翼竜について
ハルがまず最初に始めたのは、翼竜の住みかの確認だった。翼竜が人を襲う理由、一つは縄張りに入った時、もう一つは繁殖期に気がたっている時。前者は、今回当てはまらない。そして、後者は巣を見ればわかる。まずはその可能性を潰すべきだ。というのも、どちらも因果関係が全く見られないのだ。だからこそ、先に選択肢を絞るために、外の探索から始めている。
(町の中に何らかの原因があるのは確かだけど・・・。)
そうはいっても、翼竜が食べ物欲しさに人里を襲うなど聞いたこともなかった。もし、そこまで飢餓状態に陥っているのであれば、そもそも人間を食べればいいだけの話だ。だが、町長の話では町民が喰われた被害は出ていない。いくら武装した人間とは言え、飢えていれば一人や二人を食い殺すことくらいわけないだろうに。
とにかく、考えるのは後だ。今は、翼竜の巣を探さなければ。彼らは岩肌の窪みに、鳥の巣のように座を作って住みかとする。大体はメスが常に座に居座って巣を守っているが、番でなければ巣はかなり小さなものになっているはずだ。町の東にある小さな山は、まるで山火事が起きた後のように、木々は枯れ果て、大地は剥げていた。落ち葉すら見当たらない山肌からは、埋もれていた岩石が顔を出し、土の面積を少なくさせていた。素足であれば、足の裏が血だらけになっていたところだが、ハルは町長から受け取った報酬で丈夫な革靴を購入していた。革は柔らかく、所々に擦り切れてような模様が施されており、紐は組紐で編まれた者ではなく、藁の繊維でできていた。見た目は膝下まで覆う立派なロングブーツだが、実際は安物だ。別に、もっと高価なものを購入してもよかったのだが、どうせ使い捨てになるだろうと考え、結局一番安いものを選んでしまった。
安物でも、物は使いようだ。少なくとも、足裏を擦り傷だらけにはならなくなっただけでも十分な価値があるだろう。ハルの歩みは以前よりも軽やかだった。とはいえ、荒の寒さは、薄着にはなかなか堪えるものだった。だが、その点ハルは魔法の強みがある。寒ければ火を出して温まればいい。というより、身体そのもの燃やしてしまえば寒さに凍える心配などないのだ。周囲に燃え移らないようにするのが、少々面倒だが。
(もっとも、こんな枯れた大地じゃ、燃えるものも燃えないだろうけど。)
ハルは、容赦なく自分の体に火をつけた。一応、左手だけを。魔法を使うと同時に、禿山に先日聞いた鳴き声と同じ声が響いた。
「来たか。私の魔力の気配を感じ取ったかな。」
おびき寄せる気はなかったが、向こうから来てくれるなら、探す手間が省けたというものだ。
翼竜の姿は、すぐに視認できた。禿山に空を遮るものなどないから、羽ばたきの音もすぐに聞こえてきた。飛ぶ速度は緩やかに見えるが、実際は思っているより早いだろう。だが、速度はそれほど脅威ではない。どれだけ早く突っ込んで来ようと、翼竜の武器は翼の爪か、足と尻尾くらいだ。それに体の構造上、片翼の爪で攻撃してくる際は必ず地上に降りなければならない。足で掴むのも、体が重いせいで、器用に地上すれすれを浮くことが出来ない。足で拘束をするときは、上空から滑空してきて、ほんの一瞬だけ地上に着くだけだ。動きを見ていれば避けることは容易い。それに、ここで翼竜と戦うことが、ハルの目的ではない。今必要な情報は翼竜の巣にある。少しばかり手負いにすれば、巣へ帰っていくだろうし、しばらくの間、町へ飛来することも無くなるだろう。
腰の刀に手を伸ばし、優雅に抜き放つ。曲線を描く諸刃は、鏡のように美しく、その鏡面に日の光を当てられないのが残念だ。ハルは、刀の背を燃えた手の指でなぞった。指が触れた部分から刀に火がつき、瞬く間に燃える刀へと姿を変えていく。ハルは、刀を右手に構え、迎撃態勢を取った。
「さぁ。来なさい!」
どんな時でも明るく振舞うのがハルの身上だが、戦いのとき、それも命の取り合いをするときは別だ。その表情はいつにもまして険しく、鋭い目つきはより一層冷淡なものになる。
翼竜は空からその様子を見ていた。上空からは、禿山の一輪の火など、さぞ目立っていることだろう。翼竜の翼の動きが変わり、地上へ向けての降下に入る。風に乗った巨体が瞬く間にハルに迫っていく。身体の体勢からして、ハルにぶつかる瞬間、身体を起こして後ろ脚の爪で引き裂くつもりだろう。その瞬間は速度が落ちるから、それさえ見逃さなければ対処はできる。一直線に飛んできてるため、躱すこともできるが、ここはあえて受け止めることをハルは選んだ。
翼竜との距離が数十メートルに迫って、ハルは刀を前にして、その切っ先を翼竜との線上に合わせるように構えた。呼吸を整え、その瞬間に訪れる強大な力を想像しながら、ハルは全身を脱力させる。
風を切り裂く音と、翼竜が体制を変え羽ばたく音が同時に届いた。それを合図にハルは、自分に向けられた鋭利な爪の先を見据え、爪先に刀の曲線を合わせ、刃の背に左手を添える。すさまじい金属音と共に衝撃波がハルを襲う。だが、ハルは踏ん張るようなことはしない。これだけの巨体にどれだけ抗っても、こちらの体が悲鳴を上げるだけだ。押し返される勢いは、流されるままに、ハルは禿山の地面を滑るように押し込まれた。だが、決してその姿勢だけは崩さない。刀を両手でおさえながら、足を踏ん張り、徐々に勢いを殺していくのだ。押される力は次第に弱くなり、やがては人の力でどうにかできるものに変わっていく。ハルは、刀の背を支えていた左手を柄に持ち替え、両手で刀を押し返し始めた。爪と刀の鍔迫り合いは、ハルに分があった。ハルの刀は火の熱によって翼竜の爪に食い込み、ハルがどうこうしない限り、抜けはしない。そして、翼竜は片足を持ち上げた状態で不安定になっている。滑空してきた勢いでうまく体制を保っていはいるが、それは刀で爪を支えているからだ。
その勢いもずっとは続かない。なんとか再びその勢いを増そうと羽ばたくが、ハルがそれを許さない。
地に足を踏ん張り、徐々に刀で押し返していく。当然、火の付いた刀は、翼竜のつま先をじりじりと焼いていく。ハルは体の火の勢いをさらに増し、大量の熱波を翼竜に浴びせたやった。体制を崩し、熱風にさらされた翼竜は、体制を崩しながらも、甲高い奇声をあげながら暴れ始めた。爪がかえ、支えになっていた刀が外れ、背中から倒れるように転げ落ちた。翼竜の皮膚には鱗があるため、熱波は火傷を負わす程度にしかならないだろうが、それでも突然の攻撃に慌てふためいているようだ。
「どうしたの。あんたの力はそんなもの?」
煽ったところで翼竜に、人間の言葉など通じるはずもないが、翼竜は挑発に乗った人間のように、シャアアァァ!と鳴き声をあげた。それを聞いたハルは、大地を勢いよく蹴った。飛ぶように翼竜に迫り、振り下ろされた翼の爪を刀でいなし、その翼膜に一太刀食らわせてやった。翼膜は僅かに血をにじませながらぱっくり開いた。続けざまに横なぎに刀を振りかざすと、鱗のないお腹部分に細い赤い線が浮かび上がった。傷は浅いが、翼竜をひるませるには十分な攻撃だ。
それからも、翼竜はハルに向かって何度か攻撃を仕掛けた。翼で叩きつけようとしたり、尻尾で薙ぎ払おうとしたり、挙句、物を食べる以外であまり使わない牙で噛みついてきたりなど、無我夢中だっただろうが、ハルにはそのすべてを見切られていた。その度に一つ、また一つと翼竜の体には傷跡がついていく。
ハルは踊るように刀を振るい、猫のように素早い身のこなしで攻撃を躱していた。躱すたび、爪や翼が、地面の石ころを跳ね飛ばしていくが、それさえも計算済みで避けていく。ハルのローブには、一切の汚れも切れ込みも生まれない。対象に翼竜には、無数の傷跡がついていく。やがて翼竜は、攻撃することより、逃げる一方になっていく。ハルはそこへ追い打ちをかけるように、翼爪に刀を振り下ろした。的確な角度で斬られた爪は、音もなく形を変え、その破片が地面に落ちた。ついに翼竜は、翼をはためかせ宙へ浮かび上がった。
「やっとか。けっこう粘ったな。」
翼竜が逃げていくのを見て、ハルは一息ついた。尚も刀を構えてはいたが、あれはもう襲ってはこないだろう。格の違いを見せつけられた生き物は、そうそう同じ過ちをしないものだ。ハルがいる限り、町へもしばらくは襲ってはこないだろう。問題は、奴の巣がどのようになっているかだ。卵を産むために皿状になっていれば、繁殖期かどうかがわかる。ハルは、早足で翼竜の後を追いかけた。人の足で、翼竜の飛ぶ速度に追いつけるはずが無いが、生憎禿山では見失うということには至らなかった。どこへ降り立ったか、それが確認できればあとはゆっくり歩いて探せばいい。
山を登り、枯れた木々より大岩が多くみられるようになったころ、翼竜は山肌に空いた空洞の中へ姿を消していくのが見えた。距離はあるが、登れないほど急な斜面でも無い。岩が積み重なって崖のようになってい入るが、翼竜が巣を作るには格好の場所だろう。せっせと登って行って、空洞の入り口までたどり着き、ハルは顔だけ出して中を覗いてみた。そこには、さっき相見えた奴と、それとは別に小さめの翼竜が皿状の巣に丸まっていた。
(なんだ。彼女いるんじゃない。)
ハルはてっきり、ボッチだと思っていた。番になっているのなら、町へなど行かず、巣で蓄えた餌をかじりながら子育てをすればいいだけなのだから。独り身なら、巣にこもらず気ままに飛び回る事もするだろう。それ故に、翼竜は一頭だけだろうと思っていたのだが。
ハルの気配を感じて外へ飛び出したのが、巣とメスを守るためならば、すでにメスの方は身ごもっているだろう。だが、メスと思われる小さい翼竜のお腹にはそれらしき形跡は見られなかった。巣の方にも卵はない。一体どういうことだろうか。
返ってきたオスを、メスが悲しそうな声をあげて見ていた。メスが立ち上がり寝床を譲ると、オスはゆっくり、巣の上に丸まり、その上からメスが覆いかぶさるように丸まった。こうしてみていると仲睦まじい夫婦に見える。ハルは、少しだけ罪悪感を覚えた。
(何もしなければ、結構かわいいところもあるんだけどな。)
所詮は、人と獣。相容れることはない。同情はするけど、理解し合えるとは思えない。そういうものだ。ハルは、そそくさとその場を離れることにした。岩から岩へ飛び降りながら、頭の中では状況を整理していた。
翼竜は番になっていた。だが、肝心の卵はなく、生殖が行われたかはわからない。とはいえ、それが町を襲う理由にはならないだろう。やはり、原因は人間の方にあるに違いない。火のないところに煙は立たない。毎度毎度、食糧庫周辺を襲うというのなら、そこにこそ何かがあるだろう。
(何事においても、悪事は人から起こるのね。悲しいけれど・・・。)
ハルはため息をつきながら、町への帰路につくことにした。
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