襲撃の理由
無風のはず上空から、僅かながら風の流れを感じられる。翼竜は、人間が、物を投げても届かない高度に留まっている。それだけの距離がありながらも、彼の者の巨大な翼の羽ばたきはそれほどに力強いのだ。翼竜は、怒号のような鳴き声をあげながら、こちらを睨みつけている。といっても、ハルを見ているわけではない。地上からでは、その視線がどうなっているかはわからない。だが、首の角度から町の何かを見ているのは間違いないだろう。
降りてきてくれれば、対処は容易いのだが、翼竜は用心深い。地上に集まりつつある町民たちに恐れを成しているのか、一向に空から降りてこない。人間を恐れていることから、あの翼竜は何度か町に飛来したことがあるのだろう。
「旅人さん!、危ないよ!」
町長の館の玄関から、ソニアが身を乗り出して、そう忠告してくれた。ハルは、心配そうに見つめる少年に笑って答えた。
翼竜の様子だと、おそらく降りてはこないだろう。やけに人間を警戒しているから、町長が迅速に人を集めたおかげで、うまく対処できたのだろう。しばらくすると、翼竜は鳴き声をあげながら、東の方がへと飛び去って行った。その姿形が小さくなったのを見て、ハルは刀を元の位置へ収めた。
「ハル様。」
町長の奥さんが先ほどとは違って、動きやすそうな格好になっていた。
「どうやら去ったようですね。旦那さんの判断の速さのおかげだと思います。」
「もう何度もこういったことが起きているので、主人も慣れてしまっているのですよ。」
「何度もってことは、やっぱりこれが初めてじゃないんですね。」
ハルの問いかけに、町長の奥さんは、困ったような表情で頷いた。
翼竜。それは人の数倍の体躯を持った獣だ。獣と呼ぶにはあまりにも規格外だが、この世界では数多くの種類が存在する。獅子の様な平たい頭部。前足が翼と一体になっており、基本的には四足で歩行する。翼に小羽根はなく、薄い皮膚の様な膜になっていて、そのよく膜はそのまま尾翼まで続いている。尾自体は胴体と同じくらいの長さがあり、全長は、大きいもので人間の民家ほど巨大になるものもいるくらい巨大な生き物だ。その生態系は、基本的には岩肌の多い山岳地帯に生息する。見た目肉食な雰囲気を醸し出しているが、実際は雑食で、肉以外にも、落ち葉なども食することがある。冬、荒の間は冬眠するものもあるが、大きな体の生物なため、長期間食事を取らずとも死には至らず、また、番になっていれば巣に食料を蓄えるなど、知的な生き物でもある。その為、今回の様な人里に降りてきて、食料を奪いに来るようなことはほとんどありえない。そもそも彼らは、人間を襲うことは滅多になく、縄張りに入ったり、繁殖期に不用意に近づかなければ比較的温厚な生き物なのだ。
(それが何度も町を襲いに来てるってことは、何か理由があるんだろうけど・・・。)
翼竜は賢い。どれだけ人間が小さな生き物だろうと、危険な存在かはわかっているはずだ。何か、きな臭いものをハルは感じていた。
「仕事、ですかな。」
「はい、御覧の通り、私は無一文ですので、何か仕事を斡旋してもらえないかと思っているのですが。」
先の翼竜の襲来もあるから、何かしらの危険な仕事でもあるだろう。もちろん翼竜を退治してくれなんて頼まれればすぐにでも仕留めてくるが、それが町長たちの本当の悩みではないだろう。
「それは願ってもないことだ。今我々は危機に瀕している。ハル殿も見たと思うが、翼竜に度々食糧庫を襲われているのですよ。今はまだ、備蓄には余裕がありますが、前々回の襲撃ではかなりの量の穀物が荒らされていまして、そう何度も襲われたら、町民を餓死させてしまうかもしれない。それだけは何としても防がなければならない。」
この町長本当に長に相応しい男だと、ハルは思った。今まで多くの国や街を見てきたが、権力者はろくでもない者が多い。それはどこの世界でも同じだが、だからこそ、彼の様な人種は貴重だ。人を正しく導くのは難しい。それはどんな名君にだって苦難の道のりだ。だが、苦難の道のりを人々に歩ませない努力をするものは、例えそれが外道な道であったとしても、案外報われるものだ。ハルは、町長にその気骨を感じた。だからこそ、なおさら仕事を引き受けようと思っていた。自分が彼らの手伝いをしたいわけではない。この町長への一助となれればいいと、そう思ったのだ。
「なら、私の仕事は、翼竜の襲撃の原因を突き止めること、ですね。」
「そういうことになります。我々もいろいろ住民と考察して対策を考えているのですが、なにぶん素人の集まりですから。生物の知識に詳しいものなどおりませんので。」
「なら、最悪の場合は、翼竜の駆除も検討に入れているのですね。」
ハルは、まっすぐ町長の目を見て尋ねた。彼の目には煮え切らない思いが見て取れたが、彼はやはり決断が速い。
「貴方にそれが可能ならば、それをお願いするでしょう。」
「・・・わかりました。とりあえず、その役目を引き受けましょう。駆除するかどうかは、私が調査を行った後、町長さんが判断を下して下さい。」
町長は、それでいいと納得してくれた。いざとなれば、駆除すればいい。それは町長にもわかっていることだ。その気になれば、ハルは翼竜を葬ることはそう難しくない。この問題はすぐにでも解決するだろう。だが、町長はそれを望んでいない。なにか思うところがあるのだ。ハルにとって今回の仕事は降って湧いたありがたいものだが、町長にとってもハルは、都合よく現れた余所者なのだろう。
その後、報酬の話をして、決して多くはない金銭を前払いでもらうことが出来た。町長としてはもっと払ってもいいという申し出だったが、ハルにとっては、この街で必要なものを得られる分だけで十分だった。なにせ、この街を出れば、ここで使われている貨幣が、どのあたりまで使えるか見当もつかない。長く旅をする者にとって金は無用の長物なのだ。
まず初めに、町長からこれまでの経緯をいくらか聞いておくことにした。どうやら翼竜が初めて現れたのは荒の時期に入ってすぐだという。その為町長たちは、翼竜が食料目当てで町に来たのだと思っているという。そして、襲ってくる場所もいつも同じ食糧庫周辺。何度かある襲撃例で、共通しているのはその点だけだったが、ハルにとってはあらかた原因が絞れていた。ただ、明確な断定ができないため、やはり現場を見て、あるいは直接翼竜と対峙しなければならないだろう。
「被害のあった場所は、今は片付けなどをしているのだが、自由にしてくれて構わない。好きなだけ調べてほしい。」
「ありがとうございます。報酬に見合う働きができるよう、力を尽くしましょう。」
最後にハルは町長と握手を交わし、契約の成立となった。
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