別れをつげる少女
「ヒストリア、・・・ヒストリア!」
父親の少し大きな声に、娘は大げさに反応した。初対面で他人に魅入られることはよくある。こんな容姿をしているのだ。不思議に思われても仕方がない。だが、同じ見た目の者からそういう反応されるのは初めてだった。もっとも、同じような見た目の者を見るのも、初めてだ。
「どうかしたか?」
「いや、・・・どうって・・・。」
彼女、ヒストリアが困惑するのは当然だろう。この国でどんな暮らしをしてきたかは知らないが、突然親元を離れ、見知らぬ女と二人旅をしろというのだ。ハルが、自分が同じ立場だったら父親を引っ叩くか、罵声を浴びせていただろう。
「彼女がお前を導いてくれる。」
「いや、導くって言われても・・・。」
この男は、・・・それでは何も答えになっていないだろうに。彼のことを良く知っているわけではないが、こんな男が良く娘を育てられたものだ。
「そうじゃなくて、何がどうなってそんなことになったのかを聞いてるんだけど!」
ヒストリアは、年相応に親への犯行を見せた。15歳なら、こんなものだろう。ハルは少しだけ笑顔になった。
「国を出ろって、何か危険なことが起きるの?ちゃんと説明してよ、お父さん。」
これは、長い親子げんかになるだろうと思い、ハルはテーブルに並べてある料理の残りを少しつまんでみた。だいぶ塩気が少ないように感じるが、その分香りの強い油で調理されていて、胃にはかなり重たいがなかなかおいしかった。他にも、野菜を野菜で巻いて焼いた彩りのある料理に、珍しい穀物で焼かれたパンの様なものも食べてみたが、どれも絶品だった。一国の国王がこんな隠し芸を持っているなんて、それを知っているのは国にどれくらいいるだろうか。
一通り味見をした後、未だに何やら言い合っている二人を見て、ハルはため息をついた。
「ねぇ、そろそろいい?」
少しイラついた気の声を出してみたが、ハル以上にイラついているのはヒストリアの方だ。年相応ながらに、眉根を寄せて怒った幼顔がハルを捕えた。
「・・・ちゃんと説明してあげたら?」
父親にそう投げかけると、彼は嫌そうに顔をそむけた。
「そう。なら私がしてあげるわ。」
ハルがそう言うと、ヒストリアの表情はさらに険しくなり、そして父を見た。当の本人は黙って何も言わず、じっと目を閉じていた。
何はともあれ、話をしないことには進まない。それに、彼女の意志に関わらず、私は彼女を連れていくつもりだ。この場所にいても、ヒストリアに未来はないのだから。
「ヒストリア、だったね。貴女には、私と一緒に、隣国へお使いに向かってもらうわ。」
「お、お使い?」
「そう。」
「・・・。」
ヒストリアは訝し気に再び父親を見た。だが彼は答えない。この男も難儀なものだ。最後までその役割を演じる気は無いようだ。
「詳しい話は道中いろいろと聞かせてあげる。だから今は受け入れてもらえる?」
「・・・っ、わかり、ました。」
やんちゃだけど、素直ないい子のようだ。父親への反抗期は誰にだってある。私はしなかったけど・・・。とにかく、ヒストリアは受け入れてくれた。
ヒストリアは、父親に厳しい視線を一瞥してから、学長室を出ていった。残った父親をハルはみた。彼は疲れたような表情で、窓の外を見ていた。
「・・・あなたたちは、どうするの?」
「・・・・・・・どうもしない。私たちはもう終わりなのだ。私は、私たちを生み出した彼女の母親に、恨み言を言ってやりたい気分だが、そんなものに意味はない。私は、最後まであの子の父親でいよう。」
「・・・・・・そう。」
ハルは、学長室を黙って出ていった。ヒストリアが出ていった扉ではなく、窓からだ。一応ここは大学ということになっているから、他の子供たちと出くわすのが面倒だったのだ。
窓のふちを蹴り上げると、ハルの体は自由落下することもなく、不自然に浮遊した。赤いローブが、まるで翼のように羽ばたいていて、ハルはそのまま、空を飛んで国を後にした。
自分でも、何をしているのだろうと考えていた。望んでもいない事なのに、なぜか私は旅の支度をしていた。身体はすぐにでも父の所へ行って、罵声でもなんでも浴びせたい気分なのに、自分の意志に反して、体は旅支度を止めなかった。
どうして国を出なければならないのか。それを考えねばならない。そもそも、国を出て何をすればいいのだ。あのハルという女性が導いてくれると父は言っていた。公になっていないだけで、自分は王女という立場なのに。それらしい責務を果たさせてくれないのだろ。
「何のために、生まれてきたのよ・・・。」
所詮王女という、うわべだけの存在なのだろうか。
いろいろ頭の中で考えているうちに、ヒストリアは自分が動きを止めていることに気づいた。わからないことはあるし、久方ぶりに父親に怒りと嫌悪感を抱いているけれど、それでも、父の言うことだ。聞かないわけにもいかない。父は王だから、命令でなくとも、それ相応の意味のあることだと信じたい。
普段から使い古しているロングブーツと厚手の手袋を手足に付け、制服ではない、貴族の礼服を身にまとった。そして、愛用の赤いローブも上から羽織った。
(そういえば、あの人も赤いの着てたな・・・。)
父の知り合いらしき女性。いや、女性というにはあまりにも若く見えた。ヒストリアより幾分か年上の少女というべきか。立ち居振る舞いは、それほど大人びているようには見えなかったけれど、少なくとも二十歳はこえているだろうか。
彼女を覆う不気味なオーラは、いったい何なのだろう。
「・・・・・・。」
ヒストリアは自室でぼーっと突っ立って考え込んでしまった。まるで人間じゃない何かを目の当たりにしたような感覚だった。あれほど強烈な残像が目に映る程の魔力を持つ人間は、生まれて初めてだった。
再び父の元を訪れると、先ほどよりも仏頂面の父がヒストリアの視線を捉えた。
「来たか。」
「・・・ねぇ、何をすればいいの?」
国の存続のため、誰の元へ嫁ぐことも国はならないと思っていた。私は王女だから、それが役割だと思っていた。でも、その時はいつになってもやってこなかった。あげく、いきなり現れた女性と一緒に国を出ろとまで言われれば、王女としての些細なプライドも傷つくというものだ。
「ここから少し離れた地に、廃都と化した都市がある。そこへ行け。そこに全てがある。お前が知るべき全てが。」
「わたしが知るべき全て?」
「ああ。」
父はそういって、とても神妙な表情になった。再び私の中に予感がよぎった。
「・・・ヒストリア。私は、お前の・・・、君の本当の父親ではない。」
予感はものの見事に的中した。いや、身構えていたおかげか、それほど気に障ることはなかった。実際、現実味のある発言だったから、余計だろう。
私は父と似ていない。父の神は茶髪だ。それに、容姿からも家族らしい繋がりは見当たらないのだ。後者に関しては単に母親に似たのかもしれないが、物心ついたときから、母は存在しなかった。
「そっか。」
「信じるのか?」
「血のつながりが無いってだけでしょ?私、そこまで子供じゃないよ。」
「だが、隠していた。」
「言いずらかったからでしょ。そんなの気にしないよ。」
父は懺悔をしているようだった。何をそんなに謝る必要があるのだろう。父は国王だ。今さら娘を存外に扱うことくらい訳ないだろうに。
「・・・あの人についていけば、今までお父さんが隠してきたこと、いろいろと知れるってこと?」
「そういうことになるな。」
私には、父の意図は読めなかった。父が何を隠しながらこれまでいたのか。何を黙って過ごしてきたのか。あまりにも突拍子すぎて想像すら難しいけれど、それには大きな意味と理由があることだけはわかった。
「私はもう関与できない。あとは君次第だ。」
「お使いが終わったら、いろいろ説明してもらうから。」
ヒストリアはそういって、ようやく父に笑顔を向けることが出来た。しかし、父は笑ってくれなかった。
悲しいことだが、父が何かしらの義務感で自分を育ててくれたのかもしれないと、思ってしまった。どういう経緯で親になってくれたのか、きっと父は話してくれないのだろう。
「まぁいいや。・・・じゃあ、行ってくる。」
そういって私は、父に分かれを告げた。帰ってきたときに、土産話と共に、恨みつらみを聞かせてやると意気込んで。
そう。それが出来ると思っていたから。
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