亡国のヒストリア

白髪赤目の少女

人は過去を知ることはできない。人は時を遡ることはできない。仮にそんな術があるのだとしたら、その力が遠い未来で発見されたなら、今を生きる私たちは未来人と会っているはずだ。未来人を知らない私たちは、過去を知ることはできない。過去を知るには、記すしかない。後世に残すために。自分が生きていたことを。




大聖堂には大勢の学生たちが有意義な時間を過ごしていた。ステンドグラスから差し込む木漏れ日の様な光は、七色の影を机に落とし、暗い聖堂内を僅かに明るくさせている。光に群がるように子供たちは輪を作り、陰に隠れる子供は黙々と教材に目を通している。この大聖堂は、かつては教会のものだったが、国が衰退し王朝が変わったと同時に、神聖魔法大学の校舎として変わった。大学でありながら、所々教会っぽさが残っていて、最奥には巨大な鐘とオルガンも設備されている。そんな荘厳な建物には似つかわしくない学生たちが、今日も自由に遊びまわっていた。


そんな大聖堂の端っこに、一際目立つ赤色が一つ。制服の上に赤いフードの付いたローブを来た少女が静かに座っていた。魔法大学とはいえ制服は地味で、ここ大聖堂ではきらびやかな装飾はあっても、色味は薄く、明かりも少ないため、彼女の赤い格好はひときわ輝いて見える。それだけでなく、少女の容姿は珍しい姿をしていた。真っ白い髪にほの白い肌、おまけに瞳は赤色ときた。まるでウサギが人間に化けているんじゃないかと思うほどの異様さだった。容姿、背丈は共に年相応の姿なのに、彼女だけ違う世界の住人に見えてしまう。少女は、分厚い魔法書を熱心に読んでいて、その表情はフードに隠れて伺い知れなかった。


そんな白い彼女にゆっくり迫る学生が数人。全員女子だ。それぞれ個性的な制服の着こなし方をしているが、どれも同じ色なので、白髪の少女には見劣りしてしまう。だが、一番背の高い女生徒が、白髪の少女の前まで来ると、突然赤いフードを手で跳ね除けた。


「あら、こんなところで何してるの白蛇さん。ここは飼育小屋ではなく学生たちの憩いの場よ。」


女生徒がそう言うと、一緒に来た学生らはくすくすと笑い声をあげた。白髪の少女は、最初は驚いたような表情をしたが、すぐに面倒くさそうにため息をつき、魔法書を大げさに閉じた。


「飼育動物の管理は学生の仕事でしょう?動物は自由を求めるもの。外へ出たがるのは当然だと思うけど。」

「私は飼育係じゃないわ。でも、そうね。手綱をつけてほしいならいつでも歓迎するけれど?」


再び小さな笑い声が響き始める。


「手綱ね。いいわよ。別に。つけられるものならつけてごらんなさい。当然、噛みつかれる覚悟もあるんでしょうから。」


白髪の少女はそう言って立ち上がり、女生徒たちに睨みをきかせた。彼女たちは一瞬ひるんだように後ずさったが、背の高い生徒が一歩前に出て元の調子で言った。


「野蛮な子。力で解決しようだなんて。これだから貧民街の出は・・・。」


彼女たちは虫を恐れる乙女の如く、そそくさと、そして嫌味ったらしく去っていった。いったい、何しに来たんだ少女は思わずにはいられなかった。用があるならともかく、ただいじりに来ただけなら、街に繰り出してその辺の気弱な男でも捕まえればいいだろうに。少女は再びため息をついた。


ここにいたら、また何かを言いに来る連中がいるかもしれないから、静かでなくとも、一人になれる場所へ移るべきだろう。重い魔法書を持ち上げて、白髪の少女はフードを被りなおし、大聖堂を後にした。



大学の廊下を歩くときは、できるだけ視線を床にしている。この学校、いや、世界では自分は目立ちすぎる。赤いローブを着ていなくとも、白髪を持つ人間など自分以外に見たこともない。唯一の肉親である父でさえ、同じ姿じゃないのだ。そんな目立つ容姿のせいで、無数の視線が常に突き刺さってくる。いつも、どこにいても、どんな時でも。


(どうして私だけこんな風に・・・。)


何度そう思ったことか。大学には、父の勧めで入らされたが、友達らしい友達もできず、ただ闇雲に勉学に励む毎日だった。一応、魔法を学ぶのは、思っていたより性に合っているし、日に日に成長できることに生きがいを覚え、学生生活を嫌だと思ったことはなかった。六歳の頃から在籍しているが、十二頃に魔法研究が実を結び、普通学生から特科学生へと昇格し、授業に関係なく、自由に学ぶ権利を得た。特科学生は全校生千八百人の中でも両手で数えるほどしかおらず、自分はその中でも最年少の生徒だ。今は十五歳になって、気ままに研鑽の日々を送っているが、思春期に入ったころから、先ほどの様ないじめが相次いできた。初めは、いやがらせ程度のものだった。靴を隠されたり、本を破かれたり。そのたびに彼女たちの知らない魔法で何事もなかったかのようにして見せた。

それが気にくわなかったのだろう。同じ年で、自分よりも優秀すぎる存在が。いじめは徐々に過激になって、ある時、取り返しのつかないような事件まで発展した。そうはいっても子供のすることだ。教諭たちからしたらしょうもないことだと思っただろう。自分でもそう思った。なぜあんなにムキになったのだろうと。結果、いじめをしていた生徒を一人に大けがを負わせ、そいつを自主退学するまでに追い込んでしまった。実際は正当防衛だし、自ら大学を去ると言ったのだから、こちらが気に病む必要などないのだが。それ以降、自分のことを小さく思うようになってしまった。いじめらる筋合いはないと思っていたが、自分は特科学生として名を馳せる様な崇高な人間じゃないと思うようになってしまったのだ。

そうはいっても、学科の成績は常に上位だし、魔法訓練でも、人以外を対象にしないと危険すぎる魔法をいくつも体得している。今更、普通学生に戻ったとして、何の成長も見られない石潰しになるだけだ。



たどり着いたのは、結局大学の外だった。外といっても、そこは王城の中だ。この国の神聖魔法大学は、王城と隣接して建てられている。かつては教会だったそれがそのまま大学になったのだ。そして、王城は落ち着きはしなくとも、実家であるのには代わらないから。何となく帰ってきてしまう。大学の寮よりもこっちの大層な飾りつけされたベットの方が案外眠れるものだ。


「帰っていたのか。」


王城の自室に戻る前に、父に出会ってしまった。会うつもりはなかったのに。いつもは公務や会議で忙しい父が、こういう時に限って家にいる。もっとも、国王である父にとって王城全てが家の様なものだが。


「うん。・・・最近さ、・・・。」


「ん?」


顔色悪いね、と言おうとしたのだが、言ったところでその先の会話が続くとは思えなかったから言えなかった。


「今度、夕飯一緒に・・・。」


そんなどうでもいいことでごまかそうとした。今まで夕食を共にしたことなんてどれくらいあったかも覚えていないのに。そんなことを・・・。


「・・・あぁ、そうだな。・・・明日にでも。」


「えっ?」


いつもなら、国王の仕事でそんな時間ないはずなのに。どういう風の吹き回しだろうか。今まで父親らしいことをほとんどしてこなかった。いや、影では自分のためにいろいろ尽くして呉れてはいるのだろう。目に見えた幸福はくれなかったが、彼はまさしく父親であることには変わりない。それでも、どこか他人の様な気がしてならなかった。食事一つ一緒にとってくれない、家族としての時間もないのに、どうして親と認めることが出来ようか。


「珍しいね。」


「・・・そういうときもあるさ。」


「そう。」


「・・・。」


何を言えばいいかわからない。けれど、何かを伝えようとしていることには気づいた。そんな申し訳なさそうな顔をして、辛そうにしていれば誰だってわかる。何かあるんだな、とそう思うことにした。例えば、今生のお別れとか、そんなことだろうか。何がどうなってそうなるのかはわからないが、もし、そんな悲しいことだったら、


(・・・嫌、だな。)

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