第7話 バルバロッサ VS 軍隊

 スターモンの前に立つバルバロッサは、まるで小人の様だった。


 その体は固い筋肉で覆われており、手足は人ひとり程の大きさで、背丈もバルバロッサの倍近くはある。


 まさに怪獣と呼ぶに相応しい佇まいだった。


 手に持った斧も、近くで見るとその大きさに驚かされる。


 大きさはバルバロッサの身体とほぼ同じ。


 質感も鉄や銅などとは違い、不気味なほど禍々しい光沢を帯びている。


 スターモンはバルバロッサを見下ろし、ゆっくりと口を開く。


「バルバロッサ=デューク=バイソン。かつては災害の異名で知られた凄腕の冒険者だったが、今ではすっかり落ちぶれたな。この斧も、お前じゃなくて俺と一緒に居たいって言ってるぜ」


 スターモンは斧を見せびらかすようにバルバロッサへと向ける。


「今までどこに身を隠していたのかは知らねえが、司祭の殺害は許されざる罪だ」


 スターモンは斧を大きく上へ振り上げる。


「俺は戦場の処刑人。たった今神の名の下に、刑を執行する!」


 激しい雄叫びと共に斧が振り下ろされる。


 バルバロッサは斧が自身の頭の先まで下りたタイミングで、身体を後ろへと躱す。


 斧は地面へと激突し、そのまま数十センチ地中へとめり込んだ。


 バルバロッサはその斧の上に片足を載せ、スターモンの顔を覗き込む。


「なんの真似だ? おちょくってるのか!」


 スターモンが再び斧を振り上げようと腕に力を入れた時、ある異変が起こった。


「う、動かない。何故だ。斧が、やけに重く感じる」


 スターモンは腕に血管が浮き、顔が赤くなる程力を入れる。


 しかし、斧はピクリとも動かない。


 その様子を見ていたバルバロッサは、口元を緩めた。


「どうした力自慢。さっさと持ち上げてみろ」


 バルバロッサは斧に片足を置いたまま懐から小さな酒瓶を取り出し、酒をあおる。


 その様を見たスターモンはより一層頭に血を上らせ、自身の限界まで力を込める。


 しかし、結果は同じく斧は一切動かない。


 バルバロッサはため息をつき、斧から足を下ろす。


 そして、そのまま斧の先端部分を勢い良く蹴り上げた。


 斧はまるで小さな木の枝の様に軽やかに、縦に回転しながら宙を舞い、スターモンは反動で後ろへと倒れた。


 バルバロッサは右手を上げ、落下してくる斧を掴む。


 そのまま両手で四、五回転させると、満足したような笑みを浮かべた。


「こいつはやっぱり俺と一緒に居たいらしいぜ。図体だけの木偶の坊にはうんざりだってよ」


 バルバロッサは斧を抱きしめながらスターモンを見下ろす。


「き、貴様……!」


 スターモンは歯ぎしりをしてバルバロッサを睨み付ける。


「さあて。いよいよ俺の新たな人生が幕を開ける訳だ。スタートのラッパは豪華でないとな」


 バルバロッサは斧を構える。


「それじゃあ景気づけに、軍隊一個ぶっ潰していこうか! ――【地波】!」


 斧が地面をえぐりながら振り上げられる。


 そして、その動作によって生じた凄まじい風圧と共に地面の破片が飛び散った。


 飛び散った破片はバルバロッサの魔法によってまとめられ、そのまま風圧に乗って前進する。


 その姿はまるで、地面の海を進む波の様だった。


 波は進むにつれて大きさを増し、たちまち巨大な津波へと変貌する。


 スターモンや背後に待機していたその部下は押し寄せる巨大な波に呑まれ、波を構成する破片に身体を蝕まれていく。


 やがて抵抗する体力も尽き、波の一部へとなった。


 その後も波は止まる気配もなく、むしろ周りの地面をえぐり、更に大きさを増していく。


 辺りに展開していた軍人達の姿にも焦りが見え始める。


「どうした? まだ小技だぞ」


 バルバロッサは手を広げ笑う。


 波は勢いを増しながら軍人たちに向かっていく。


 軍人たちの顔に絶望の表情が表われた時、突如として波は真っ二つに切り裂かれる。


 波は勢いを失い、構成されていた破片はその場に落ちるようにして散らばった。


「……来たか」


 バルバロッサは口元を緩め、斧に魔力を込める。


 波を割った張本人も同じく剣に魔力を込め、その場からバルバロッサに向かって一直線に、まるで弾丸の様な速さで飛んできた。


 二人の距離が目と鼻の先まで近づいた時、両者は同時に武器を振る。


 魔力が込められた剣と斧が衝突し、爆弾のような衝撃波が発生。それと同時に周囲には目を開けていられない程の光が溢れる。


「……っく!」


 背後で見ていたミカエラも思わず腕で目元を隠して目を瞑る。


 やがて光が落ち着き状況が見えるようになると、そこには誰もが思わず息を吞む光景が広がっていた。


「ようドゥーディ。元気そうだな」


「お前もなバルバロッサ。相変わらず破天荒なやつだ」


 バルバロッサとドーベルは互いに笑い合う。


「何年ぶりだろうな一体。再会を祝って乾杯でもするか?」


「お前がもう少し大人しくしていればそれもできただろう。よりにもよってイアン氏を拉致するとはな」


 ドーベルは剣をバルバロッサへ向ける。


「俺はイアン氏の護衛を任されているんだ。下手なことをされると出世に影響を及ぼす」


「そうかいそうかい。お前も変わらんね」


 バルバロッサも斧を構え、戦闘態勢へと入る。


 周囲に殺気が漂うが、不思議と緊張感は無い。


 まるで動物がじゃれ合うかのようだ。


「じゃあ、汚名返上してみな!」

 

 

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