第5話 襲来、バルバロッサ

 竜人族の女が有力貴族を殺害しようとして軍に確保された。


 このニュースは瞬く間に国中へ広まり、三日後の公開処刑に多くの国民が湧き上がっている。


 そして公開処刑の当日。バルバロッサは髭を剃って髪を切り、大きな袋持って大通りのある仕立て屋に足を運んでいた。


「おうオヤジ。頼んでたやつ出来たか?」


 バルバロッサは店の奥で書類を見ていた老人に声を掛ける。


 老人はバルバロッサの顔を見ると立ち上がり、奥からスーツを持ってきた。


「出来ておりますよ。三日で仕上げろとは無茶な注目でしたがね」


 老人は嫌味まじりにそう言った。


「悪かったって。その分代金上乗せするんだからよ。それより見せてくれ」


 バルバロッサは老人からスーツを受け取り袖を通す。


「ご注文通りに仕立てました。ダブルのスーツです。黒の生地に白のストライプを入れております。素材は全てシルクを使っておりますので、手入れは面倒ですがその分愛着も湧きます。そして」


 老人は椅子にかけられた黒い毛皮のコートを手に取り、台にのってバルバロッサの肩に掛ける。


「ミンクのコートです。こちらは私では作れませんので発注しました」


 老人は台から降り、バルバロッサを見つける。


 決して大人しいとは言えないスーツを着用し、ネクタイはせずに胸元を大胆に開け、肩には黒い毛皮のコート。


「奇抜な着こなしですが、あなたがなさると威厳がありますね」


「だな。いい仕事だ」


 バルバロッサは老人に袋いっぱいのコインを渡す。


「これはこれは。これだけあれば余生は少し贅沢できそうです」


 老人はお辞儀をしながらバルバロッサから袋を受け取る。


「じゃあ俺は行くから。あんたも元気にしてろよ」


「はい。新聞の一面を楽しみにしております。バルバロッサ様」


 バルバロッサは大きな袋を持って老人に会釈して店を去る。


 公開処刑当日ともあって、大通りはいつもよりも多くの人が押し寄せている。

 皆、竜人族の首が落ちる光景を見たくて溜まらないのだ。


「しっかし、やっぱりあいつ竜人族だったか」


 バルバロッサは落ちていた新聞を手に取り、三日前の事件の記事を見てそう呟く。


「やっぱ俺って人を見る目があるんだな。また自己肯定感上がっちゃうよ」


 バルバロッサは大声で笑う。そして大通りを過ぎ、公開処刑が行われる教会前の広場へとたどり着いた。




 時計の針が十時を周り、公開処刑の時間がやってきた。


 広場の真ん中にそびえる女神プロダクディアの像の目の前に設けられた処刑台に、一人の司祭が登る。


「今日! 我々はある重罪人を処刑する! ミカエラ=エカンスタだ!」


 司祭が叫ぶと、後ろから拘束されてミカエラが兵士に連れられて処刑台に上がり、跪く。


 ミカエラは全身に傷跡やアザを作り、虚ろな目をしていた。


「この女の罪状はアルクノン=イヤン氏の暗殺未遂! そして、竜人族として生まれたことだ!」


 司祭の叫びに、群衆は再び声を上げる。


「竜人族め!」


「悪魔の使いが!」


「神聖なこの国に入って来るな!」


 群衆はミカエラに罵詈雑言を浴びせる。


「知っての通り、ドラゴンは神と対を成す。つまり、ドラゴンは汚らわしい存在! そんなドラゴンの血を引く竜人族は悪魔の使いであり、存在してはならない! この女の存在は女神プロダクディアへの冒涜なのだ!」


 司祭プロダクディアの像を見つめてそう叫ぶ。


「我々は長きにわたり竜人族の駆除に力を注いできた。しかし、四年前の魔王軍襲来による混乱の最中、この女はその手を逃れ、こともあろうにこの国へと侵入した。そしたたった今より、この女を、女神プロダクディアの意志の下処刑する!」


 処刑人が剣を抜き、ミカエラの首を狙うように構える。


 群衆はその光景を、今か今かと子供の様な純粋な目で見つめている。


 ――ここで終わるのか。私は誰の仇も討てず、死ぬのか。


 ミカエラの頭は絶望に支配されていた。力を振り絞っても、監獄で受けた拷問の所為で痛みが走るだけだ。


「処刑、執行!」


 司祭の合図と共に処刑人が剣を振り下ろす。はずだった。


 処刑人は剣を構えたまま固まっている。


「う、動かない」


 処刑人がどれだけ力を込めても剣は動かない。


 この異様な光景に、群衆も騒ぎ始める。


「どうした早くしろ!」


「竜人族に天罰を!」


 ミカエラはこの光景に見覚えがあった。


 あの日、バルバロッサが路地裏でやっていたあの芸当。


 ミカエラは群衆の方に目をやり、必死にバルバロッサを探す。


 しばらくして、群衆の中から聞き覚えのある大きな笑い声が聞こえてきた。


「ようミカエラ! どうしたそんな顔して」


 群衆の視線がバルバロッサに集まる。


「お前言ってたよな生きてたら俺の下につくって。俺はもう身支度済ませたからよ、後はお前だけだぜ」


 バルバロッサは処刑台の前まで歩くと、持っていた大きな袋を下ろし、中身を外へ出す。


 その中身に、その場にいた誰もが驚愕した。


「お前こいつ殺したかったんだろ? こいつの命令で竜人族が何人も殺されたもんな。お前の代わりに朝早起きして誘拐してきたんだ」


 そこには手足を縛られてのたうち回るアルクノン=イヤンの姿があった。


「バルバロッサ! やめろ、頼む助けてくれ! そうだ、お前の罪を帳消しにしてやろう! お前は元の生活に戻れる。どうだ? 悪い話ではないだろう」


 アルクノンは必死に命乞いをするがバルバロッサは気にも留めず、ただ「うるせえ」とだけ言って顔を踏みつける。


 さっきまで処刑に湧いていた群衆の感情は、一気に恐怖へと上書きされた。

 皆我先にと一目散に逃げ出し、広場には悲鳴が響き渡る。


「どうだミカエラ。後はお前の返事だけだ。別に俺の部下にならなくても解放してやるし、こいつも殺させてやる。ただ俺はお前が欲しい」


 バルバロッサは一息置いて、また口を開く。


「だからもう一度言う。ミカエラ、俺の右腕になれ!」


「っ!」


 ミカエラはその言葉に反応する。


 誰からも疎まれ、人目を避けて生きていきた。今までの人生で、誰かに求められた事はない。


 今、一つだけ望めるなら。そう考えると、ミカエラの答えは一つだった。


「分かった。バルバロッサ、今からお前は私のボスだ」


 その言葉を聞いたバルバロッサは、大きく笑う。


「よし、ならそこで待ってろ。今から助けてやる」

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る