脆く透きとおった結晶人

それに出くわしたのは偶然かあるいは、神のいたずらか、生憎ハルはどちらも信じていないが、探す手間が省けたというものだ。ニシャと共に、上層を回り終え、下層へ戻ってきたところに彼女はいた。木人の里で彼女を見つけられないなんて言うのは不可能に近いだろう。彼女の姿は肉体も衣服でさえも全てが鉱物でできている。鉱物といっても、鉄や石ころのようなものではない。氷のような透明度の結晶だ。それ故に、昼間であるのに、彼女はほのかな輝きを放っている。青く輝く結晶の体は、光の加減で赤から黄色に見え、影が落ちると紫や桃色に変じたりする。まさに七色の宝石といってもいい、そんな美しい物でありながら、彼女は人と同じ形をし、生きているのだ。


「あれが、石人。」


彼女は、どうやら里の外へ出ようとしているらしいが、周りの木人たちが必死に止めているようだった。


「ここはまずい。すぐに離れよう。」


「えっ、どうして?できればもっと傍で見たいんだけど。」


やや不謹慎かも知れないが、またとない機会を逃したくはないから、少し図々しく出ても仕方ないだろう。


「あの方に、ハルのことを知られるのはまずい。とにかくこっちへ。」


何がまずいのかわからないが、どうやら手遅れのようで、石人の視線は既にハルを捕らえていた。彼女はゆっくりとこちらへ歩を進めだした。周りを囲っていた木人たちが、止める術なしと道を開いていく。ニシャの表情が焦りに塗れているのをみて、ハルは地雷を踏んでしまったかと少しばかり緊張していた。だが、これほどまでに近くで石人を目にすることが出来るのは幸運と呼ぶにほかないだろう。目の前に来た彼女は、表情一つ変えず、ハルのことを見つめている。その瞳でさえも透き通っていて、ガラスの人形の様だ。


「・・・どうしてがここにいるの?」


「?」


「リエナ様。どうか気を悪くなさらないでください。これには深いわけが。」


石人の名前はリエナというらしい。ニシャはすぐに膝を折って彼女の前にひれ伏した。ということは、石人は、木人たちより上位の存在だということだろうか。敬服しているなら、彼女たちこそが貴族のようなものなのかもしれない。


「ここは精霊の森よ。余所者の加護を得なきゃ生きていけない弱者はいないわ。」


「・・・なんのこと?」


どうやら石人に隠し事は通じないようだ。知らぬふりをしてやり過ごすしかない。ハルは、含みのある笑みを浮かべ、何も言わなかった。それを察したリエナはため息をついて。ハルのすぐ横を通り過ぎていった。周囲が静寂に包まれ、所々から安堵の声が聞こえてくる。


「はぁ、肝を冷やしたよ。」


ニシャは汗をぬぐうような素振りをみせて、肩を落としていた。


「何かまずかった?」


「ああ。いや、まずいというより、結晶族の怒りに触れるかもしれなかったんだ。」


「結晶族?」


「ここではなんだから、森を歩きながらでもいいか?」




里を外れ、精霊の森の中枢に水が湧き出る泉があった。エメラルドグリーンに輝く、名を生命の泉と呼ぶらしい。この水はこの森の地下にある特別な鉱石の成分が含まれているらしく、木人にとっては母なる樹の樹液と同じくらい重要なものなのだという。ハルは、ニシャと泉の湖畔にある大岩の上に腰掛け、泉を一望しながら先ほどのことの説明を受けていた。


「地下にある鉱石は、翠結晶と呼ばれるこの地にしか存在しない特別な鉱石なのだ。そして。」


「そこから生まれたのが、石人、結晶族ってわけね。」


「そうだ。」


石人というのは、本来動く岩石。ゴラムという種族のことを指していたそうだ。ゴラムは決して人型とは呼べない姿かたちをしていて、手足はあるものの、知性も低く、文明を築けるような種族ではないらしい。

しかし、鉱物に種類があるのと同じように、ゴラムもそれと同等の種族があったが、ある時生まれたのが、結晶族。先ほど出会ったリエナの種族だという。結晶族は、石人の中でも人と同じ体を持ち、より多くの力に目覚めた生命体であった。


「私たち木人は、肌が木と同等の強度を誇る。身体は丈夫で病に掛かることも少ない。対象に結晶族は、雲母の如く脆い。大きな力を与えられれば砕けてしまうほどにな。だが、それと引き換えに大きな精力を備えているのだ。」


「精力?」


「あぁ、奇跡を起こす力のことだ。人間たちにわかりやすく言えば、魔力。結晶族は魔法に長けた方々なんだ。」


魔法。この世界の人間には広く認知されているが、扱えるものは決して多くはない。だが、確実にその力は存在し、人知を超えた力である。


「結晶族は、はるか昔から、その力を使ってこの精霊の森を作り上げたという。ハルは、まだ見たことないかもしれないが、この森に住む獣たちは皆結晶族が生み出したものなんだ。」


「命を生み出したってこと?」


「正確には、既存の生き物に結晶族の力を分け与えて、生態を変化させたというべきだろう。だから、この森で不必要な殺生は禁じられているんだ。獣たちを殺すのは、結晶族への反逆に繋がるから。」


生物の姿形、在り方を変えてしまうほど巨大な力を持っているということが、ハルに想像できなかった。何をどうやったらそんなことが出来るのか。仮にあのリエナに、人間に力を与えてみてと頼んだら、人間は更なる進化を遂げるのだろうか。そんなこと恐ろしくて考えたくもないが、ニシャの話が事実なら、彼女たちはかなりの実力者ということになる。


「反逆ってことは、やっぱり、木人は結晶族の僕、みたいなものなのね?」


「そういう解釈で間違っていない。結晶族のお方とまともに取り合うことが出来るのは、女王様だけだ。彼女たちに逆らうことなどできはしないんだ。私たちも、結晶族の奇跡によって生み出された種族だからな。」


「でも木人は全部女王様の娘だって。」


「直接的には、そうだ。エウレシアの樹液を飲んだ女王様が、一定の精力に達すると、玉座の間の奥の部屋で、エウレシアと同化する。するとエウレシアの樹に命の実が成る。それが育つと私たち木人が生まれてくるのだ。」


まるでミツバチだ。とは口に出しても言えないが、本当に面白い生態系をしている。まぁつまり、その実を捥いだものが親代わりになったり、あるいは自身の家族とするのだろう。そのように生まれてくるのであれば、彼女たちに生殖器官はないのかもしれない。


「私たちは皆、女王様の娘だ。だが、始まりはそうじゃない。あの母なる樹こそ、結晶族が作り上げた生命の一つなんだ。」


「あなたたちがいかに女王様の力で生まれてこようと、その根幹であるエウレシアを作った結晶族が創造主ってわけね。」


「エウレシアは、地下の巨大な翠結晶に植えられた樹だ。もちろん植えたのは結晶族。私たちの誕生は彼女たちによってもたらされたのだ。」


だから、ニシャたちは結晶族に逆らえない。いや、逆らうかどうかは本人意思次第なのだろうが、自分たちの創造主を本気で敬っているのだろう。


「とても興味深い話ね。ほんとはもっと詳しく聞きたいところだけど。」


「さっきまずいと思ったのは、リエナ様の妹君が、人間の人攫いに誘拐されたんだ。だから結晶族は森を守護する木人たちに人間を入れさせないように言ってきた。今の状況はそういうことなんだ。ハルを見たリエナ様がお怒りになると思ったんだが・・・。」


上からの圧力というやつか。これだとニシャ以外にも、それに反対する者たちは少なくなさそうだ。人間との交流が再開されるのは時間の問題だろう。石人とのいざこざは多々あるとニシャも言っていた。これもその一つだろう。だが、一つ腑に落ちないのは、結晶族は体は弱いとはいえ、それほどの力があるなら、なぜ奪い返しに出向かないのか。そもそも、彼女たちは何をしているのだろう。この里に入ってから、リエナ以外の結晶族の姿は見たこともない。ニシャの話の通りなら、地下にあるという翠結晶とやらの中で悠々自適な生活をしているのだろうか。幸いなことに、ニシャの思惑と違ってリエナは、ハルのことを悪く思っていないようだから、本人に直接聞いてみるのがいいかもしれない。


「ねぇ、ニシャ。」


リエナの元へ案内して欲しい、と頼もうとしたとき、すぐ後ろの地面から突然木の根が生えだした。根は螺旋状に絡まって、その先端をニシャへと向けていた。それを見たニシャは、無言で、その根の先っちょに手を触れ合わせると、根がニシャの腕に食い込み、見る見るうちに同化していった。その様子を見ていたハルは開いた口が閉まらず、声を掛けようにも今のニシャには意識が無いように見えたのだった。


しばらくすると、根がニシャの腕から離れていき、ゆっくりと地面へと消えていった。


「なに、今の?」


ニシャは少し疲れた様子だったが、少し息を整えた後、咳ばらいをしてハルに向き合った。


「すまない。驚かせてしまって。私たち木人は植物を介して思念の伝達ができるんだ。主に女王様と行うものだけどね。」


「女王様から、何か連絡?」


「あぁ、なんだか曖昧な空気を感じられた。すぐにエウレシアの元へ来てほしいそうなんだ。」


それは、残念だ。これからもう少し案内してもらおうと思ったのに、ニシャからしてみればいろいろ任されて大変だろう。


「そっか、じゃあ私はどうしようかな。勝手にあなたの家に上がるわけにもいかないし。」


「いや、なんでも、ハルも一緒に来てほしいそうなんだ。」


「私も?」


不穏な空気。よくないことの前兆だとしたら・・・。面倒ごとへ巻き込まれるのは困るが、ここまで来ると自分がかかわっていないという保証もない。それに、何か自分が必要とされているなら、ニシャへの恩返しも含めて、その意に堪えるべきだろう。

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