生まれた意味を問う

生まれた時から、何らかの運命を背負っているのだと思っていた。父親は国王。その娘が、平凡な人生を送れるはずがないと、幼いころからわかっていた。ただ、父は、忙しい中でも、子供である自分の相手をしてくれた。魔法大学へ入れたのも、全部私が望んだものだった。そうやって、決して王女として相応しくない生活を送っていても、父は咎めたりしなかった。むしろ、自由に生きる私をみて、父は喜んでくれていると、そう思っていた。


「これが、あなたが生まれた経緯。あなたがなぜを呪いを受け継いだのか。なぜ、アールラントと同じ姿をした廃都があるのか。これだけ話せばわかるでしょう?」


「国も、人も、全部・・・。お母さんが?」


信じられない話だった。ハルが行った魂を使って、自分を無理やり生まさせるということだって。それを全て魔法という術によって成したのなら、それ自体も疑わしい話だ。


「そんなの、・・・信じられない。」


「別に信じなくたっていい。現実から目を背けたくなる気持ちもわかる。だけど、事実は変わらない。あなたはお母さんから呪いを受け継ぎ、それに蝕まれている。」


多くのことがつながった。昨日、殺めた人たちはきっと、かつてこの都市に住んでいた人たち。アールラント人のなれの果てか、母が生み出した人々のなりそこないか。そういった者達なのだろう。


「私が、育ったあの国は、・・・」


「あの国で生きている人たちは間違いなく人間だった。だけど、完全な人間とは呼べない。実際に彼らが生きていた時間はあなたと同じなのだから。それなのに、彼らは知らない。覚えていない。自分たちの国が滅ぼされていた事も。自分は生まれてから、ずっとそこで生きてきたかのようにふるまっていた。唯一この事実を知っていたのは、国王と数人の側近だけよ。」


「だから父は、私を遠ざけたんですか?お使いだなんていう、嘘までついて。」


「そうね。けど、決してあなたを厄介払いしたわけじゃない。あの男は、全てを知っていて、自分にできることを考えていたわ。術者である、貴方のお母さんが、完全に消えた今、あの国はもう、どこにも存在しない。」


「えっ。」


「魔力が離散して、人も建物も全部霧散してると思う。そうでなくとも、あと一週間もすれば消える運命だった。それくらい不安定な状態だったからね。奇跡はいつまでも続かないのよ。」


ヒストリアは、うつむいたまま、涙を流すこともなく、じっと掘っ立て小屋の床を見つめていた。そうやっていれば耐えられるのであれば、大したものだ。15の少女が聞いて受け止められる様な問題じゃない。いや、子供だろうと大人だろうと、人間であれば発狂してもおかしくはないだろう。それくらい、彼女の母親の成し得たことはイカレている。


「じゃあ、別れる時のお父さんの態度が変だったのも・・・。」


「あの男の考えはわからない。あなたに情はあったみたいだけど、私から見れば、親であることを放棄しているようにも見えたかな。」


いずれ消えてなくなること知っていてなお、15歳までヒストリアを育てたのは、一体どんな心境だっただろう。彼自身も、生まれるはずのなかった命だ。そして、ヒストリアも、親の愛によって生まれさせられたと思ってもしょうがないだろう。


「あなたは全部、親という生き物の無償の愛によって成された、まさに奇跡の存在。これが、私の知る全てだよ。」


「・・・。」


ヒストリアは、全てを納得したわけじゃない。理解が出来たとしても、納得できるような話ではない。一人立ち上がり、何も言わずに掘っ立て小屋を出ていった。


運命なんて・・・。それを恨むのは簡単な話だ。恨んだところで、何かが解決するわけでもない。全ては自分の気持ちの問題だ。


(私が、・・・気持ちを強く持てばいいだけ。)


始まりの元凶である邪龍とやらを恨めばいい。だが、邪龍はどこにもいない。かつて両親が命懸けで、自らが呪われることも厭わず戦い、撃退した。しかし、自分が生まれる前のことでは、どう受け止めればいいかわからない。ハルの言う、無償の愛にどう向き合えばいいのか。呪いを克服すれば親孝行と呼べるのか。長く生きることが彼らの願いに繋がるのか。全部、全部彼らの自己満足ではないか。知らないところで、子供の人生を勝手に作って、それで死んでさよならでは・・・。


(私が、バカみたいじゃない・・・。)


ヒストリアは一人、廃都の王城へ来ていた。朽ちた都には、すでに亡者は見当たらなかった。昨日、ほとんど葬ってしまったのだろう。ハルは、亡者を殺す人数を言っていなかったが、あの様子なら、ここにどれくらいの人が残っているか、知っていたのだろう。そして、その全てを私に屠らせた。きっと、そのことに意味があったのだ。最後に、玉座に居座るあのバケモノに会わせたのも。


「お母さん・・・。」


――― オオキク  ナッタノネ ―――


あんな姿になってまで、子供を産みたかったのだろうか。最後に彼女が口にした、いや、言葉にはならなかったあの言葉を伝えるために、今日までずっとここで・・・。


玉座の間は、昨日来た時よりやけに明るかった。その証拠に、玉座にはあのバケモノの亡骸さえなかった。ハルが何かしたのだろうか。他人の魂をつかって命を生み出させることが出来る人だ。亡骸をどうにかすることくらいわけないだろう。あの人はどこまでも未知数な存在だ。これから幾度となく驚かされ、多くのことを知るのだろう。死してまで子を産みたかった両親が託したのだ。きっとあの人は、とんでもない人物に違いない。


そうだ、彼女を師と呼べばいい。彼女から学んで、新たな魔法の道を歩めばいい。呪いを解きながら、いろんなことを盗み、学んでいけば、今よりきっと充実した生活ができるようになるかもしれない。


いろんなことを知ったのだ。もう何も怖い物なんてない。なのに、どうしてこんなにも、・・・。


「さようならなんて、誰に向かっていってるのよ。あんなのが最初で最後の、・・・お母さんとのお話だなんて。」


運命なんて・・・。


ヒストリアは一人、日の光に照らされた玉座の前で、声もなく涙を流していた。




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