捜索

その日、翼竜は襲撃に来なかった。あれだけ傷を負わせれば、しばらくは大人しくしているだろうし、そもそも毎日襲ってくるわけでもないから、何もないことの方が普通なのかもしれないが。


空は相変わらず曇天。荒の季節は日の光を十分に浴びられないから、なんとも気持ちが沈みがちだ。ハルにとっては、天気で一喜一憂するような感情は、当の昔に捨てているが、こうも暗いと体内時計も狂ってしまう。日の光を浴びずにいると犯罪率が上がるなんていう説があったような気がしたが、それは遠い記憶の話だ。


最後に日光を浴びたのは、いつだっただろうか。こんな陰鬱な世界じゃ、人間がおかしなことをするのも頷ける。


人間は生まれ持って悪を背負った生き物。自分たちの欲、好奇心を満たすためならば、法に触れさえしなければどんなことでもやる。また、法をも個々人で解釈し、罪を罪と思わないことだって当たり前のように行う。彼らは自らを醜いとは思わない。まるで自分が世界の中心に立っているかのようにふるまい、他者を認めようとはしない。それが人間だ。そんなことはないという者もいるだろうが、もしそうなら、人間の社会に奴隷という者たちは生まれなかっただろう。


「ここが町の食糧庫です。」


ソニアに案内してもらったのは食糧庫だ。穀倉がいくつも並び、その周囲に少し独特の形をした民家が群集している。民家は、高床で木材以外の材料が使われていなかった。他に建物は、煉瓦だったり石壁だったり、頑丈なつくりをしているのだが、ここ狩猟会の者たちが住む家はどれも自然味の溢れるログハウスの様だった。穀倉は、いくつか翼竜の襲撃の跡が残っており、崩れたまま放置された倉庫も残っていた。


「狩猟会の人ってどれくらいいるの?」


「えーっと、猟師の数は十二人です。けど、それぞれ所帯を持っていたりするので、実際はもっと多いと思います。」


となると、猟師すべてに妻、子供が一人いると考えても三十六人。子供が一人以上に、老夫婦までいたりしたら、更に倍近い人がここに住んでいることになる。


「狩猟会は、もともとこの町の出身ではありません。何世代か前に、この町に越してきた異民族の集まりです。」


「へぇ、放浪民を受け入れるなんて、あなたたちの先祖は開放的なんだ。」


小さな町だから、外から移民を受け入れて町の拡大を図ることはよい手段だと思う。だが、実際には異民族と同じ場所に暮らせるか、などの根本的な問題が多く、在住者からは嫌われることが多いだろう。それを乗り越えて今のこの町があるのならば、大したものだ。町長は、代々有能だったのだろう。


「狩猟会の仕事ぶりが忠実なものだったからだと思います。彼らは、荒以外の季節には、たくさんの食料を蓄えてくれるので。」


異民族だが、友好関係は良好であるというのならば、今回の事件はそれに亀裂を生むことになるかもしれない。彼らに悪意が無いことだけを祈るしかない。


「さて、ソニア。ここから、昨夜に聞こえた泣き声は聞こえてくる?」


ハルが、ソニアに尋ねると、彼は手を両耳に当て、目を閉じて周囲の気配を探り始めた。彼に才能があるといっても、なんの訓練もしていないから、すぐに見つかることはないだろうが、何か違和感のようなものでも感じ取ってくれれば御の字だ。しばらくソニアは耳を澄ませていたが、やがて、手を下ろして脱力した。


「なにも聞こえないです。というより、雑音ばかりで、あの、頭の中に聞こえてくるような感じじゃなかったです。」


ソニアの言う通り、すでに日は傾き始めている頃合いだろう。町はそれなりに人で賑わっていて、町の喧騒はどこからともなく聞こえてくる。もう少し静かならば、集中できるだろうが、こればかりはどうしようもない。それにソニアは、雑音と、頭の中に響く魔力の声を明確に判別できている。それならば、辺りがうるさいかどうかなど関係ないだろう。聞こえないのではなく、きっと声を発していないのだ。


ハルは、ある一つの可能性を見出していた。先日見た翼竜の巣に赴き、そこにが無かった。番であれば必ずあるはずの、翼竜の卵が無かったのだ。かなり強引な推理になるが、狩猟会がその卵を持ち帰り、食料一つに追加したのではないかと。

もしそうなら、辻褄があうのだ。翼竜が襲ってくる理由は、自分の卵を取り戻すため。翼竜は鼻がいい。自分の卵の匂い、卵を持ち去った人間の匂い。それくらいを嗅ぎ分けることなど造作もない。翼竜はそれをたどって町に訪れた。町の食糧庫に。つまり、卵かそれを持ち去った人物が、ここにいる可能性は高いのだ。


そこで、ソニアの力の出番だ。彼の魔力に対する感知力で、声の在り処、すなわち魔力の発生源を探っているのだ。卵は、まだ生命と呼ぶには中途半端な存在だが、言い換えれば生命の根源だ。相応の魔力が宿っている。生まれ出でようとする翼竜の子供、その魔力をソニアなら見つけられると思ったのだ。


だが、実際はそのようにはいかなかった。彼の力も万能なものではない。明確にここだ、という断定でなくとも、何か違和感を感じる程度でもいいから、ソニアの反応を待つしかない。


それと並行して、ハルは狩猟会の家々を一軒ずつ回って、住民に話を聞いていた。荒の季節に入る前、翼竜と遭遇したりはしなかったか、と。だが、得られる情報はほとんどなく、ソニアも声を聴くことが出来なかった。しかし、最後の一軒の家族に、何やらおかしな話を聞くことが出来た。


彼ら狩猟会は、食料の調達と共に、その管理を任されている。どれくらいの食料が残っていて、どれくらいの速さで消費しているのかを常に確認しているのだそうだ。何度か翼竜の襲撃を受け、破壊された穀倉の食料は、まだ食べられそうなもの以外は全部捨てているそうなのだが、それがいつの間にか無くなっているらしい。捨てるといっても、家畜の餌にはなるので再利用しているとのことだ。無くなるなんてことはないはずなのだが。牧場まで運ぶ者らが知らぬ間に運んでいたというならそれまでだが、その一家も、何やらきな臭いものを感じているらしい。


(牧場か・・・。)


全ての家を回り終えた頃には、すでに夜が訪れようとしていた。そろそろ夕食の頃合いだ。町で何か軽食をと考え、ハルは、ソニアと共に、館へ帰ることにした。


成果があったとは言えないが、一応町長に報告し、今日の調査はこれまでにしようと考えていたが、夜の間に一度牧場へ行ってみようと提案したのは、ソニアだった。町長は不思議に思ったが、何も言わずに承諾してくれた。ソニアは、父である町長の役に立ちたいのだ。本人がそういうなら無理に止めることもない。夕食も適当に済ませ、二人は再び街へ繰り出した。


牧場は、町の一番外れにあるから、そこまでかなり歩くことになった。その間、ソニアは自分のことを話してくれた。彼の父親、町長が町長になったのは十八の時だったという。算術や経済に明るく、幼いころから先代に意見を申すほど秀才だったそうだ。ソニアはそれと比べて、そこまで抜きんでた才能があるわけでもなく、ただの幸せな子供として暮らしていることに、劣等感を覚えているらしい。八歳の子供が、その年でそんなことを考えているのかと思うと、生意気だなぁとハルは内心思っていた。そんなこと気にせず、今ある幸せに身を任せていれば、どれだけ楽しいことか。そんなこと、ソニアは考えもしないのだろう。優秀な家系に生まれたが故の悩みという奴だろうか。そうだとしても、人、一人にできることなどたかが知れているだろうに。今の町長も、自分一人で町を回しているわけじゃない。そこには彼の奥さんや、使用人、町の人々が協力して一つの町を作り上げていることを、彼はわかっていない。本当に優秀な者は、いつだって誰かの助けになり、誰かに助けを求めることが出来る者だ。


(そんなこと言っても、この子にはまだ分からないか。)


子供は視野が狭い。視覚的にも社会的にも。だが、その代わり時間はたくさんある。彼が町長になるころには、自分がどれだけ周りを見ていなかったかがわかるだろう。ハルからしてみれば、町長なんてならずに、両親に頼み魔法学院にでも通わせてもらって、魔法士にでもなった方が楽しく暮らせると思うが。


町の中の牧場ということもあって、それほど広いものではない。もっとも今は、牧草などどこにも生えてはいない。何件かを尋ねて回り、運ばれた家畜の餌がどこにあるかを確認したいと農家に尋ねると、不思議なことに、そんなものは届いていないという。


「狩猟会の方たちが、ダメになった麦や干した果実を運んだそうですが。」


「いやぁ、聞いて無いなぁ。そんなものがもらえるなら、すごく助かるんだけどねぇ。」


農家の言葉に嘘はないように思えた。そうする理由もないし、仮に嘘をついていても関連性はない。家畜の餌になったというならそれはそれで結構なことだ。


「届いてないってことは、もしかして誰か盗んでるんじゃ・・・。」


考えたくない話だが、いったい何のためにそんなことを。一応、食料はまだ町民に行き届いているはずなので、飢えている者はいないだろう。


「もしそうだとしたら、何を信じたらいいのかわからなくなりますね。」


ソニアの言う通りで、振り出しに戻ったも同然だ。せめて、運ばれた餌がどこかで確認できればいいのだが。しかし、すでに手掛かりもない。広くはないとはいえ、全ての牧場を見て回るわけにもいかない。ハルは、一旦撤退しようと思った。


突然、ソニアが手で耳を塞いで辺りきょろきょろしだした。


「どうしたの?」


「旅人さん。・・・声、声が聞こえます!」

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