呼び声の歌
また、あの歌が聞こえてきた。
夜、向かいの部屋から、とてもきれいな歌声が。初めはとてもじゃないけれど、眠る事すら出来ないくらいうるさかったのに、今日はまるで眠りに誘うかのように、静かな歌声だった。旅人さんにあったかい光をもらってから、頭の中をぐるぐると回るような感覚もなくなって、その日は、深い水の中へ沈むように、眠ってしまった。
朝。まだ日も登らない暗い時間帯。ハルは一人、目を覚ましていた。先日、翼竜と対峙した際に、刀の刃に血が残ってしまったから、その手入れをしていたのだ。館の外にある井戸から水を汲んできて、一人部屋で黙々と血を拭い落としていく。本当は研ぎ石で刃を研ぎたいところだが、生憎そんな高価なものは持っていない。重いし旅の邪魔になるからだ。所詮刀も消耗品だ。以前は剣を使っていたが、それもダメになったから、剣を売った店で一番安い代物に変えたのだ。それがこの刀。銘もないなまくら同然の刀だが、これの寿命もそろそろ尽きる頃だろうか。
「いつか、永遠に綻びることのない剣でも作ってみようかしら。」
そんなものが存在すればだが、あるのならどんな対価であっても差し出すくらい欲しいものだ。
ある程度キレイしたら、鞘と共に壁に立てかけた。今日は町の調査をしなければならない。昨夜、町長にも話したが、町の住民が何かよからぬことをしでかしているのではないかとハルは思っている。それが何なのかはわからない。ただ、町長にそういう旨を伝えると、もしかしたらという話で、狩猟会が何かを知っているかもしれないとのことだ。狩猟会とは、肉や山の幸を獲る、いわばマタギの様な連中だそうだ。実際、食糧庫の管理は彼らが行っているらしい。また狩猟会はそれなりに武器を持っているから、町の警備なども行うそうだ。以前翼竜が襲来したとき率先して出てきた男たちは、みんな狩猟会だそうだ。まずは彼らに話を聞いてみるのがいいだろう。
今日の予定が決まったところで、ハルはお昼くらいまで二度寝しようと思ったのだが、部屋の扉がノックされた。こんな朝早く、まだ空が白んでもいない時間、に一体何事だろうと思いながら、部屋の扉を開けると、ソニアが一歩下がって待っていた。今回は前に言ったとおり、勝手に入ってこなかったのは褒めたあげたいが、八歳の子供がこんなくらい時間に起きているのはよくないだろうに。それとも、今回は本当に年相応に怖い夢でも見たのか。それなら本人の隣の両親の寝室へ逃げ込むだろうに。
「ソニア?どうしたの?」
彼の表情は、眠たそうなのにその目はしっかりハルを見ている。
「えっと・・・なんだか、泣き声が聞こえて・・・。」
「泣き声?」
また、魔力に当てられたのか。それとも夢の中の話なのか。
「あ、ごめんなさい。旅人さんの部屋から聞こえたんじゃなくて・・・。外から、聞こえたような、気がしたんです。」
「外から・・・。」
それならば、外で誰かが泣いている声が聞こえてきた、ということで説明がつくが、風の無いこの時期に部屋の中まで声が届くほど大声で鳴かなければ伝わらないだろう。おそらくソニアが聞いたのは、音ではなく、魔力だ。何らかの魔力が、どこからか放たれ、それがソニアに届き、彼はそれを泣き声のように感じたのだ。
「どこから聞こえてくるか、わかる?」
「うーん。もう聞こえなくなっちゃって。でも、すごく悲しそうに泣いていて。」
「・・・そっか。きっと、誰かが助けを求めてるのかもしれないね。」
ハルはそう言ってソニアの頭を撫でてやった。自分の魔力には酔ってないみたいだから、彼の言っていることは妄言などではないだろう。
魔力とは、大抵の生物は体内に宿してるものだ。人間も、犬も、猫も、ネズミでさえ魔力を宿している。それぞれ種族、個体によって総量も異なり、生まれ持った能力の一つだ。人間はその力を利用して魔法を操ることが出来る。だが、大抵の人間は、魔力総量が少なく、自分がその力に気づくこともなく一生を終える。犬や猫も、もしかしたら魔法が使えるのかもしれないが、魔力量は著しく少ない。だが、例えどれだけ少量の魔力であろうと、それは日常的に消費されていることがある。人間であれば、駆け足をしたとき、魔力を本能的に使用し、身体から放出される場合がある。早く走ろうとする意志に沿って、身体がそれに見合う力を引き出そうとした結果だ。つまり魔力は、生命活動に必要な要素でもあるのだ。消費された魔力は、休息を取ることで体内で生産される。目に見えないものだが、魔力は存外身近なものなのだ。と、いうのはハルの個人的な見解に過ぎない。そもそも魔力について詳しい人間などそうはいない。それくらい、魔力、魔法というものは稀有なもので、まだ確立されていない未知の力なのだ。
ただ、今言えることは、魔力は自然に発せられたりすることがあるということだ。生きているうえで、身体が何らかの理由で魔力を使っていることがある。それ自体は当人、他者から見ても何ら変化は見られないが、魔力は少なからず消費されている。そして、ソニアのようにそれを感じ取ることもある。その結果、酔ったり声に聞こえたり不思議な現象が起こるわけだ。
ハルは、何となく何が起こっているのかを理解し始めていた。この町に翼竜が飛来する理由が。なぜ食料を狙ってくるのか。ソニアの才能のおかげで、とある可能性を見出せたのだ。
「ねぇ、ソニア。一緒に私のお仕事を手伝ってくれないかな?」
「僕が?」
「そう。あなたなら、見つけられるかもしれないの。もちろん、町長さんたちにはちゃんと許可をもらうわ。危ない目に合わせることもしないって約束する。」
「・・・うん。いいよ。」
彼にその才能があることは、両親がいるときにでも話せばいいだろう。ソニアは自分が選ばれた理由などわかりもしないだろうが、快く引き受けてくれた。何かと嫌われてしまったかと誤解していたが、あの町長の息子なのだ。育ちもよく、いい子なのだろう。
「ありがとう。もしかしたらソニアのおかげで、今回の事件が解決するかもしれないよ。」
「本当?」
ソニアは目を輝かせていた。
「ええ。だから、ゆっくり寝てなさい。」
そう言ってかれのおでこを小突いてやると、ソニアは嬉しそうに部屋へ戻っていった。
もし、ハルの想像通りであれば、少しばかり厄介なことになる。翼竜は頭がいい。対処を誤れば、彼らを殺すまでこの町は襲われ続けることになるだろう。原因を突き止められればハルの仕事は達成されるが、その結果、血を流すようなことになるのは少々憚られた。そのことも、町長と示し合わせておかなければならないだろう。
天賦の才、とまではいかないが、ソニアに類まれな才能があることを伝えると、町長と奥さんは驚いていた。二人とも魔法に関しての知識は全くなく、まさか自分の息子にそれがあるとは思ってもいなかったのだろう。真実かどうかも説明するのが難しいことだから、端的に話をしておいた。要は、ソニアの才能があれば、今回の事件の原因を見つけられるかもしれないのだ。
「この子に、そんなことができるのか。」
「息子さんも理解するには時間が必要だとは思います。でも、私は彼の力を利用させていただきたいのです。」
利用するといういい方は少々不躾だったかもしれないが、変に気を使って真意が伝わらないのも面倒だ。無礼を承知で子供を使わせてください、と頼むのが筋だろう。
「ソニア、できるか?」
「うん。僕、やってみるよ。」
「そうか。・・・ハル殿、こんな子で力になれるなら、ぜひ使ってやってください。私も、この町の安全を守るためなら、息子に力を奮ってもらおうと思います。」
町長は、そう言って頭を下げ、それを見た奥さんとソニアも同じように頭を伏した。
「息子さんには傷一つつけないことを約束します。」
ハルは、ソニアに向かい合った。
「それじゃあ行こうか。」
「うん。」
ハルは、小さな相棒を携えて、町へ繰り出していった。
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