような、妹が兄に会いたくなったからではない。この雪原にハルが現れ、その存在を確かめるためだ。

ハルが村を焼いたことで、彼女の中に何らかの確信があって、接触してきたのだ。ミコは、火の神の所縁ある者と言っていた。


「ハルさん。あなたは、この村に住んでいた人間の方々のことを知っているのですね?」

「そうだね。・・・火の神を主神とする少数民族の生き残り、でしょ?」

「・・・その通りです」


全てを語ると、ハルは、この村でムンバイ達、雪食いの住処やある程度の情報を仕入れていた。しかし、ハルの本当の目的は、雪食いたちだけではなく、この村に住む思想についてだった。


「火の神が世界にその姿を現したのは、今から1000年以上も前だって言われてる。人類が文明を築く前から、ずっと世界に現存していた。けれど、700年前。火の神の治世は忽然と消えることになり、のちに新たに火の神を継ぐ存在が現れ、先の火の神を信仰していた人々は、各地に姿を消してしまった、と言われている。そういう話を、私は旅をしている間に、人伝で聞いていた。この村の人々がその生き残りだとは思わなかったけどね」


村人たちと話をしているうちに、彼らについての情報も自ずと聞くことが出来た。


「この村の方々は、先の火の神を信仰する一派でした。しかし、わたくしたちとは決して相容れることはありません」

「同じ火の神でも、信仰する神が違うって言いたいんでしょう?」

「はい。彼らの信じる主は、もうおりませんから」


長い年月を経て、人々が知らぬ間に信仰する対象が変わっていることはよくあることだ。そもそも神とは、超自然的な目に見えない存在ではなく、圧倒的な力を持った存在を崇めているに過ぎない。この世界の宗教はそういったものだ。


「わたくしたちが崇める火の神は、700年前に突如として歴史の表舞台に現れた存在。破壊と傲慢の権化と呼ばれ、人智を超えた力を有し、先の火の神を打倒した。わたくしたち雪食いは、もともと先の火の神を崇める種族でしたが、その時に新たな神へと鞍替えをしたと言われています」

「じゃあ、あなた達は、かつての火の神が倒されたことをしっていたんだ?」

「そのあたりのことは、詳しく伝えられていません。700年も昔のことですから。ですが、新たに誕生した火の神は寛大で、先の火の神の眷属であった雪食いを滅ぼすことはせず、この、霊火の魔法を授けてくださったそうです」


本来雪食いにとって火は天敵。雪を溶かすだけでなく、氷点下の体温を持つ彼らにとっては、近づくだけで命に係わるものだ。そんな雪食いたちに、決して熱を放たない火の力を授けた。火の神にしてみれば、雪食いたちを祝福したのも同義。神からの祝福は、神の加護を得たと言っても過言ではない。


「我らが主、火の神アカハネ。彼の者に従う勢力は、そう多くはないと言われています。しかし、先の火の神の眷属やその信奉者は、行き場を失われ、時に故郷を追い出され、暗く険しい運命を背負わされました。神が取って代わることは、数多の生命に影響を及ぼすものです。この村に住んでいた方々も、先の火の神を信奉していた民族。同じ神を信仰していた身としては、同情してしまいます。彼らはアカハネを恨んでいたでしょうから」

「・・・ミコたちは違うの?」

「少なくとも、わたくしや、共に住んでいる雪食いの仲間たちには、そういった思いはないと思います」

「じゃあ、・・・ムンバイは?」


ハルが聞くと、ミコは黙ってしまった。薄々気づいてはいたが、ムンバイは雪食いの中でも、相当な異端児なのだろう。

ムンバイは、火の神が嫌いだと言っていた。火が嫌いだと言っていた。火を扱う者や、雪を雪でなくさせる存在が嫌いだと言っていた。それは、もはや火の神の信仰とは懸け離れた、彼の独自の思想だ。たった一人、故郷と仲間たちから離れて暮らし、孤独に絶望することもなく導き出した答えがそれなのだとしたら、彼をそうさせた原因は、どこにあるのだろう?


「おーい。何してる。死体を運び出すぞ」


組み木を終えたムンバイが、大声で二人に呼びかけた。そんな兄を見て、ミコは苦笑いを浮かべて、何も言わずにハルの横を通っていった。


「すぐにわかります。兄が何を恐れているのか」

「・・・?」


そう言って彼女も、葬送の手伝いを始めたのだった。


仲睦まじい、とまではいかないが、共同作業をしている兄妹は、どこか楽しそうだった。それを見てハルは、ふっと小さな笑みを零していた。


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