グレイなんたら
武器を手にしたムンバイに、ハルはついてきていた。
グレイなんたらがどんな生物なのか、気になったのだ。ムンバイの、雪食いの天敵ということは、雪を溶かしてしまう生物だろうか?
「ハル。危ないぞ」
「大丈夫。私、こう見えて結構強いのよ?」
ムンバイの足取りはとても速かった。当然と言えば当然だけど、3メートルを超えるような巨漢の駆け足は、人の身で追いつくのはなかなか難しい。ハルは、結構本気で駆けなければついていくのが大変だった。
雪原まで戻ってくると、ムンバイは足を止め、空中に耳を澄ませていた。ハルの耳には何も聞こえない。風が吹き荒れる音だけだ。
ウオォォォォォン!!
再び大きな咆哮が轟いた。距離はかなり近い。だが、だだっ広い雪原にそれらしい獣の姿は見当たらない。ハルも周囲の気配に気を配り、その正体を探ろうとした。
相手が生物である以上、魔力を発している可能性がある。生憎ハルは、魔力を感じ取る才能などありはしないのだが、疑似的に魔力を探知する方法は知っていた。
自身の体から全方位に魔力だけを放つのだ。するとどうなるか。魔力が他の魔力にぶつかると、何らかのノイズの様な、不可思議な現象が起こるのだ。現象と言っても、互いの魔力の性質によって、静電気が起きたり、破裂音がしたりと、事象は様々なのだが、要はオカルト染みたことが起こるということだ。
それで実際にどこに何がいるかなどを観測するのは難しいが、どのあたりにいるかの憶測は立てられる。ハルにできるのはそれが精いっぱいだが、ハルにとっては、それだけで十分だ。
「見つけた」
小さくつぶやくと、ハルは刀を抜きはなち、魔力の衝突によって、蜃気楼にように空気が歪んだ方へと駆けだした。
それと同時に、相手の方も隠れることをやめたのか。積もり積もった雪の中から、変な見た目の狼が現れた。
「そいつだ!」
後方でムンバイが叫んだ。ハルもその姿をしっかりととらえることが出来た。
四足歩行にしては胴体がやたら長い。それでいて、手足の関節が一つ多い。ヌンチャクの様な手足で器用にバランスを取りながら、ハルへ向かって飛び掛かってきた。
頭部は狼だが、狼男と言った方がいいかもしれない。グレイなんたらは後ろ足で器用に立ち上がると、熊が威嚇するように腕を上げて、そのまま爪で攻撃をしてきた。
「わぉ。おっかないね。」
爪攻撃はとてつもなく素早い攻撃だったが、所詮は獣だ。
「ハル!しゃがめ!」
そんな中、後方からムンバイが再び大きな声が響いた。言われた通り、攻撃をいなした瞬間、倒れるようにかがむと、ムンバイがとんでもない速度で愛用の槍をグレイなんたらへ投げ込んだ。見事に奴の左肩に的中したものの、グレイなんたらは血しぶきをまき散らしながら、再び威嚇してきた。
グレイなんたらの大きな口が開かれると、口内から冷気の様なものが吐き出された。
「そいつに触れるな!」
冷気に触れる瞬間にハルは、雪の中から足を引っこ抜き、後方へ回避した。冷気はかなりの速度で雪の上を迫ってきたが、そこへムンバイが割って入ってきた。
彼はその大きな拳を力任せに雪へ叩きつけると、辺り一帯の雪が舞い上がり、冷気もそれに伴って防がれた。
「大丈夫か!ハル」
「ええ。大丈夫。ありがとう。・・・それで、あれはなに?」
ムンバイの前には、氷の壁が出来ていてた。舞い上がった雪が、氷壁に代わっていたのだ。舞い上がった雪だけでなく、雪の上を張っていた冷気は、雪原を氷の絨毯へと変えていた。雪が氷になったと言うと、一旦雪が解けた後に、再び凍結したのだと推測できる。だけど、周囲には雪が解けた形跡などいっさいありはしなかった。
「まさか、魔法?」
「奴の能力だ。あいつらは雪を氷に変える」
ムンバイ達は、魔法をというものを知らないのかもしれないが、間違いなく魔法の類の力だろう。雪を氷に変える魔法なんて、限定的過ぎて使いみちはなさそうだが、この地域で使用に困ることは無いし、確かに雪食いにとっては天敵と呼べる相手かもしれない。
ムンバイは、氷の壁を拳で叩き割ると、眼前でもがいているグレイなんたらへ睨みを効かせた。グレイなんたらは左肩を貫通した槍を抜こうと必死に体をねじっていたが、奴の手は物を掴んで器用に抜いたりできるような構造ではない。あれは致命傷だろう。
グレイなんたらは自身の体に刺さった槍に気を取られて、ムンバイの急接近に対応できていなかった。
ムンバイは奴の体に組み付くと、刺さった槍を掴んで、抉るように抜きはらった。甲高い悲鳴のような声を上げながら、グレイなんたらは血しぶきを上げる。反撃と言わんばかりに大口空けて、冷気を吐き出したのだが、ムンバイは即座に反応し、それを回避していた。
グレイなんたらがムンバイにくぎ付けになっているところへ、ハルは雪を蹴り上げ側面から急接近した。体制が崩れた所へ、雪を引きずりながら刀を下段に構え、雪を巻き上げるように斜めに切り払った。
切り口から飛び出たのは、赤い鮮血ではなく、やや紫がかった泥の様な血しぶきだった。ハルは返り血を交わし、即座に刀を翻して、首と思われる部位を、横一線に薙ぎ払った。
(・・・浅い。というより、固い・・・)
首からの出血は、ほとんど起きなかった。刀から伝わってくる感触は人の肉を切り裂いた時とは全く異なっていたため、筋肉の質が違うのだろう。だけど、致命傷にならなかっただけで、相手には相当な傷になったはずだ。
「うぉぉぉ!」
すかさずムンバイが迫り、その槍先を器用に使って、グレイなんたらの腹を切り裂いた。ぼたぼたと白い雪に、生暖かい紫の血が落ちて溶けていく。出血量は十分だろう。グレイなんたらは、そのまま反撃も出来ずに、深雪の中へ倒れこんだ。
倒れた後も、体が痙攣する様に動いていたが、ムンバイが槍で脳天を貫き、完全に動かなくなった。
「ハル。怪我は無いか?」
「ええ。大丈夫よ。ありがとう」
動かなくなった獲物を、ハルもまじかで見た。グレイなんたら、見た目は狼男にそっくりだ。頭部からふさふさの毛が伸びている。肌は獣っぽくて、人のものとは懸け離れている。体躯はハルよりは大きいが、せいぜい2メートルと言ったところだろう。
「これが、グレイなんたら?」
「そうだ。雪を氷に変える、俺たちの天敵だ。時々、俺の家の周りにやってくるから、こうして仕留めている」
「これ、どうするの?」
「ん?・・・死体をか?どうもしない。他の獣が食らうだろう?こいつらに墓をくれてやるようなことはしない」
ムンバイはそう言って、踵を返してしまった。そんな彼の姿に、ハルは危うさを感じていた。
ムンバイは、敵を作り過ぎている。いくら食料である雪を氷に変えられるからと言って、彼の生活が脅かされることはありえないだろう。仮に、この雪原全てを氷の大陸に変えてしまう程のグレイなんたらが群れていたら、それはもう、雪食いの危機だけでは済まない。この地に住む全ての生物にとっての脅威になる。ムンバイの言う、天敵、はあまりにも極端すぎる結論だ。そもそも、このグレイなんたらが、積極的に雪を氷に変えているわけでもないだろうに。
ムンバイは、グレイなんたらの死体を見向きもせず、帰ろうとしたが、せめて、ハルはその遺体に小さな祈り捧げることにした。
「ごめんね。安らかに眠ってね」
襲われたとはいえ、無益な殺しをしてしまったと、ハルは感じていた。だからこそ、もっと知らなければならない。雪食いとは、いや、ムンバイが何を恐れているのかを。
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