心を奪う火の陰り
組み木を前に、数多の遺体が並べられ、その上にムンバイとミコは、雪をかぶせていた。
「どうして雪をかぶせるの?」
「これも習わしだ」
「ムンバイ。ハルさんはそう言うことじゃなくて、その理由を聞きたいのだと思いますよ?」
いちいちフォローを入れられることが気に入らないのか、ムンバイはミコを少し睨んでから、言葉を選んでいた。
「肉が焼ける姿を晒さないためだ」
「人間だろうと、わたくしたち雪食いであろうと、肉体を晒すことには羞恥心があるものです。そういった尊厳を守るために、埋葬の際はこうして雪や枯れ葉などを被せて葬送するんです」
確かに、風習でなくとも、人間だって棺を用意するものだ。そういったものに、特に意味はないし、何なら葬儀や埋葬だって、それは亡くなった者たちのためではなく、残された人々のために行う行為だ。それもまた、火の神の教えなのだろうか?
こうしてみると、彼らはとても忠実に教えを守っているのだと思わされる。火の教えを知らないハルには、教えの意義や守る義務も理解できないものだ。
「こんなもんだろう」
全ての準備が終わったらしく、ムンバイは持ってきていた槍を大きく空へ掲げた。
「二人とも下がっていろ」
「ハルさんは、こちらに」
ミコに連れられるままに、組み木と遺体の陣から離れると、ムンバイが掲げた槍先から、青白い霊火の炎が噴き出した。空へ舞い上がった火の粉は、まるで雪が降るかのようにゆっくりと白雪に交じって組み木に落ち、かつて民家の支柱であったそれらは勢いよく燃えだした。
「不思議な火。熱を放たないのに、こうして木を燃やしたりできるなんて」
「霊火の魔法で生み出された炎は、火の性質を持ちながら、火とは全く異なるものです」
火の本来の性質。物を燃やす、温める、有機物を炭化させるといった、それらの性質はそのままに。しかし、決して熱を放つことはなく、周囲の雪を溶かしたりもしない。まさに魔法の力だ。
「ハルさん。あなたはどうして、この村の方々を根絶やしにしたのですか?」
「何でそんなことを聞くの?」
「あなたも同じ、アカハネの眷属の方ではないのですか?ここの村人たちは、先の火の神、フルウバを今でも信じて暮らしていました。そんな彼らを、あなたが殺めたというのであれば、あなたはアカハネに代わって異教徒を裁いたことになります。それは、例えどのようなものであろうと、許されざる行為です」
「・・・そうだね」
「わたくしは、その行為自体を咎めることはできません。ですが、わたくし個人としては、理解できない行動で、理由を聞きたくなったのです」
ミコは、本当に信者としての自分を客観視している。信徒は神ではない。信徒に異教徒を裁く権利はない。異教徒を裁けるのは神の行いのみ。そういう規範のようなものがあるのだろう。しかし、それらも含めてハルには理解できないことだ。何せハルは・・・。
「理由はすごく個人的なものだよ。この村の人々は、黒く染まり過ぎた」
「うん?」
「・・・私はね、ミコ。アカハネの眷属なんかじゃないよ。だから、ミコの言う異教徒を裁くだとか、許されざる行為だとか、そう言うのはわからない。意味は理解できるよ?でも、それは私には関係の無い事だ」
「・・・あなたはいったい?」
ミコは、アカハネの教えの忠実なる信徒だ。その固定観念を持つ者に、何を言っても無駄なことだ。
宗教とは、神が作るものじゃない。人が創るものだ。神とは偶像であって、人が創りだした象徴に過ぎない。そして、重要なのは神に従うかどうかじゃない。教えを守れるかどうかだ。仮に神が姿形のある、実在する存在だったとしても、その神がどのような思想を持っていたとしても、それは、人にとってあまり重要なことじゃない。
「私からすれば、この村の人たちはね、やりすぎたんだよ。だから、道を踏み外す前に、終わらせてあげたの。あげたって言っても、村人たちのためじゃないよ?私は、そうすべきだと思うから、そうしたの」
ハルは、らしくない表情を浮かべていた。まるで哀れんでいるような、それでも笑っているようにも見える。ムンバイが起こした霊火の炎を、その瞳に映しながら、燃え上がっていく炎を見上げながら。
霊火は燻っていた村全体へ広がっていき、陣に並べられた村人たちの遺体を焼いていく。熱を放たないからか、焼け焦げる匂いもせず、煙が立つこともない。それでも日が沈むころには、雪の中から燃え尽きたであろう亡骸の灰が姿を現した。
霊火の炎は、村をしばらく焼き続けていた。その様子を、ハルとミコは、村から離れたと所で、じっと眺めていた。
「ここでいいの?ムンバイは、火の中心で何かしてるけど」
ハルの言う通り、ムンバイは、未だ組み木のあたりで、雪の上に座っている。当然、彼自身にも火が付いている。彼の体はどうしてか燃え尽きない。もっとも、ハルからしてみれば、馴染みある光景だから、不思議に思ったりはしない。
「埋葬の御役目は、既に終えています。あれは、兄が好んでしていることです」
ここからでは、彼の表情は見えない。じっと座り込んで、霊火を見ているように見える。だけどそれだけだ。何をするでもなく、ただじっと火に焼かれ続けている。
さんざん火が嫌いだと言っていたわりに、実際に火を目の当たりにしても、たいした反応は見せないとなると、ますます彼のことがわからなくなる。
「火が嫌いなようには見えないね。それとも、霊火だから話は別ってこと?」
「どうでしょう。わたくしも、詳しく本人から聞いたことはありません。ですが、一つ言えることは・・・。」
ミコはもう一度、自分の手に霊火を灯して見せた。
「兄は、火に、魅了されているんだと思います」
「魅了・・・」
「昔、同じように埋葬の御役目を、兄としたことがあります。当時すでに、兄はわたくしたちの元を離れて暮らしていましたが、その時見た、兄が炎を見つめる瞳は、まるで子供のようにキラキラと輝いて見えました」
「火が嫌いなのに?」
「・・・これも、火の神の眷属の定めなのかもしれません」
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