第4話 竜人族ミカエラ。
ミカエラはさっきの通りを外れ、今度は大きな屋敷が並ぶ道を歩いていた。
バルバロッサと飲んで時間が経ち、辺りには衛兵の姿も見えない。
目的を果たすなら今だと、ミカエラは感じていた。
「ここか」
ミカエラはある屋敷の前で足を止める。
そこはベルゼン王国の有力貴族、アルクノン=イヤンの屋敷だ。
ミカエラは大きく深呼吸をし、覚悟を決める。
――このためにここまで来たのだ。迷いはない。
自分にそう言い聞かせ、ミカエラは屋敷の門に近づく。
その時だった。物陰から剣を持った兵士達が次々と現れ、ミカエラを取り囲む。
「ミカエラ=エカンスタ! 大人しく降伏しろ!」
突然の事だが、ミカエラの心に乱れはない。これも想定の内だ。
「ここまで来れたのだ。今更大人しくするとでも思うか?」
ミカエラは腕を構え、戦闘態勢に入る。
「警告はしたぞ!」
兵士達が四方八方からミカエラに襲い掛かる。逃げ場はない。
剣の刃はミカエラの身体に直撃する寸前、ミカエラの腕に異変が起こる。
ミカエラの白くきめ細かな美しい腕は、瞬く間の内にまるで魚のような白い鱗に覆われ、爪は鷹のように鋭い。
兵士達の剣は固い壁に打ち付けたような音を立て、その鱗によって受け止められる。
その衝撃でミカエラのフードが地面に落ち、ミカエラの全貌が露わになった。
ミカエラは頭に短いシカの様な角を生やし、首元には薄い鱗が見えている。
「っち。竜人族。神を愚弄する汚らわしい悪魔の使いが!」
兵士の一人が叫ぶ。
「どうとでも呼ぶがいい。死ねば神にも会えるぞ。お前たちもイヤンもな」
ミカエラは目の前にいた兵士を爪で引っ搔く。兵士が来ていた防具は爪の形にえぐり取られ、そこから血が溢れ出す。
続けて二人目。ミカエラは少し遠くにいた兵士に目を付けた。
ミカエラは息を吸い込んで頬を膨らませ、そのまま息を炎に変えて吐き出す。
炎を浴びた兵士は悶え、黒焦げになって倒れる。
「クソッ! 狙撃班!」
兵士が叫ぶ。すると、どこからかライフルの弾丸が風を切って飛んできた。
弾丸はミカエラの頭に正面から直撃する。
ミカエラは頭を大きくのけ反らせた。
しかし、ミカエラが顔を上げた時、兵士達に恐怖が走る。
先ほど放たれた弾丸は軍事用に開発された最新の弾丸だ。当たれば岩をも砕き、その威力は計り知れない。
その弾丸を、ミカエラは口に咥えていた。弾丸からは煙が上がり、ミカエラの鮫の様な歯によって砕かれる。
「――業火の灯りよ【ファイアボルト】!」
続けて屋敷の方から炎の塊が飛んできた。
ミカエラがその炎を腕で防いだ時、その炎は爆発する。
「魔術師か。それにファイアボルト。一発一発が大砲の様な威力だと聞く」
ファイアボルトが次々と飛んでくる。
何個かはミカエラに当たるが効果は見られず、外れたものは地面に直撃し、大きなクレーターを作っていた。
「戦うのは初めてだが、意外と私も強いものだ」
ミカエラはバルバロッサがやった芸当を思い出しながら呟く。
「くっ。化け物め!」
一連の惨状に、兵士達の士気は下がっていた。
自分達にはミカエラを倒す手段がない。圧倒的な力の前にひれ伏すしかないのだという考えが兵士達によぎる。
しかしその時。遥か遠くからまるでさっきの弾丸のような速度で、あるものが飛んで来る。
それを目視で捉えたミカエラは冷やせをかき、全身に力を込めて腕を交差させて防御の姿勢をとった。
飛んできたものがミカエラの目前に迫る。
それは物ではなく人。ベルゼン王国軍最強の剣士、ドゥーディ=ラーリー=ドーベル軍曹だった。
ドーベルはミカエラと激突する瞬間に剣を振りかざす。
魔法、弾丸、剣。ありとあらゆる攻撃を塞いだミカエラの腕は、ドーベルの一撃によって大きな傷を負い、血が流れる。
「ミカエラ=エカンスタ。竜人族と戦うのは初めてだ」
ドーベルは剣についた血を払い、再び構える。
「お前たちは下がっていろ。群れられても邪魔なだけだ」
ドーベルは兵士達を下がらせ、ミカエラの方を向く。
「竜人族。ドラゴンの血を引き、身体をドラゴンに変化させる事が出来ると聞いている。しかしな、参考までに言うが俺は強いぞ。ドラゴンなど相手にならん」
ミカエラはこのドーベルを何よりも警戒していた。
世界最強の剣士。その異名はさっきの一撃を見れば分かる。
できればこの男が来る前に片を付けたかったと、ミカエラは後悔の念に駆られる。
「それは私もだ」
ミカエラは全力でドーベルに殴りかかる。
「遅い」
ドーベルはその攻撃をいとも簡単に避け、すかさずミカエラの背に一撃を入れた。
ミカエラは血を流しながら地面を強く蹴り、高く飛び上がる。
「やはり相手にするのは無謀か」
ミカエラは屋敷に目をやり、決心を固める。
せめて本来の目的だけでも達成しなくてはならない。しかし、ドーベルはそう簡単に見逃しても貰えないだろう。
なら最後の手段を使ってでも、ドーベルに抗うしかない。
ミカエラは全身に力を込める。
するとミカエラの身体が激しく光り、その場に空を覆うほどの巨大なドラゴンが現れる。
胴は大蛇のように長く、四本の足に鋭い爪を携え、長い顔には髭を生やし、鮫の様に凶悪な歯を持っていた。
「ほう。これが竜人族の本領か。しかし俺の知っている、巨大なトカゲに羽を付けたようなドラゴンとは違うな。これではまるで蛇かミミズだ」
ドーベルは皮肉を交えながら下から剣を振り、ミカエラに斬撃を飛ばす。
その斬撃はミカエラに直撃するが、ミカエラの身体には傷一つ付かない。
ミカエラはドーベルに狙いを定め、息を吸い込み、口から炎を吐き出す。
その炎は先にミカエラが吐いたものとは比にならない程大きく、辺り一帯を焼き尽くす程だった。
しかし、ドーベルは剣を構え、その炎に正面から向かう。
「これ以上の被害はやめてもらいたいな」
ドーベルは剣に魔力を流し込む。すると、剣は赤く輝いた。
迫る炎に狙いを定め、ドーベルは剣を縦に振る。
薪のように縦に割れ、ミカエラの胴を切り裂く。
ミカエラは吐血し、身体はドラゴンから人間の姿へ戻る。
最早力も入らない。ミカエラはそのまま地面へと落下した。
「剣に魔力を注ぎ強化する事は剣士の基礎だ。お前の特殊能力より、俺の魔力と剣術の方が上だったということだ」
ドーベルは地面に着地し、剣を納める。
「確保しろ。既に手負いだ」
ドーベルの一言で、ミカエラは兵士達に取り囲まれ全身を頑丈な鎖で縛られる。
「命令通り監獄の最下層に幽閉しろ。公開処刑は三日後の十時だ」
ミカエラに抵抗する力は残っていない。
多くの兵士に恐怖を植え付けた竜人族の女は、ドーベル軍曹の手によってあっけなく終わりを迎えた。
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