再会を願っての祈りを
翌朝、町長と共に、曇天の空の元、彼の妻が入れてくれた紅茶をすすりながら、ソニアの才能についての話をしていた。
「あの子は魔法士の才能があるかもしれないと?」
「ええ。ただ、実際に魔法を使わせてみたわけではないので、何とも言えませんが、訓練すれば細かな魔力の動きや、生物が発する魔力を感じ取ることが可能になるでしょう。魔法士になれなくとも、魔法研究に最適な能力ですね。」
町長は紅茶を飲む手も止めて、顎髭を触りながら考え込んでいた。実際、町長は息子を自分の後継ぎにさせようという気はあまりないらしく、あくまで本人の意思を尊重したいらしい。もともと、それほど教育に時間を割かず、それよりも家族の時間を大事にしたいそうだ。優秀な家柄にしては、存外平凡な考え方だ。実際それがソニアのためなのかは別として、ハルは珍しい家庭だと思った。あくまでこの世界では、だが。
「できることなら、最適の環境で学ばせてやりたいが。」
「この辺りに魔法の学舎は?」
「一番近い魔法学院でも馬で三日はかかる。二つも町をまたぐことになる。あの子には、まだ難しいな。」
実際、八歳の子供がそんな長距離を毎週のように通うのも酷な話だ。だが、惜しい素材だ。それは町長もわかっているだろう。あと何年かすれば、ソニアは人間の中でも数少ない逸材になるだろう。もっとも、その姿を目にすることはないだろうが。
「ともあれ、今回の一件。ハル殿には感謝もしているが、とんだ迷惑をかけてしまった。」
「いいんですよ。私も、好き勝手やってしまったところがありますし。」
昨日の内に、町長へは全てを話していた。牧場主の息子は、今朝がた町長に直々に謝罪に来たが、ことがことなだけに、刑罰は後程になったそうだ。翼竜の死骸は、彼らが燃やしたそうだ。町長が命じたそうだが、それが彼らにとっては罰に相応しいかもしれないと、ハルは思っていた。それにしても、翼竜を飼おうだなんて、おかしなことを考えるものだ。
「すぐに経つのかい?」
「いただいた報酬を町で散財してからですね。旅に必要なものを揃えないと。」
「こんな時期に旅をしているなんて、私たちからしたら信じられないが、たくましいものだな。」
「無茶を知らないだけですよ。ご想像の通り、大変なことには変わり在りませんから。」
「もっとゆっくりしていってもいいのでは?まだあの子も、ハル様と話をしたいと思っているはずだ。」
ありがたい申し出だったが、ハルはとある理由で、この街からはすぐに去ることを決めていたのだ。
「私は、旅人です。一か所に、そう長く滞在するのは性に合っていないんですよ。」
そう言ってごまかし、お代わりを入れてくれた町長の奥さんにも別れを済ませた。大変なのは、旅をすることじゃない。その目的を達成することなのだが、それをここで話していたら、きっと一日じゃ足りないだろう。
「またいつか会えることを願っている。ハル殿。君の道のりに、白き神の導きがあらんことを。」
町長の言葉を聞いて、聞きそびれたことをハルは思い出した。
「最後に一ついいですか?」
「なんだね?」
「あなた方の信ずる主は、どのようなものなのでしょう?」
「あぁ、私も大した信徒ではないがね。」
町長は、紅茶を一杯すすって、ゆっくりとなごみながら話し始めた。
白き神。遥か西方のとある王国、その国を滅ぼしたとされる、名もなき美しき女性。その者は、愛と生命の神として、方々で慕われている。教典、と呼ぶにはあまりにも拙いものだ。実際、教えの様なものはなく、平穏を願う者たちが、その恩恵を授かろうと、祈りを捧げる程度だという。だが、そんな話をこんな辺境の地で聞けるとは、ハルは思いもしなかった。
町を経ち、その姿が遥か彼方へ消えたあたりで、ハルは町の方角へ祈りを捧げていた。祈りといっても、両手で合掌する程度の簡易的なものだ。
「まさか、こんなに遠く離れた場所まで、あなたの話が聞けるなんてね。レイナ。・・・少なくとも、あなたが残した物語は、平穏を願う人たちに行き渡っているみたいよ。」
懐かしい名前だ。いや、今では名前さえもないのだから、懐かしいという思いも少し違うだろうか。国を滅ぼした怪物が、今では神として謳われているとは。世の中、どういう風につながっているか、わからないものだ。
「私は、あなたに祈りはしないけれど、あなたを慕う人々が平穏に暮らせることを願っておくわ。」
祈祷もそこそこに、町の方角を一瞥して、ハルは自分の進むべき道へ戻った。相変わらずテルテル坊主の様な格好の彼女は、荒廃した季節にはあまりにも目立っている。だが、それを認めるものは誰もいない。枯れた木立をかき分け静寂の大地を、ただただ赤いテルテル坊主が歩み進んでいった。
「おはようございます。父様、母様。」
ソニアは、眠たそうに眼を擦りながら、時間外れの挨拶を交わした。
「ソニア、昨日はお疲れ様。お手柄だったな。」
町長はすでに、自分の仕事を始めていたが、それをほっぽり出して息子の仕事ぶりを褒めたたえた。母親も、家事の手を止め息子へ歩み寄ってきた。
「いいえ、僕はあまり活躍していません。旅人さんが多くのことを成し遂げたのです。旅人さんはどこに?」
「彼女なら、もう経ってしまったよ。お前が寝坊しているうちにな。」
ハルの不在を聞いて、ソニアは落胆の表情を浮かべた。もう少し、一緒にいられると思っていたのだ。そして、もっと話がしたかったのだ。聞いてみたいこともあった。魔法の扱い方とか、どうしてあなたは白い姿をしているのだとか。背中の翼と尻尾のこととか。
いつかまた会えるだろうか。会って何をしようというわけではない。たぶん、恋、というものでもない。あの人がどうして、泣いているように見えたのか、それを聞いてみたかったのだ。
――― 五番目の季節 ―――
エピソードⅡ『五番目の季節』を読んで頂きありがとうございます。
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