ものの頼み方
「あなたに、頼みたいことがあるの。」
ハルは、その瞳に魅入っていた。これまで見たどの宝石よりも美しい。そして、それを持つ彼女は美しい。というよりかわいい。単純に容姿がいい。結晶族に男が存在したら、モテること間違いないだろう。美人、美形、そういう一般的な表現ではない。とにかくかわいかった。まぁ、リエナの容姿はともかく、ハルは今彼女に懇願されていた。
「えーと。何がどうなって私に頼みごとを?」
隣で聞いているエルマとニシャに助けを求めると、彼女達は何も言わず首を横に振り、助けてはくれなかった。
「私の妹を助ける手助けをしてほしいのよ。」
それをなぜ自分に頼むかを説明してほしいのだが、リエナの視線はハルから一時も離れようとしない。そんなにまっすぐな視線で見つめられると、なんだが恥ずかしくなってくるのだが。いや、案外リエナも若いのかもしれない。素直になれない年頃、だったりするのだろうか。
冗談はさておき、真面目に考えを巡らすことにした。ニシャの話も聞いて、リエナの妹が人攫いに連れ去られたということはわかっている。リエナが助けを求める理由は理解できる。だが、なぜ余所者であるハルに矛先が向くのか。
「助けを求める相手が違うんじゃないかなぁ?」
彼女は石人だ。他に頼るものがいるだろうに。彼女を慕う木人たちなら手を貸すだろうし、そもそも同族の結晶族は何をしているのだろう。リエナの妹も結晶族なのだろうから、助けに行くことくらいすると思うのだが。
「あなたは、・・・その、ここにいるべきじゃない種族でしょう?」
「どういうこと?」
「人間はこの森に入ってはいけない。そう言われたはずよ?」
「そのことなら、ここにいるエルマさんに許可をもらったけど。」
「えっ?」
リエナは驚いた表情で、エルマとニシャを見た。二人は、なぜか申し訳なさそうな表情で肯定した。その顔はいったいどういう意味だろうか。やはり、本来はここにいるべきじゃないのか。
「で、でも、ここは木人と私たちの住処よ。あなたに勝手に歩き回られる権利はないわ。」
「だから、ニシャに案内してもらってたんだけど?勝手に歩き回ってはいないよ。そもそも私ひとりじゃこんな入り組んだ空中迷路、迷っちゃうもん。」
ああ言えばこう言う、と思われるかもしれないが、事実なのだからそう答えるしかない。そもそも、リエナにいろいろ咎められる筋合いはないのだ。
「ニシャやエルマさんは、力になってあげられないの?」
ハルが二人に話を逸らすとリエナは慌てて止めてきた。
「だめよ!この子たちを連れて行って、リルみたいになったら大変だもの。」
(あぁ、そういうことか・・・。)
それが、彼女の本音ということか。上位種からの申し出、下の者からは断りづらいものだ。本当にリエナを慕って、命を懸ける覚悟で来るならまだしも、中途半端な思いでついてこられても、リエナからしたら無駄死にさせたも同然だ。その点、他種族であるハルならば利用しやすいし、もともと出禁の身であるから、連れ出す理由にもなるわけか。
ずいぶん我儘というか、子供っぽいところもあるようだが、彼女の根は優しいのだろう。
「これって、拒否権はあるの?」
「きょ、拒否⁉。・・・こ、断る理由があるのかしら。」
今の慌てようも、ずいぶんとかわいらしい。ツンデレもいいところだ。
「この里のいろんなところを回りたかったんだけど、まだ半分くらいしか見れてないんだよねぇ。せめて一泊くらいはしたかったのに。ちょっと残念。それに、石人たちの住処も見てみたかったからさ、このまま里を去るのは、予定とずれちゃうんだ。」
「別に、私の助けをした後、また戻ってくればいいじゃない。」
確かにそうだ。火急の用を済ませて、またゆっくり街探検をすればいい。けれど、それは何となく躊躇われたのだ。
「それもいいけど、私はエルマさんの恩情でここにいるの。そう何度も禁を犯してまで入ろうとは思わないわ。それと、ニシャにも、まだ恩返しができていないしね。」
二人に振り返ると、意外そうな顔をしていた。きっとそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
「自分が特例中の特例だってことは実感してる。だから、あまり面倒を起こさず、誰知らず去るのが、ここの人たちにとってもいいと思う。無理を言って通してもらったんだから、せめて、何事もなく、気持ちよく去りたいわ。」
単純に面倒ごとに巻き込まれたくないという思いもあるが、木人たちへの礼として、そうするべきだと思っていた。だが、どうやら木人たちが望んでいるのはそういうことではないらしい。
「ハル。どうか、私からもお願いできないでしょうか?」
口を開いたのはエルマだった。
「上位種とは言え、同じ森で生まれた方が、この森で最期を迎えられないのは心苦しいです。」
「でも、それならエルマさんたちが助けに行ってあげたらいいんじゃないの?この子がダメって言ったって、無理やりでもついていけるじゃない。」
「私を含め木人は、この精霊の森から出ることはできません。私たちは、この森の精力に守られて生きているのです。一日や数時間程度なら平気ですが、それ以上たつと、身体が枯れ始め、死に至るでしょう。」
「それって、・・・。」
「あなたも多くのことを知ったはずです。私たちは、限られた場所でしか生きられない希少な生命。これ以上、数を減らすわけにはいかないのです。」
だから、他種族であるハルを頼ると。我が身恋しさに外へ出るのを恐れている、というわけでもないのだろう。そして、それはリエナも同じはずだが、承知で彼女だけが抗っている。今一度リエナを見ると、彼女の瞳は変わらずだ。何を言ってもきっと、この美しい少女のような生き物は、自分の選んだ道を変えないのだろう。
損得を抜きにして、ハルが彼女たちの意向に沿うのは、都合のいいことのように思える。彼女たちの我儘に付き合うということには変わりないだろう。だが、木人と石人たちの事情を知り、彼らがどれほど儚い存在なのかを今では身に染みて理解できる。そんな彼女たちに僅かながら助太刀することは、ハルには性に合っているような気がした。これもまた、都合のいいこじつけかもしれないが。
「わかった。一緒に行ってあげる。」
「本当に?」
「ええ。その代わり、石人や結晶族について、道中いろいろ聞かせてほしいなぁ。」
リエナは、うんうん頷いてようやくその表情に明るみが見えた。ニシャとエルマも安心したように笑顔になっていた。
「ごめんね。ニシャ。少しの間だけど、本当に感謝してるわ。」
「いや、私の方こそ。・・・これはもう返してもいいだろう。」
ニシャは、ずっと持っていてくれた刀を返してくれた。
「ハル。愚かな私たちの願いを聞き入れてくれて、感謝します。」
「気にしないで。どうせ私は余所者だし、こういうのには慣れてる。できればまた来たいけれど。ちょっと無理そうかな?」
「・・・いつか我々が、真に人間と向き合える日がくれば、それも叶いましょう。」
それもそうだ。この里が、ずっとこのままだとは限らない。彼女たちは、少なくとも変わらなければならないはずだ。自分たちの在り方を。エルマの言ういつかが訪れることを願うしかない。
受け取った刀を腰帯に挿し、リエナに向き直る。
「さて、じゃあ、さっさと行きましょう。あなたも早い方がいいでしょうし。」
リエナは頷き、ついてきてと目くばせをして、進み始めた。ハルも後をつきながら、後ろ手でニシャとエルマに手を振った。
一日にも満たない中の木人たちとの交流は、決して無駄にはならない。彼女たちを知れたことをハルは、胸に刻み込んだ。
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